第771話 血に飢えた野獣
「ううん、思った以上に進めなかったが、今日はここで野営としよう」
牛魔窟ではボスのいる次の階層入り口部に、ダンジョン内の移動が可能な転移碑がある。
この転移碑はダンジョンの入り口部にも設置されており、1、6、11、16層にある転移碑まで転移することが可能だ。
ただし、予め登録しておかないと転移出来ないので、まずは1度自力で奥まで進まないといけない。
すでに影治達は全員登録を済ませているので、次からは6層まではひとっとびだ。
「案外人が多いですね。これだと6層、7層辺りだと余り効率的ではないかもしれません」
魔導具のテントを設営し終えたリュシェルが、周囲を見渡して心配そうに言う。
地図有りで影治達が1日で進んでこれたのが6層まで。
しかも道中は最短距離を通り、他の冒険者がいようと構わず突き進んでも5層分しか進めなかったということは、その分1層1層が広いということである。
しかし6層入り口の冒険者の数は、それでも不安になるほど多い。
今この場にいる者だけでなく、明日の朝には恐らく転移碑で直接6層に飛んでくる者も増える事を考えると、6~7層は混み合いそうだ。
おおよそこの場にいる冒険者の数が数十人。
他の階層に分散するかもしれないが、人数が増えるほど沸いた魔物がかたっぱしから他の冒険者に狩られることになり、遭遇率は悪くなりそうだ。
「このエリアは脅威度Ⅴ~Ⅵの魔物だって話だから、もうちょい空いてると思ったんだがな」
「ここはいつも大体こんなもんだぜ」
影治たちが辺りの状況について話していると、ひとりのゴブリンが声を掛けてきた。
当然の事ながら、この階層にいる時点でノーマル種ではない。
ただゴブリンやらオークやらは、種族の種類が多すぎてまず人族からしたら判別が出来なかった。
ゴブリンにしてはガタイがよく、影治より身長が高いのでゴブリンジェネラル辺りかもしれない。
「これに転移組が加わるんだろ? 1階層の広さはそれなりだが、あんま数狩れそうにねえな」
「そこが良いってんで潜ってる奴らもいるからな」
なんでも、このエリアの魔物をギリギリ倒せるくらいの奴も結構いるらしい。
人が多ければ、戦闘中に他の魔物集団に襲われる可能性も減るし、危なくなったら周囲に助けを求めやすい。
基本ダンジョン内での冒険者同士の接触は推奨されないが、ここではそういった連中が一時的なクランのような感じにまとまって互いにフォローをしているのだという。
いわゆるローカルルールと言う感じで、割とダンジョンではこういった暗黙の了解みたいなものがあったりする。
「お前もそういった連中のひとりって訳か」
「いや、俺らは違う。6、7層辺りは混むんで、8層をメインに活動してる。ただちょっと不覚を取ってな。ヒールポーションが余ってたら売ってくれないか? 勿論相場より高く買う」
このゴブリンも当然ソロで潜ってるのではなく、仲間と一緒に潜っている。
少し離れた所にいるゴブリンの集団が、先ほどからこちらの様子をチラチラと窺っているので、彼らが恐らく仲間なのだろう。
遠目で少し分かりづらいが、ひとり痛々しい傷が目立つゴブリンの戦士がいるし、他のメンバーも万全とは言い難い状態だった。
「そうだな。ポーションもあるが、こいつはどうだ?」
「これは……魔導具の杖か?」
「ああ、治癒用の魔導具だ。1つ10万ダンで売ってやろう」
「10万!? 治癒魔導具がその値段って安すぎないか?」
「そうでもねえ。こいつは迷宮で見つかったもんじゃなくて、魔具師が作ったもんでな。癒しの光と同程度の治癒効果で、50回ほどしか使えん。それにこいつは付与魔術でリペアする事もできねえ」
「ふうむ、そう考えると妥当……か?」
ゴブリンの男はその場で考え込むが、これでもニューホープでは市場価格5万ダンなので、大分値段は釣り上げている。
「他にも毒治癒に麻痺治癒。体力の回復や、流した血を増やしてくれる奴。更に上位の治癒効果のある奴まで、色々取り揃えてるぜ。ま、ヒールポーションもあるからどっちか好きな方を選びな」
「……何でそんな色々持ってるんだ?」
「沢山仕入れた後だからな。ここで売るつもりはなかったが、少しニューホープ製の魔導具を宣伝しておくのも悪くねえ」
影治は仕入れたと言っているが、当然製造元が自前なので正確に言うと仕入れてはいない。
しかしそんな事をいちいち話すつもりもなく、話を聞いたゴブリンは悩んだ末に10万ダンの治癒の魔導具だけ購入していった。
ゴブリンが向かったのは、やはり影治達に視線を向けていたゴブリンのパーティーだった。
そこで早速治癒の魔導具を使用したらしく、本物だったと騒いでいる。
その様子を見た他の冒険者達も、次々に影治の下を訪ねてきた。
「なあ。話を聞いてたんだが、他にも治癒の魔導具があるんだって?」
「体力回復の魔導具ってのは、スタミナポーションみたいな感じなのか?」
「上位の治癒効果のある魔導具を売ってくれ!」
在庫はそれぞれ結構な数揃えているので、要望があった商品を捌いていく。
全員が全員その場で効果を試した訳でもなかったが、幾人かは購入後すぐに使用したようで、効果を実感して満足そうだった。
「今回お前達に売った治癒魔導具は、ラテニアの南。カウワン王国とガンダルシア王国の間にある、ニューホープという街で生産されてる魔導具だ。こっからだとわざわざ買いに行くのは遠いだろうが、少しずつ販売網も広がってるから、この辺でも手に入るようになるかもしれねえ。この紋章が目印だから、偽物には騙されんなよ!」
ニューホープ製の魔導具や工業製品などには、独自にデザインした紋章が刻まれている。
治癒魔導具などは他に真似できる者がいないので、その場で効果があるかどうか確認すれば偽物判定は出来るが、その他の製品についても、今やニューホープ印のついた製品は優れていると評判になっていた。
「おう、俺らにもその治癒魔導具どやらを寄越せ」
そう声を掛けてきたのは、商売&宣伝活動をしている間にこの場にやってきたオークの冒険者パーティーだった。
転移碑で飛んできたのではなく、6層で狩りをしていて戻ってきた所のようだ。
「何が欲しいんだ? 治癒以外にも毒治癒とか色々あるぜ」
「ああ? 聞こえなかったのかてめぇ。寄越せと言ったんだ。ならあるもの全部寄越せや」
「……もしかして金も払わず寄越せとか言ってるのか?」
「だからさっきからそう言ってんじゃねえか」
「そうか、分かった。お前ら馬鹿なんだな」
「おい! てめぇ何つった、ああああん?」
まさか影治が言い返してくると思ってなかったのか、最初は怒りよりも驚きで目が点になっていたオークの男だったが、すぐにオラついた態度を取って武器を抜く。
周りにいた同じパーティーメンバーも、それに合わせ各々武器を抜き放った。
「お前達正気か? 武器を抜いた以上、ただの脅しだったじゃ済まねえぜ?」
「てめぇこそ何余裕かましてやがる。こちとらミスリル級冒険者パーティー、血に飢えた野獣だぞ、ごらあ!」
「えっ?」
男の名乗りを聞いた影治が、思わずといった様子で声を上げる。
それを見て誤解したのか、周囲にいた他の冒険者から心配の声が寄せられた。
「なあ、あんた。悪いことは言わねえ。こいつらには逆らわんほうがいい」
「ミスリル級パーティーってのは伊達じゃあねえんだ。しかも今話してるリーダーのカマセドッグは、既にオリハルコン級になってる! 理不尽だろうが逆らっても死ぬだけだぞ!」
全員という訳でもないが、魔導具を購入した冒険者の中からはこうした心配の声が聞こえたが、影治が思わず声を上げたのは別に相手の名前に恐れを抱いたからではない。
周囲からの心配が集まる中、影治は平然と言い返す。
「お前達、そんなクソだせぇ名前のパーティー名で恥ずかしくねえのか? どうせなら『クソ雑魚』とか『イキり山賊』とかに改名しとけよ」
「……どうやら死にてぇらしいな。もしかして転移碑があるからって、逃げられるとか思ってねえだろうな? そうはさせねえぜ」
周りの冒険者達は遠巻きに見ているので、影治達の周辺は戦うスペースは空いている。
そしてカマセドッグたちは会話しながらもフォーメーションを整えており、転移碑に向かうにはその前に立ちはだかる血に飢えた野獣を突破しないと、転移で逃げる事は難しい。
だが影治としては、当然逃げるなどという選択肢を取るつもりはなかった。
「それが最後の言葉でいいな? ならアダマント級冒険者である俺に、喧嘩売った事を後悔しながら死ね」
影治はそう言うなり、レイスブラッドを抜く。
「なっ、アダマント級だと!?」
「嘘だ! 嘘に決まってる!!」
戦闘態勢に入ったというのに、仲間のリュシェル達はまったく動く気配がない。
これまでの影治との付き合いから、何も言われずとも今回は影治がひとりで片づけると理解していたからだ。
一方血に飢えた野獣の方は、アダマント級という特大の爆弾発言に驚いていた。
それでもミスリル級パーティーというのは伊達ではなく、すぐに意識を眼前の敵に戻す事に成功したが、その間の僅かな時間は致命的な隙を生む。
「ばーーかーーなーーー!!」
頭部が胴体部から切り離された状態だというのに、器用にもカマセドッグが断末魔を上げる。
その断末魔を皮切りに、常に最短最適最小限の動きでオーク達を切りつけていった影治は、数分の間にミスリル級冒険者パーティー、血に飢えた野獣を皆殺しにするのだった。




