第767話 アーカース到着※
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自分達がラテニアに出立する以前より、帝国で大きな動きがあったことなど全く知らぬ存ぜぬの影治達は、ラテニアでの目的を幾つか果たし終えていた。
ガバラ商会関係者の追い込みは、予想以上に事が大きくなってしまったが、事前に調べておいた処罰リストに載っている関係者は、粗方捉えるなりツォルキン屋敷での騒動に巻き込まれて死亡するなりしている。
僅かにすれ違いなどで運よく難を逃れた者もいたが、それらは予め送り込んであったアンデッドによって始末される事だろう。
それで影治達は今どこにいるのかと言うと、ラテニア連合国の首都であるアーカースの街に到着したところだった。
ズライロッジからは街を3つほど超えた先にある首都アーカースは、やはりガンダルシアやカウワンの首都とは雰囲気が違う。
その一番の原因は、街並みを行く人々の姿にあるだろう。
なにせラテニアは妖魔主体の国であり、街行く人々の多くが妖魔である。
それに関しては他のラテニアの街でも同様ではあるのだが、特に人口の多い首都ともなると、街を歩く妖魔は数も種類も多い。
他国の街中では余り見かけないような、アラクネやらハーピーなどといった種族の姿もあり、逆に人族の方が少ないので周囲からの注目を浴びる。
ドラゴンアヴェンジャーには様々な種族のメンバーがいるが、妖魔だけはいない。
それでいてヒューマンもいないという変わり種の上、妖精や動く箱もいるのでとかく目立つ。
「そこのあんちゃんたち! ウチのシチューはどうだい?」
「その器の量で1杯100ダンとは、中々強気な価格設定だな」
「なははっ、初めてみた人は皆そう言いますがね。食べてみれば皆納得して帰ってきますぜ」
露店が立ち並ぶ通りを歩いていた影治達は、リザードマンの店主に呼び止められる。
店主はガタイがいいというか妙に横に広く、一般的なリザードマンやトカゲなどの、爬虫類のイメージとは乖離がある人物だった。
「へぇ、そこまで言うなら試してみるか。シャウラは――『たべる!』……というのは分かっていたが、ピー助は――『ぴぴぃ!』まあそうなるよな。他には食べたい奴いるか?」
「あたしも! あたしも食べてみたい!」
「では私はティアが食べきれなかった分を頂きますわ」
「ふむ、某ももらおうかの」
なんだかんだで皆興味を覚えたのか、8人前注文することになった。
その内3人前はシャウラの分である。
「8人前だな? ちょっと待っててくれ。ああ、それと食べ終わった容器と木匙を返してくれれば、1セットに付き10ダン返却するぜ」
シチューをよそっている器は、特にこれといって特徴のない木製の茶碗のような形の器だった。
盛られているシチューは、ただ具材を煮込んだだけのものではなく、見た目が白くトロトロっとしている。
「これってクリームシチューだよな?」
「あれ? 坊主、ウチのシチュー食ったことあんのか? ウチ以外だとあんま扱ってねえんだけどなあ」
「別にそこまで珍しい料理って訳でもねえだろ」
「ま、そうかもしれねえけどよ。ただウチのは他のとは違うぜえ? なんせホルス乳を使ってるからな!」
「なんだそりゃ。特殊な品種の牛乳ってことか?」
自慢そうな店主であったが、影治にはピンと来ていない。
~牛とか~豚だとか、地方特産の品種など前世では色々あったので、そうした品種の1つだろうという程度の反応だ。
「あれれ? 知らねえのかい。そんな身なりしてるってこたあ、冒険者じゃないのか?」
「エイジ様。ホルス乳というのは、牛系の魔物ホルスタウロスからドロップするミルクです。魔物からドロップする食材は、脅威度が高いほど美味しくなる傾向にありますが、ホルスタウロスの脅威度はⅥ。ドロップするミルクもコクがあって天然の甘みもあるので、かなり人気が高いミルクですよ」
「そうそう、そっちのエルフのあんちゃんの言ってる奴だ。とはいっても、高額なホルス乳だけだと超赤字なんで、少量ブレンドしてるだけなんだけどな。あ、それでも十分美味く作れるんだぜ? とにかく食ってみな」
すでに料金の支払いと、商品の受け取りは終わっている。
鍋で温められていたので、器に盛られたシチューからは湯気が漂っていた。
季節は秋の終月を迎え、日に日に寒くなっていく時期なので、こうした暖かい屋台料理はよく売れる。
「おー、んまああああい!」
「確かに言うだけあっておいしーわね!」
「ぴぃ……ガツガツガツ、ぴぴぃ、ガツガツガツ……」
中に入っている具は野菜が多めで、肉は余りはいっていない。
だが野菜の甘みも引き出されていて、全体的にマイルドな味わいに仕上がっている。
注文した全員が不満を言わず、満足そうに平らげていった。
食べ終わった容器と木匙を店主に返すと、返却代を支払おうとするが、それを押しとどめて影治が尋ねる。
「いや、そいつはいらねえ。代わりに教えて欲しいんだが、お勧めの宿はねえか? 料金は気にしねえから高級宿でもいい」
「高くても良いってんなら、ホテルヴァンパイアがいいんじゃねえか? ま、俺ぁこの街に住んでっから泊まったことはないけどな!」
「ホテルヴァンパイアねえ……。気になる名前だが行ってみるか。道を教えてくれ」
「おお、それなら――」
リザードマンの店主も自分では泊まったことはないが、同じ街に暮らしていれば評判くらいは聞くことはある。
宿への道を教えてもらった影治は、ついでにもう1つ尋ねたい事を思い出す。
「おっけえ、そっちまでの道は大体分かった。ついでにあと1つ、スウィフト商会の場所も教えてくれねえか?」
選神会の表の顔として活動しているスウィフト商会は、帝国や教国を除く大抵の国の首都には支店を出している。
選神会に入会してからここまで来る途中にも、スウィフト商会の支店がある街もあったかもしれないが、特に進んで探そうとしてこなかったので、まだ1度も訪ねたことはない。
首都に来たことだしついでに訪ねてみよう、程度の気持ちでこちらの方も店主が場所を知っていたので、一緒に道を教えてもらった。
「ここがホテルヴァンパイアか」
リザードマンの店主にお勧めされた宿は、いかにもといったような石造りの城をイメージした造りをしていた。
鞭を振り回し、十字架をブーメランのように投げ飛ばす男が挑んでいきそうな見た目の建物である。
「随分雰囲気がありますわね。まるで貴族の館のようですわ」
「そんだけサービスもいいのかもしれん。とりあえず入ってみよう」
カウワンでは国賓扱いを受けた事もあるので、このような高級そうな建物であっても気後れする者はいない。
入り口にはしっかりと守衛が守っており、治安に関しても信用できそうだ。
「いらっしゃいませ、ようこそおいで下さいました。当宿ではお食事はご宿泊の方のみご利用出来るようになっております。ご宿泊をご希望でしょうか?」
一般クラスの宿だと、一緒に食堂や酒場を兼任している事が多い。
しかしこのホテルヴァンパイアは、食事のスペースは用意されているものの、宿泊客以外の利用はお断りしているようだ。
「それでいい。とりあえず3日ほど泊まりてえんだが、部屋は空いてるか?」
「それでしたら――」
部屋の割り振りや宿泊費の支払い、そして宿帳への記帳を済ませた影治達は、夕食までの間自由行動をして過ごす事にした。
しょっぱなから当たりの店を見つけたせいか、シャウラ、ピー助、ティアの食いしん坊組は自由行動を告げた途端、美味しいものを求めて飛び出していってしまう。
なお今回3日泊まる事にしたのは、首都だけあって街の規模が大きかったからだ。
これまで街道沿いに寄った街は、大抵一泊しか滞在していない。
「なら俺はスウィフト商会に顔出してみるか」
「お供します」
「わ、私も!」
「あなたが行くというなら、私も一緒についていきましょう」
出会った頃より影治を崇拝しているリュシェルが、一緒に行動をしようとするのはいつもの事だ。
そしてセルマが一緒に行動するようになって以降、カレンと張り合うようになったのも恒例となりつつあった。
「お前達は相変わらずだなあ。まあ、好きにすりゃあいい」
影治も自分が原因でこうなっている事は分かっているので、あまりとやかくは言わない。
それでいて、この三角関係のような状態をどうにかしようとは特に思っていなかった。
「……この街はどうも混然としてますわね」
商会へと向かう途中、ポツリとカレンが呟く。
影治達は今、4人プラスチェスで移動しているのだが、スウィフト商会があるのは大通りから1本外れた通りらしい。
元々大通りですら変に曲がりくねった道があるほどなのに、大通りを外れれば更に道が真っ直ぐと通っていない事も多かった。
そのせいでリザードマンの店主に道を聞いた時も、かなり細かい説明を受けている。
「グィィ……」
「お、そうだな。あれがそうっぽい」
そうして曲がりくねった道を進んでいった先に、お目当てのスウィフト商会の支店を発見した。




