第768話 ホルス乳
スウィフト商会の支店は、なんでこんな場所に建てたんだ? というような場所に建てられていた。
といっても、すんごい奥まった場所にあるというのではなく、大陸規模で展開している店の割に、大通りなどの目立つ場所ではなく少し入り組んだ場所にあるという意味での話だ。
「ピュアストールの街にもあったけど、そういえばあっちでは行った事なかったな。なんか適当に街ぶらついてた時に見かけた程度で、あっちも少し裏に入った通りに店開いてたし」
「ピュアストールにもあったのですか? 知りませんでしたわ」
ダンフリーなら知っていたかもしれないが、娘のカレンは騎士を目指して訓練をよくしていたような暮らしをしていたので、生まれた街と言えどそこまで詳しくはなかった。
「……らっしゃーい」
店に入ると、いまいちやる気がなさそうな店員が挨拶をしてくる。
この世界では割と無言でチラ見されるだけの事もあるので、挨拶をしてくるだけまだマシではあった。
「……初めて入ったが、ラインナップが多彩すぎるな」
店内は首都という地代とかも高そうな場所の割に、結構な広さがあった。
最初に声を掛けてきた店員の他にも、2名ほどフロアには店員が控えており、客の数もぼちぼちといった感じで入っている。
扱っている品は、食品から魔導具まで幅広い。
更には武器や防具、家具や錬金魔術に使用する素材まで並び、その隣では日用雑貨などが置いてある。
影治の印象としては、そこまで品揃えが多くないコンビニのようなイメージだ。
「ホルス乳が売っていますね。あの露店の店主は、ここから仕入れてるのでしょうか……」
リュシェルが目ざとくホルス乳が棚に並んでいるのを発見した。
他にも食料品コーナーには魔物肉や、それを加工した干し肉なども売られている。
ちなみにホルス乳は、陶器の瓶に入れられた状態で売られており、一瓶おおよそ300ミリリットルほどの容器で、1000ダンという価格だった。
大まかにダンを円換算すると10倍になるので、この容量で1万円もするということになる。
「にしても随分高いな。仕入れ値はもう少し安いのかもしれんが、ホルス乳使用のシチューといっても、ホルス乳はほんの少量しか入ってなかったのかもな」
「と言いますか、あのような容器に入れておいて腐ったりしないのでしょうか?」
「数日くらいなら問題ないよ」
疑問に思ったセルマが誰に言うでもなく疑問を口にすると、それを聞きつけた店員が反応する。
ホルス乳は超高級品という程でもないが、それなりに高額なので店員のいるカウンターの内側に並べられていたので、話を聞いていたのだろう。
「特殊な魔導具で保存してるようにも見えねえが、元々日持ちがするのか?」
「そう、元々は魔物のドロップ品だからね。この容器も移し替えたんじゃなくて、ドロップした時のまんまなんだ。ドロップしてから少なくとも2週間はもつよ」
「2週間って……。じゃあ、ここにあるのは何時入手したものなんだ?」
「昨日冒険者から買い取ったものだよ。ホルス乳は人気あるからねえ、大体2日も持たずに売れちゃうのよ。ああ、ちなみに魔物からドロップしたのは数日前って事だから、腐ったりはしてないよ」
「数日前? ってことは、割と近くにホルスタウロスが生息してんのか?」
影治が突っ込んで尋ねたのは、このことが気になっていたからだった。
リザードマンの店主も、定期的にホルス乳が手に入るからクリームシチューを提供しているのだろう。
影治としても美味しい食材は気になるので、旅先でそういった食材を見つけた時は常にチェックしている。
「あれ? 見たところお客さんたち冒険者のようだけど、知らないの? 街の近くにあるダンジョン『牛魔窟』には、牛系の魔物が出るんだよ。だから牛肉とかホルス乳はこの街の名物の1つだよ」
「……そいつは聞き逃せねえな」
シャウラやピー助ほどでもないが、影治も元日本人として食にはこだわりがあった。
肉の方は割と色々な魔物のドロップ肉が食用となっているので、文明的に前世での中世レベルではあるが、圧倒的にこちらの世界の方が肉の消費量は多い。
だが畜産物に関しては、かなり手に入れづらい。
毛や皮などであればまだ流通もしやすいのだが、ミルクや卵などに関しては保存技術と交通網が整っていないという理由で、原産地でしか手に入らないし何なら原産地でも高額だ。
ニューホープでも畜産地区で生産しているが、まだまだ供給が追い付いていない。
「とりあえずは、ホルス乳がどんなもんか試してみよう。お前達も飲むか?」
「はい。以前飲んだことはありますが、美味しかった記憶があるので是非」
影治がみんなに尋ねたところ、リュシェルたちも飲んでみたいと言う事だったので、4000ダン払って4つ購入し、その場でグビグビと飲み始める。
「んぐんぐんぐ……ぷはぁぁ! おお、思わず一息で全部飲んじまったぜ。確かにこりゃあ美味ぇなあ!」
「私も以前、ホルス乳が使用された料理は食べた事ありましたが、ミルクの状態で飲むのは初めてでした。これほど美味しいものなのですわね」
「こればかりはカレンの言う事に同意ですね。今度デグレスト様へのお土産に持っていこうかしら……」
4人が4人とも美味しいと絶賛しているのを見て、店員も満足そうにそうでしょうそうでしょうと頷いている。
「よし、決めた。まっすぐエリーの所に向かうつもりだったが、寄り道してホルスタウロス狩りをするぞ!」
「いいですわね。きっとシャウラたちも賛成してくれることでしょう」
「つうことで、ちょっくらダンジョンについての情報を教えてくれ」
「えっ、私がですか? ダンジョンの事なら同業者に聞くか、冒険者ギルドで尋ねればいいのでは?」
ホルス乳の美味しさを伝える事が出来、満足そうにしていた店員。
しかし急に話を振られて戸惑いを見せる。
「ここは情報もやり取りしてるって聞いたんだがなあ」
店員の言う事はもっともであったが、元々影治がスウィフト商会を訪れたのは、選神会について話を聞こうと思ったからだった。
そのついでにダンジョンについても尋ねようと、収納魔導具からワッペンのようなものを取り出す。
これはガルダからもらった、選神会の会員証のようなものだ。
特に影治とヨイチは選神碑に名を連ねているので、通常会員の会員証とは異なる金属製のワッペンとなっている。
「そ、それはっ!」
ワッペンを見た店員の態度が一変する。
それまでは気だるげにだらっとした態度をしていたのだが、ワッペンを見るなり軍人が敬礼するかのように背筋をピンと伸ばし、シャキシャキと動き出す。
「……ひとまず奥へどうぞ。ネイッ! 私は奥にお客様を案内するから、代わりにお前がカウンターに入れ!」
店員はそう言ってカウンターを他の店員に任せると、影治達を奥の部屋に案内する。
そこは話し合いをするための部屋ではなく、こじんまりとはしているが商品が並んでいる部屋だった。
並んでいる品は見るからに高価な品ばかりで、ゲーム的に言うと隠しショップのような感じである。
「ほぅ、ここが会員専用の商品を取り扱う部屋という訳か」
「ええ、その通りです。ああっと、私としたことが他の方の確認を忘れてしまいましたが、あなた以外の方も?」
「ん? ああ。流石にこの金属製のは俺だけだが、こいつらも通常の会員証は持ってるぜ」
「それはよかった。ラテニアの首都にある支店とはいえ、ナンバーズの方がお見えになる事は滅多にないので、つい動揺して確認を怠ってしまいました。ところで大変失礼なのですが、お名前を聞かせてもらってよろしいでしょうか?」
「俺の名はエイジだ。それと今は別行動してるが、他にもうひとり仲間のナンバーズの奴も一緒だ」
「な、なんと! お2人もですか!?」
「そうだが……その様子だと俺らの話がまだ伝わってねえのか?」
「はいぃ……。私達は選神会とは繋がりがありますが、我々スウィフト商会=選神会という訳でもないので、情報の伝達にはタイムラグが発生することもあるのです」
電話だのインターネットだのがないこの世界でも、魔導具による通信網は存在する。
特に大陸各地に支店を設けているスウィフト商会は、大陸の南にいながら正反対の北の情勢まで商会ネットワークで知ることも可能だ。
「ふうん、そういうもんか。俺達はここに来る前に選神碑を見にいってたんだが、その帰りにガルダに捕まってな。選神会に勧誘されて入会したばかりの新人だ」
「なるほど、ガルダさんの勧誘となれば間違いはありませんね。長らくあの地で勧誘活動を続けておられて、これまでもナンバーズを勧誘した経験もありますので」
「それってローズのことか?」
「いえ、彼女はガルダさんの義理の娘ですから違います。他にも勧誘された方がいるのですよ」
「そうなのか。ガルダはその辺あんま詳しくは語ってくれなかったし、ローズはそもそも強い奴にしか興味なくて、情報を聞き出せる感じでもなくてな。最初は選神会について話を聞くために、ここに寄ったんだよ」
「そうでしたか」
「だが、まずはその前にホルスタウロスがいるっつうダンジョンについて教えてくれ!」
「分かりました、私達は選神会を影で支援する為の組織。牛魔窟についての情報をお話しましょう」
そう言うと店員はダンジョンの情報について、語り始めた。




