第766話 帝国四将軍
ハベイシア帝国の中央部に流れる大河、アンデラス川の周辺は標高が低く、川沿いには帝国の大動脈といっていい街道が走っている。
その街道は川の名前にちなんでアンデラス街道と呼ばれており、帝国の北部と南部を繋ぐ重要な街道として機能していた。
そのアンデラス街道を北に進んだ先に、北東と北西に大きく分かれる分帰路がある。
この分岐を北東に進むとラテニア連合国との戦いの拠点となる、要塞都市シャープテンジェンにたどり着く。
反対の北西方面に進むと、今度は北のリニア同盟との前線にある城塞都市、バウッシュに行き着く。
これら2つの重要な都市に通じる分帰路は重要な中継点であり、当然の如くこの地にはライバーグという大きな街が置かれている。
そのライバーグの街に今、帝国四将軍の内3人までもが集結していた。
「全員集まったようだな」
将軍たちが顔を合わせているのは、ライバーグの街にある領主の屋敷の一室だ。
だがこの場に領主の姿はなく、同席しているのは将軍たちのみ。
余人を排された中で最初に口を開いたのは、岩鉄将軍の異名を持つルドヴィーク・マトゥラであった。
身長190センチ近くある偉丈夫で、男性にしては長い肩まで伸びる髪を、後頭部で1つにまとめて垂らしている。
巌のような男で、武人としても指揮官としても優れた能力を持つ将として有名だ。
将軍という地位にありながら率先して先頭に立って戦い、卑怯な真似をせず正面からぶつかってくるその性格は、極めて稀な事に敵である獣人たちからもある種の敬意を抱かれるほどである。
普段は北のリニア同盟への抑えとして、国境近くの城塞都市に詰めているのだが、今回は四将軍が集まるということでライバーグの街までやってきていた。
「ルドヴィーグ将軍とは何度も顔を合わせておりますが、サイラス殿まで派遣されるとは、今回の遠征はこれまでにない規模になりそうですね!」
ニコニコと笑顔を浮かべながらそう言っているのは、見ただけですぐに神官だと分かるような服装をした男であった。
聖光教における神官といえば、当然聖光教の関係者という事である。
頭に被っているミトラは、マルティネのイメージカラーである白を基準とした造りをしており、だぼだぼっとした神官服もまた同様に白が目立つ。
一見すると教会関係者のように見える彼は、光槌将軍の異名を持つアスドルバル・バレンシアという。
将軍の立場と聖光教会の大司教という立場を兼任しており、普段はラテニア連合国に対処する為、北東の要塞都市を中心に活動している。
「はぁ……。さっさと終わらせて帰りてぇ……」
最後のひとり、暗黒将軍と呼ばれているサイラス・アドローバーは、四将軍の中で唯一ヒューマンではなかった。
ダークエルフから進化したブラックエルフという種族で、四将軍に任命されてからすでに200年以上が経過している。
その任命された当時から今に至るまで、四将軍最強と呼ばれているサイラスであるのだが、極度のめんどくさがりであり、普段は帝城の守護者として城内に引きこもっている事が多い。
その為、歴代の四将軍の中には彼と面識がない者までいる程で、実際にアスドルバルもサイラスと会うのは今回が初めてであった。
「サイラス殿もやる気が一杯のようで何よりです! 残るひとりが今回参加しないというのは残念ですが、その分我々が力を合わせて神意を果たしましょう!!」
明らかにサイラスの言動にはやる気が見られなかったのだが、アスドルバルは独自のフィルターを通して物事を感じ取っているようだ。
ニコニコと笑顔を絶やさず、本人としては真面目なつもりだが空々しくしか聞こえない声を上げる。
ちなみに今回四将軍のうち3人までしか集まっていないのは、最後のひとりが南部の防衛を任されているからであった。
また最後のひとりマノン・ルーヴェルは、将軍に着任して日が浅い。
前将軍ソレイユ・デリトスキーがあのような死に方をした為、ろくに引継ぎも出来ておらず、将軍直属の兵たちもろくに編成されていない状況だ。
直属の配下という点では、帝城に引きこもるサイラスには一兵の配下もいない。
だが最近はシャーゲンの街からアンデッドが消え、ガンダルシア兵が駐屯するようになっている。
そうした状況下なので最低限の警戒が必要だという事もあり、マノンだけは遠征メンバーから除外されている。
「今回の遠征は長くなる。手を抜くのはもっての他であるが、常に全力を出し続けていては息も切れよう。今回の遠征においては、陛下より強欲の鏡の使用も許可されているが、補給線が長く伸びるのは危険だ」
「物資であれば、住人を根絶やしにした後に残されたものを使用すればいいのでは? 異教徒共を見逃すつもりはありませんが、奴らの持ち物まで全て排除する必要はありません。こう見えて私は寛容ですからね!」
寛容であると言いながら、住人は全て皆殺しにするというアスドルバルは、明らかに狂信者と言っていいだろう。
ただこうした事は割と地球でも起こっているので、アスドルバルが特殊だという程でもない。
彼からすれば、異教徒に死を与える事は救済なのだ。
「今回の我々の軍勢を前にすれば、焦土作戦を取られる可能性もある。敵地の物資を当てにするのは下策だ」
四将軍という役職にありながら、一般的な軍隊を率いる将軍として適正と言えるのは、岩鉄将軍ルドヴィーグだけだった。
アスドルバルは聖光教の布教と異教徒の排除にしか興味がなく、従えている手勢である5000の神官戦士も、戦術など知ったもんかという感じで、眼前の異教徒を殺す事しか頭にない連中の集まりだ。
サイラスに至っては指揮する兵すらいないし、軍団を指揮した経験もない。
「兵站とかそんなの気にしないでさぁ、魔術でドカンとやっちまえばいーんだよ」
「異教徒を叩き潰すのなら私にお任せください。大地を異教徒共の血で染めてみせますよ!」
「――――」
やる気のないサイラスに、常に笑みを絶やさない狂信者のアスドルバル。
こうした反応は予想出来ていたとはいえ、内心でため息を吐くルドヴィーグ。
今回の遠征では、北方面軍や東方面軍などの正規軍も参加し、それぞれの軍団長も参加する大規模な遠征となる。
そんな大規模な遠征の総大将として、ルドヴィーグはこの場にいる扱いにくい駒もきちんと使用しなくてはならない。
扱いが難しい駒ではあるが、決して無能という訳ではないからだ。
「……今回は、某が総大将として一軍を率いることになっている。2人には相応しい戦場を用意しよう。だから、勝手な判断で行動することのないよう」
「わーったわーった」
「軍事行動に関しては、将軍の右に出る者はいないでしょう! 是非とも私共には叩き潰し甲斐のある異教徒をあてて下さる事を期待していますよ!」
果たして将軍同士が集まる意味があったのかは疑問であったが、戦場をかき回しかねない要素について、予め言質を取る事は出来た。
ルドヴィーグ自らが忠告をしたことで、多少は2人の身勝手な行動を押しとどめる事も出来たであろう。
「そういえば将軍。今回は神兵召集は掛けられるのですか?」
「帝国北部を対象に、第2種神兵召集が発令される事になっている。余りに数が多すぎても糧秣が不足するので、ある程度数は絞ることになるであろうが、それでも最低100万以上の神兵が動員される事になるだろう」
「おおおっ! それはなんと素晴らしい!!」
これまでも終始笑顔を浮かべていたアスドルバルだったが、その話を聞いて恍惚とした表情を浮かべ始めた。
顔が上気し赤く染まってゆき、ギョロギョロっとした瞳が左右バラバラに動く。
あのような状態では、まともに焦点が合っているようにも見えない。
「他にも聖なる暴虐団や傭兵なども徴用するので、数はかなりのものとなるだろう」
興奮しすぎて聞こえているかも分からないアスドルバルに、右耳から左耳に受け流しているような態度のサイラス。
ルドヴィーグもサイラスとは余り面識はないが、アスドルバルとはそれなりに付き合いがあるので、彼らの態度を気にせず最後の連絡事項を伝える。
「そして、今回の遠征には光の使徒の方々も参加なされる」
「――何ですって?」
「……へぇ、そいつは凄ぇな」
聞いているかも分からない2人だったが、しっかり話は聞いていたようだ。
或いは都合のいい部分だけ聞こえる、便利な耳を持っているだけの可能性もあるが。
ともあれ、将軍の顔合わせと連絡事項を伝えたルドヴィーグは、次に正規軍の軍団長達との会議に出席する為、場所を移動するのであった。




