第770話 2つの神聖石
「ん、あ……」
カレンが最初に選んだのは、かなりくすんだ灰色になっていた神聖石だった。
同族である天使であっても、すでにほとんど力を失われているので距離があると気付きにくいくらいの状態だ。
そうした力がほとんど失われていた状態が功を奏したのか。
カレンが神聖石に魔力を流すと、ほとんど失われたと思われていた神聖石が微かに光を発し、カレンへと流れていく。
なんだかんだで、影治もこれまで神聖石を手に入れる機会はあったが、そこから力を吸収する現場を見るというのは初めてだった。
「どうだ?」
「……なんともハッキリしない感じではあるのですが、ほんの微かな記憶のひとかけらと、微かな力が私の中に流れ込んできた気がします」
「リュシェル的にはどうだ? カレンの魔力量に変化はあるか?」
「そう……ですね。もしかしたら微量に増えているのかもしれませんが、これといって区別がつくほどの変化はありませんね」
「ふうむ、それでも100万ダンはしたんだがなあ。まあいい、もう1つも試してくれ」
もう1つの神聖石は、色のくすみ具合はさっきのよりはマシで、白さがまだ残っている。
ただし正常な状態ではなく欠片になっていて、恐らくは元の大きさの3割くらいしかないだろう。
ちなみにこちらは250万ダンで購入している。
「では行きますわ」
先ほどと同じように、カレンは神聖石の欠片に魔力を通す。
すると先ほどよりも強い光が欠片からあふれ出る。
「欠片とはいえ、色がくすんでないせいか光も強いな」
「ええ。ですが、先ほどとは違ってすぐに吸収されませんね?」
「それはそうでしょう。天使の神聖石にしろ、悪魔の暗黒石にせよ。力や記憶を受け継ぐには、相手との相性が非常に良かったり、力量差がある相手などでないとそうすんなりと継承は出来ません。恐らくエイジでしたら、すぐに吸収出来た事でしょう」
元々影治が、天使や悪魔の同族の石の吸収について聞いたのは、セルマからの情報によるものである。
セルマ自身もほとんど経験がない事ではあるのだが、彼女の主であるデグレストは同じ悪魔だ。彼から話は聞いていたし、1度だけセルマも吸収に成功したことはあった。
「ん……うんんん…………」
しばしカレンと神聖石の欠片の間で、拮抗するかのように光り続けていたが、徐々に光がカレンの体へと押し込まれていく。
そして、完全に光を吸収するとゆっくりと息を吐く。
「どうやら上手くいったみてえだな」
「はい……。今度は先ほどと違って、何か変わったような気がしますわ」
「それは間違いないでしょう。私の眼でも、先ほどより魔力量が増えている事が確認できます」
「ほぉ、魔力量を増やす方法は滅多にないっていうが、こうやって増やせもするんだな」
「……今回はたまたま2つともうまくいきましたが、本来は吸収できる可能性も低い上に、特に大きな変化が起こらないことも多いのです。故に、天使や悪魔のコミュニティー内では、同族での争いを固く禁止しています」
そう忠告するセルマだが、天使や悪魔の数が少ないというのは、もしかしたら力を吸収できるからという理由もあるのでは? と影治はふと思った。
「ま、俺には必要ねえし、その為に天使や悪魔を狩ろうなんて思わねえよ。それより、魔力量以外に何か変化はあったか?」
「そうですわね。1つ目のものよりは、もう少しハッキリとした記憶を幾つか受け取りました。どうやら2つ目の神聖石の持ち主は、女性だったようですわね」
カレンは記憶の内容について話すが、記憶といっても断片的なものが多かったようで、特にこれといった有益な情報はなかった。
だがその後記憶以外に変化がないかの検証で、カレンがクラスⅧの神聖魔術が使えるようになっていた事が明らかとなる。
「これはまあ、吸収がきっかけになった事は間違いないだろうが、元々カレンは魔術の訓練もしていたからな。順当に成長してただけって可能性もあるな」
「そうですね。毎日チェックしている訳ではないので、いつの間にか熟練度が溜まっていた可能性もあります」
「何であれ、良かったではありませんか。おめでとうございます」
「ありがとうございます、先生」
影治が次々と新しい魔術が使えるようになっていくので、つい忘れがちになってしまうが、本来新しいクラスの魔術が使えるようになるというのは、大きな変化であり目出度いことである。
特にクラスⅦ以上となると、それ以上中々伸びなくなってくるのでなおの事だ。
「神聖魔術は、人族相手には効きにくい相手もいるが、魔物や魔族。アンデッドなど、特効のある相手も多い。牛魔窟でも十分役立ってくれんだろ」
急遽決定したダンジョンへの寄り道ではあるが、あれから宿に帰ってきた他のメンバーに聞いてみた所、反対意見はでなかった。
ただ今泊まってる宿に先に3泊分の宿泊費を支払っていたので、その間は街を探索しつつゆっくり休むという事に。
影治たち4人が4人共ホルス乳の美味しさを語るものだから、シャウラとピー助は明日にでもダンジョンに行きたがっていたが、そこはどうにか抑え込んでいる。
そうして3日間、影治達はアーカースの街で思い思いに過ごし、宿をチェックアウトしてからは真っ直ぐに牛魔窟へ向かうことになった。
牛魔窟はアーカースの街から北東にあり、街からはゆっくり目に移動しても1日で到着する距離にある。
首都の傍にあるダンジョンということで、幅の広いしっかりとした街道が通っていて、行き交う冒険者や商人などの姿も多い。
もちろん、ラテニア国内なので妖魔の姿ばかりだ。
「思っていた以上に人が多いな。この様子だと、中層も大分混んでるかもなあ」
「でも中層つっても5階層分あるんだろ? どっか空いてる所もあるんじゃねえか?」
「その空いてる所を探すのも面倒だし、人が多いってことはそれだけ取り分も減るってこった」
ホルス乳を飲んでいないヨイチは、そこまで影治がこだわる理由が分からなかった。
ただ散々美味しさについては聞いていたので、全く興味がないという訳でもない。
今回は人通りも多いし距離も近いということで、ドラゴンベースは使用せず徒歩で移動している。
魔導車の移動は便利ではあるが、情緒や旅を楽しむという点では若干物足りない。
こうして話をしながら歩くというのも、旅の醍醐味だろう。
朝にアーカースを経った影治達は、夕方頃にダンジョン前に到着した。
ダンジョン前には小さな村程度の数の建物と、商人達の露店が幾つも展開されている。
丁度夕方ということで、ダンジョンから戻ってくる冒険者も結構いるようで、恐らくこの時間が人で賑わう時間帯なのだろう。
幸い宿を取る事は出来たので、この日はこのまま宿に泊まることにして、翌朝からダンジョンを探索する事になった。
そして翌朝。
妖魔の冒険者達が朝の出勤とばかりに、次々ダンジョンに飲み込まれていく中、影治達も内部に足を踏み入れる。
洞窟タイプのこのダンジョンは、壁に設置されている松明によって内部をほんのりと照らしていた。
この松明はダンジョンが生み出したもので、ダンジョン内においては何故か永遠に灯り続けるのだが、ダンジョン外に持ち出すとすぐに塵となって消えてしまう。
その消えようはまるで魔物を倒した時と似ている。
なおダンジョンの構造物扱いのせいか、ダンジョンの壁同様に設置された状態の松明を切り離す事が困難なので、嫌がらせ目的でも松明を外そうなどという者はいない。
「雑魚に用はねえ。さっさと駆け抜けるぞ!」
牛魔窟に寄り道する事を決めたあと、冒険者ギルドで最新の地図情報は仕入れてある。
何事も例外はあるが、前回の迷宮変化からそんなに日にちが経っていないので、内部構造が大きく変化していることもないという事だった。
「エイジ! この先で戦闘中の奴らがいるっぽいけど……」
「構わん。突っ切れ」
ダンジョン内では、他の冒険者との接触は避けるべしと言われている。
うっかり出会ってしまった場合は、こそこそとすれ違うか引き返して別の道を進むかする。
ましてや戦闘中の冒険者と出会ってしまうと、揉め事が起こりやすい。
例え危ない所を助けに入ったのだとしても、助けられた側が因縁を付けてくることだってある。
だが影治はそんな事知った事かと、牛のような角を持つホーンバットと戦闘中の冒険者たちの、どまんなかをつっきった。
「おい、てめえら!」
背後から荒々しい声が聞こえてくるが、影治ときたらまるっきり無視である。
その後も戦闘中に遭遇する事はなかったものの、普通に探索中の冒険者パーティーを幾つか追い抜き、低層を駆け抜けていく。
初めて挑むダンジョンとはいえ、地図を見ながら最短距離で移動しているので、進みはかなり早い。
その結果、この1日で5層の中ボス、ブルボアを倒して6層まで辿りつく事が出来た。




