第787話 ラテニア侵攻軍、進発※
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時は影治がラテニアに入国する前のこと。
信託の巫女から齎された信託によって、ハベイシア帝国は乾坤一擲の大作戦を実行させられる事となった。
北部地域には第2種神兵召集が発令され、軽く100万を超える神兵が召集に志願している。
それに加え、四将軍や聖なる暴虐団。
それから虎の子の光の使徒まで動員した、総数200万を超える軍が編成された。
このとんでもない大軍は、更に2つに分けられている。
北のリニア同盟と戦う軍と、北東のラテニア連合国と戦う軍との2つだ。
主に北のリニア侵攻軍は質より量で。
そして北東のラテニア侵攻軍は量より質で編成されており、今回参加している四将軍は全員ラテニア側に振り当てられている。
そして四将軍のひとり、岩鉄将軍の二つ名を持つルドヴィークが、そのままラテニア侵攻軍の総大将として指揮を執る事になった。
「これよりラテニア征伐に赴く! 皆の者、気勢を上げよ!」
「おおおおおぉぉぉ!!」
「魔物共を蹴散らせぇぇぇ!」
「マルティネ様、ご照覧あれ!」
ルドヴィーグの威厳に満ちた声が周囲に轟き渡った。
すでにラテニアに出兵する兵士達は、ハベイシア帝国北東部にある要塞都市シャープテンジェンに集結している。
神兵およそ30万に、傭兵が20万。
それから四将軍の率いる部隊が全部で2万と、聖なる暴虐団が約1万。
勿論正規軍である北方面軍と東方面軍も参加しており、これらがおよそ21万。
合わせて70万人以上の大軍である。
尤も、東方面軍は常より前線の砦に詰めているので、この場に集まっている兵士の数は実際にはもう少し少ない。
この大軍がひとつ所に集結しているだけで、兵士達には高揚感が沸き上がってきていた。
それ程熱狂的かつ狂信的な意識のうねりによって、まだ進軍前だというのに目の前に敵がいるかの如く士気が高い。
数十万にも及ぶ人の集まりは、まるでそれ自体がひとつの大きな生物のようでもある。
総大将であるルドヴィーグの号令の下、ラテニア侵攻軍は進軍を開始した。
まず最初に目指すのは、シャープテンジェンの東に広がるヒッタイト高地。
ここはラテニアとの国境を縦断する北ゾンダァール山脈と、リニア同盟との国境を横断するウレドナイル山脈の間にある高地だ。
この地は何百年もの間、帝国とラテニアとの争いの舞台になっている。
幾ら帝国と言えど、雄大な北ゾンダァール山脈を越えて進軍するのは無理だったからだ。
それはラテニア側も同様であり、ヒッタイト高地ではこれまで多くの血が流れた。
年がら年中争っている訳でもないし、毎回数万規模の争いが起こっている訳でもない。
だが何百年にも亘って繰り返された血の惨劇は、この地を死者の溢れる地へと変貌させた。
定期的に両軍ともに発生したアンデッドを掃除してはいるのだが、互いに警戒し合っている状態なので、完全に撲滅することは出来ていない。
特に両陣営の最前線の中間地点辺りは、処理出来ていないアンデッドが屯している。
「相変わらず陰気臭い所じゃのお」
「この地には、長年の怨念が渦巻いてますからね」
聖なる暴虐団の中でも最強とされる六暴聖のひとり、ハムサの口から思わず漏れた言葉に、同じく六暴聖のイスナーニが真顔で反応する。
シャープテンジェンを発ったラテニア侵攻軍だったが、全員が全員足並みを揃えて進軍している訳ではなかった。
本隊は足の遅い神兵と共に、北方面軍と東方面軍が行動を共にしている。
そしてそれより先に傭兵たちが先行しながら、進軍ルート上の魔物やアンデッドなどを排除していた。
聖なる暴虐団は帝国内外で名を知られているが、実態としては荒くれ者の集団であり、実体としては傭兵と何ら変わりない。
なので彼らも先行している集団の中にいた。
「なあに、オレらがラテニアをぶっ潰してやりゃあ、この呪われた地も解放されるだろうぜ」
「これっ! そうやたらと背を叩くでない! わしはお主のような力馬鹿ではないんじゃぞ!」
殆ど男のような見た目をしたサラーサが、ハムサの背中をどんと叩きながら話に加わってくる。
筋肉隆々なサラーサに対し、ハムサはほっそりとした老人であり見た目だけ見ても力の差は明らかだ。
「そうそう。うちらスピードタイプの人間に、姐さんの一撃は重いんですわ」
槍を背に持つこの男の名はアルバァ。
彼も歴とした六暴聖のひとりであり、同じ六暴聖のサラーサ相手にも気安く接している。
いざ戦闘となれば、六暴聖もそれぞれが率いる兵と一緒に散り散りに配置されるのだが、今は進軍中ということもあって全員が固まって移動していた。
他にも会話には加わっていないが、寡黙な団長のワーヒドゥや仲間内からはマッドプリーストと呼ばれているスィッタも傍にいる。
というのも、複数の魔獣に曳かせた超大型の馬車に、全員で乗りこんでいたからだ。
そしてそれは何も彼らだけではない。
20万近い傭兵達の内、半数の10万程が馬や魔獣などに騎乗して移動しており、足の遅い本体より先を進んでいた。
といっても、10万人全員が個別の騎獣に乗っているのではない。
中には10人近く運べる魔獣も存在するので、騎獣の数は傭兵の数よりは少なかった。
これらの騎獣は、元々帝国全土で量産されていたものである。
そもそもハベイシア領には元々遊牧民が暮らしており、彼らは馬や魔獣の扱いに長けた地球でいう所の騎馬民族であった。
リニア同盟でもラテニア連合国でも、騎兵というのは少ない。
獣人主体のリニア同盟ではまだ多少は存在しているが、妖魔主体のラテニアでは極一部の少数部隊だけである。
その理由は、まず数を揃えることが難しいという点。
更に維持費もかかるし、騎乗しながら戦えるように訓練も必要であり、まともに戦えるようになるまでのコストが大きくなってしまう。
しかもそうして騎兵を用意しても、扱いが難しかった。
機動力があるので伝令用に利用したり、ただ移動に利用するだけならかなり優れてはいる。
だが戦場で上手く活用しようとなると話は別だ。
というのも、この世界には並外れた身体能力の持ち主や、魔術というものが存在しているからだ。
もし地球で最強を誇った騎馬隊とこの世界の兵士が戦った場合、騎馬突撃を仕掛けても魔術や一部の並外れた身体能力の豪傑によって、蹴散らされる事だろう。
とはいえ、この世界の騎兵が必ずしも弱いという訳ではない。
この世界には魔獣という、動物である馬よりも優れた騎獣がいる。
そうした優れた騎獣に豪傑の兵士が乗りこめば、それでかなり強力なユニットの誕生だ。
だが問題はそうしたユニットを沢山用意できないという点にあった。
「にしても、これだけの騎兵が移動する様は豪快じゃのお。砦攻めには向いておらぬが、平地であれば容易く敵を飲み込むじゃろう」
「これだけの数の魔獣。帝国中からかき集めてきたんじゃねえか?」
前述の理由により、リニアやラテニアでは敷居が高すぎて導入されていない騎兵隊であるが、魔獣を多数保有する帝国では虎の子のそれら魔獣をも動員していた。
数万もの騎獣が大地を掛ける音は、轟音となって遥か遠くまで木霊する。
その移動速度は、地球の騎馬隊と比較するとかなり早い。
何と駈歩の早さを維持したまま、数時間もの移動が可能であり、それでいて騎獣に負担がかからない。
駈歩とは時速で言えば20~30キロ程度なので、現代の自動車を知る転生者からすればのろまに思えるが、この速度で数時間も移動が可能というのはとんでもない早さである。
しかもこれは負担を掛けない範囲での速度であり、一時的に負担を掛けるのを承知であれば、更に速度を上げる事は可能だ。
また魔獣は個体差も大きいので、魔物だった時の脅威度が高い強力な魔獣であれば、より速度は向上する。
「でしょうね。どうも上の連中は、私達に破竹の勢いで突っ込ませたいようです。魔族を蹴散らすのは望むところではあるのですが、どこか焦りのようなものを感じる所が気になりますね。団長はどう思います?」
帝国の子爵家出身であるイスナーニは、荒くれ者が集う聖なる暴虐団においては異色の存在だ。
今も傭兵達に魔獣を貸与してまで、急いでラテニアに侵攻しようとしている事に疑問を抱いていた。
「…………」
「あの、団長?」
返事がなかったので、再度尋ねるイスナーニ。
よく見ると、ワーヒドゥの顔色は若干青白かった。
「…………オロロロロッ」
「うげぇ! 団長、吐くなら外でしてくれよ!」
我慢の限界が来たのか、盛大に車内にぶちまけるワーヒドゥに、サラーサが大声を上げる。
普段から寡黙な団長であるが、どうやら馬車の揺れで酔っていたらしい。
馬車は六暴聖が乗っているだけあって、かなり高価で揺れを抑える仕組みも搭載されていたのだが、余り整備されていない道を駈足で走っているのでかなり揺れていた。
すっかり車内が大惨事になってしまったが、六暴聖が乗る馬車が止まる訳にはいかない。
どうにか吐しゃ物を処理すると、ひとり馬車の窓部分からワーヒドゥが顔を覗かせたまま、進軍はまだまだ続いた。




