第790話 苛立つガンドルーバ
帝国の10万の騎乗した傭兵達が帝国砦に到着した2日後。
元々砦に駐留していた3個師団と、先日合流したばかりの騎兵10万が砦を出立した。
その動きはラテニア砦でも観測されており、更には副官の指示によって通常より多めに派遣された偵察部隊が、帝国砦の後方から更に10万の傭兵部隊が進軍しているのを捉え、即座にその情報が砦に齎される。
「やはり更なる増援がいましたか。ラヴェリア兵が撤退している中、およそ30万の大軍による侵攻……。何があったかは分かりませんが、どうやら今回は本気のようですね」
「ハッ! 望む所じゃねえか! そんだけうじゃうじゃいれば、流石の俺でも全て相手にすることはできねえ。お前らにも手柄を立てる機会が出来るってもんだ」
「大将軍……。いくらあなたでも、今回は兵力差が歴然としています。決して砦から飛び出していったりなさいませんように」
「…………」
「分かってますよね?」
「ええい! そう何度も言わんでも分かっておるわ! 大人しくしてればいいんだろ!」
明らかに不機嫌な様子のガンドルーバに不安を覚える副官だが、流石に先走って勝手に兵を率いて出撃したりといった事は、幾ら脳筋ガンドルーバであろうと基本しない。
もっと有利な状況ならそうした事しかねないが、流石に現在の戦況でそんな無茶な真似はしないだろう。
帝国の増援の情報は、ただちにヴェリアスや国内のラテニア軍に伝達され、国中が慌ただしくなり始める。
とはいえ、まだ一般人が慌てふためくレベルという程ではなく、この頃ラテニアに入国していた影治達も、まだそうした動きに気づいていなかった。
そうこうしている内に3日が過ぎ、ついにラテニア砦から見える位置に帝国兵が布陣した。
まだ増援の10万とは合流できておらず、数はおよそ20万。
それでも今のラテニア砦の兵力の3倍近い数であり、不用意に打って出る訳にもいかず、ガンドルーバは防備を固めていた。
更に副官の男は、傭兵騎兵部隊が背後に流れて行かないように、畑に向かう途中に罠を仕掛けておいた。
伏兵まで仕掛ける余裕はなかったが、敵の動き次第では砦から少数の騎兵部隊や足の速い者を向かわせて、畑を荒らそうと動いた場合の敵兵を討ち取る算段を整えている。
その遊撃隊にはガンドルーバも志願……というより、無理やり出撃するとやる気を見せており、副官も渋々それを承知した。
もっとも、この遊撃隊の出番は敵部隊が畑を襲いに行った場合の話である。
そしてラテニア砦から見える位置に布陣した帝国軍は、そのような作戦を取らなかった。
かといって、砦を取り囲むような動きも見せていない。
「ガンドルーバ様! 敵兵に動きが!」
「なにっ? ようやく出番か!?」
「いえ、それが砦を抜けて後方に向かうのではなく、少数の部隊で騎乗しながら弓や魔術による攻撃を仕掛けてきております!」
「むう……。副官はどこにいる?」
「恐らくは会議室にて指揮を執っておられるかと……」
東門付近で待機していたガンドルーバは、伝令兵からの報告を受け、副官の下に向かう。
会議室内では副官の他に部隊長以上の指揮官が詰めており、騒がしかった。
恐らく敵兵に動きがあった故の騒がしさだろう。
「おい、状況はどうなってる?」
「これは大将軍閣下。遊撃隊と一緒に待機していたのでは?」
「やかましい! 敵に動きがあったと聞いたから飛び込んできたのだ」
「そうでしたか。ですが、今の所大将軍の出番はありませんよ」
「何故だ! 敵は少数の部隊だと聞いたぞ!」
別に本人としては大声を出している訳ではないのだが、ガンドルーバの声はこの騒がしい会議室内の音を上書きするように響く。
「少数ですが、相手は魔獣に騎乗した部隊です。それも背に乗るのは完全に弓や魔術などの後衛なので、バリバリ前衛の大将軍ではただ的になるだけですよ」
「矢など全てたたっ切ってやるし、生半可な魔術なぞ盾で防いでくれるわ!」
ガンドルーバは6本腕の内、2本の腕にそれぞれ盾を持つ。
更に残りの4本腕にも武器を持つので、手数も多い。
分厚く鍛え上げられた筋肉もあるので、普通に矢の雨が降ってきても大したダメージは与えられないだろうし、低クラスの魔術だと2枚の盾で防がれてしまう。
この2枚の盾は特に魔術攻撃に対して効果的な魔導装備で、ガンドルーバが苦手とする遠距離からの魔術攻撃に対抗する為に手に入れた逸品だ。
「確かに大将軍でしたら耐えられるかもしれませんが、魔獣の移動速度に追いつくのは厳しいでしょう?」
「むぐっ……」
ガンドルーバの身体能力はかなり高いが、筋力の高いパワー系であり、なおかつ装備品の重量もあって、素早い移動は出来ない。
「移動しながらというのが厄介ですが、相手が弓や魔術の攻撃をしてくるということは、こちらからの攻撃も届くという事です。今は応戦しながら数を削り、少しでも厄介な魔術師の数を減らしましょう。砦周辺に仕掛けた落とし穴もそれなりに機能しているので、多少なりとも数を減らせることが出来るかと」
「ううぬ……、分かった。また何かあったらすぐに報せろ!」
これまで何度も言い争いになった事はあるが、ガンドルーバが副官相手に言い負かした事など1度もない。
敵を目前にして戦えないもどかしさを抱えながら、ガンドルーバは先ほどまで待機していた東門に戻っていった。
この少数騎兵部隊からの、弓や魔術攻撃は3日に亘って続けられた。
主に砦前面や側面に回っての攻撃が中心で、相変わらず帝国本陣には他の動きがみられない。
包囲するでもなく、攻城兵器を組み立てる様子もなかった。
この魔術が脅威を振るう世界において、中世地球にあったような攻城兵器は、全くないとは言わないが主流ではない。
何故なら高クラスの魔術による攻撃の方が、より効果的であるからだ。
射程に関しても、中世地球のトレビュシェットを用いると、140キロの石を300メートルまで飛ばす事が出来たと言うが、長距離発動で魔術を発動すれば更に遠くまで効果を及ぼせる。
また帝国では火薬のような性質を持つ、爆砂の研究が僅かに進められているが、それを利用した大砲のような兵器はまだ作られていない。
金属魔術を利用すれば、中世地球で作られていたような大砲よりも、よほど性能のいいものは作れるであろうが、そういう発想に至っていなかったのだ。
そもそも、そうした兵器を開発する必要を余り感じていないという背景もある。
それは兵器として利用できるような迷宮遺物が、数多く存在するからであった。
「ガンドルーバ様!」
「何だ? 今度こそ俺の出番か!?」
「あ、いえ、それは分かりませんが帝国の増援が前線に到着したようで――」
「よしきた!」
伝令の報告を最後まで聞く前に、颯爽と持ち場を離れ会議室に向かうガンドルーバ。
その途中砦の様子が分かりやすい道を通って進んだが、ここ数日の小競り合いで流石に破損している箇所なども幾つかあった。
敵の騎兵部隊は、主にクラスⅦとⅧの魔術を長距離発動で使用して防壁や砦内部に攻撃を加えていた。
そしてそれを迎え撃つべく胸壁に立って応射している魔術師や、それを守護する盾持ちの兵などをターゲットに、より近い位置を走っている弓騎兵部隊がラテニアの守備兵を狙う。
完全に防壁内部にいれば人的被害は抑えられるかもしれないが、それではいいように防壁を破壊されてしまうだけだ。
そのようにして小規模な争いが続いていたのだが、増援が到着したとなれば流石に本格的に動き出す筈。
そう思って期待に胸を膨らませて会議室に乗りこんだガンドルーバであったが、副官からの報告を聞いて耳を疑う。
「はあぁぁぁ? 増援が来たってのに、相変わらずチンタラチンタラ弓と魔術攻撃を繰り返してやがるってのか?」
「ええ。合流した歩兵の傭兵部隊を前面に配置し、本陣を僅かに前に進めてはいますが、相変わらず包囲する動きすら見せておりません」
「ふ、ざけやがってええ! こちらから打って出るのを待ってやがるって訳か! そんなにお望みなら、今すぐ兵を率いて敵陣を縦横無尽に蹴散らしてしてくれる!」
「いけません! 奴らが何を考えているかは分かりませんが、この状況は援軍を待っている我々にとって望んでいた状況。あと2日もすればリバーマンから派遣された部隊も到着します。それに1度は離脱したラヴェリア兵も、連絡をしてあるので大規模な援軍を派遣してくれる事でしょう。時が経てば経つほど、我々にとって優位に働くのです!」
今にも飛び出していきそうなガンドルーバを、慌てた副官が必死に止める。
この時点の情報だけ見ると、副官の言っている事は間違ってないように聞こえる。
だが副官の男もこの時点では、10万以上の正規軍と30万もの神兵が更に増援として迫っている事を知らなかった。
もっとも知っていたとしても、何かそれで対応を変える事は彼には出来なかったであろう。
後々の展開を知っていたのであれば、もっと早く撤退の決断をするべきであった。
運べるだけの物資を持って要塞都市リバーマンにまで引き上げ、運びきれなかった物資は焼却したり毒を混ぜたりして使用不能にさせておく。
また井戸に毒を仕込んでおいたり、各所に殺傷効果の高い罠を仕掛けておけば、多少なりとも数を減らせられる。
そうしてリバーマンに兵を集結させておけば、もう少しまともな抵抗も出来た。
だが最初の増援が到着した時点で、時既に遅かった。
ドゴオオオオオオオオンッ!
その爆発音は、不意にラテニア砦全体に轟く。
しかも爆発音は1つだけではなかった。
ほとんど同時に幾つもの爆発音が、聞こえてくる。
それと同時に、これまで少数騎兵部隊による迂遠な攻撃を繰り返していた帝国軍が、一斉に前進を開始した。




