第765話 聖なる暴虐団
シャルネイア大陸で一番広い国土と国力を持つ、ハベイシア帝国。
その中央部には雄大な大河、アンデラス川が縦断しており、この川を下流に下った先に帝都アーステットがあった。
ハベイシア帝国の前身であるハベイシア王国は、元々この地に暮らしていた遊牧民族によって建国された。
今もそうした遊牧生活をしている者は多いが、人口の大半はアンデラス川沿いに集中している。
国土の半分以上が標高の高い高地であるため、そうしたアンデラス沿いにある街の人口密度は高い。
中でも帝都アーステットは、シャルネイア大陸の都市の中では一番人口が多く、100万を超える人々が暮らしていた。
その人口を養うために帝都周辺には幾つもの衛星都市と、食料生産の為の広大な農地が広がっている。
その帝都アーステットには、広大なハベイシア帝国を統べる皇帝がまします居城がある。
塗装なのか元々そういう建材なのか、全体が白い城壁で構成されたその城は白亜の城などと呼ばれる事も多い。
聖光神マルティネを国教とする帝国に相応しい威容である。
しかしながら、この城の主である皇帝――トリスタン・ミッサ・バタガエフ・ハベイシアは、皇帝に相応しい人物のようには見えなかった。
「方面軍を派兵して北の三国を平定せよ……か。気楽に言ってくれるものだな」
ハベイシア帝国皇帝トリスタンは、誰もいなくなった一室で独り言ちる。
巨大な帝国を統べる立場にあるトリスタンだが、外見からは全く覇気を感じさせない。
面長で青白く顔色が悪く、ひょろひょろとした体格。
装飾品や衣服を平民のものと入れ替えれば、誰も皇帝である事に気づかないであろう。
唯一彼が平民と違う点があるとすれば、ライトグリーンの病的な瞳だ。
その瞳は何者も信じないといったような濁った色を湛えており、トリスタンから漂う陰気な雰囲気の一番の要因となっている。
「奴らにとっては、我が国の民などただの数字でしかないのだろうな」
4人しかいない聖光教の大主教から直接伝えられたその内容は、それが例えどんな無謀な指示であろうと従わざるを得ない。
そこに皇帝という権威は意味をなさなかった。
今回の指示は特別大きな内容ではあったが、トリスタンにとっては教会の意向に従うのはいつものことだ。
すでに彼の中では何事に対しても諦念の気持ちしかなかった。
それは何もトリスタンだけが特別なのでもない。
歴代のハベイシア帝国の皇帝たちも、一見何者にも侵されない権力を手にしてきたと思われがちであるが、実質は聖光教の傀儡でしかなかった。
「だがこれでまたオーギュスト派や、サートゥラー派の勢力を削ることはできる」
大規模な遠征を行うという指示には逆らうことはできないが、皇帝という地位を利用すれば人事を調整するくらいの介入は出来る。
といっても、今回の遠征はまさに空前絶後の規模で行うよう指示が出されていた。
トリスタンに介入出来たことは、モンテスキュー派を南部に配置転換し、代わりに南部から他派閥の人員と入れ替える事くらいだ。
大規模な遠征前のこの人事に、疑問を抱く者もいないではなかったが、大半の軍関係者も聖光教の信者であるため、こういった指示が出されてもそれを疑問に思う者は少ない。
「これで少しはアドキンスの援護にもなろう。余にしてやれる事はその程度だ。まったく度し難いものだがな……」
今度は一体どれだけの血が流されるのだろうか。
その事を思うと、すでに諦念のどん底に落ちているトリスタンと言えど、感情を抑えることができない。
それは罪悪感か、はたまた後悔か。
人知れず苦悩する帝国皇帝トリスタン。
その思いは本人以外に誰にも知られる事なく、帝国全域に今回の遠征計画が伝わるのだった。
「おい、聞いたか?」
「勿論だぜ。とうとう上も本腰を入れて、異教徒の制圧に乗り出すみてえだな」
「ここしばらくは小せえ任務しかこなかったが、今度は大きく暴れられそうだぜ!」
遠征計画は魔導具なども利用して、ただちに帝国全土に伝達された。
その指令を受けたのは、何も帝国正規軍に所属する者達だけではない。
帝国には北、東、南の方面軍が存在するが、その他にも戦闘集団は多く存在する。
貴族階級にある者はそれぞれが私兵を編成しているし、正規軍とはまた別系統で帝国四将軍はそれぞれ直属の部隊を有している。
他にも傭兵や神兵などといった兵力もあるが、変わり種として聖なる暴虐団という組織があった。
いうなれば傭兵集団のようなものであるのだが、その戦力は他の傭兵団の追随を許さず、同数の兵力程度なら正規軍相手にも勝てる位の暴れ者たちの集団である。
彼ら聖なる暴虐団は他国であれば山賊になったり、裏の世界で生きるしかないような連中で構成されているが、そんな連中でも共通して聖光教の教えは守っている。
なので粗野で荒々しい連中ではあるが、帝国国民に対して牙を向けることはない。
「よおし、今度の遠征で何人亜人をぶっ殺せるか競争しようぜ」
「おいおい、すぐにぶっ殺しちまったらつまんねえだろうが。指を1本ずつ落としていって、反応をじっくり楽しむのがいいんじゃねえか」
「そんなケチくせえこと言うなよ。今回は空前絶後の大遠征らしいからな。思いついた残虐な殺し方を全て試しても、まだまだ残りはうじゃうじゃいるだろ」
「お、マジかよ!? なら俺は無理やり水を飲ませ続けたら腹が破裂するのかどうか試してみるわ」
「ギャハハハッ、お前なかなかえぐい事考えんな。じゃあ俺はそうだな……。ちと勿体ねえが、塩を大量に食わせたらナメクジみてえに干からびるか試してみるか!」
聖なる暴虐団の団員による、聞くに堪えない発言はその後も続く。
彼らの発言から分かるように、帝国国民には手を出す事のない暴虐団であるが、亜人に対してはその限りではなかった。
元々団に所属する連中は、暴力性の高いあらくれ達で構成されている。
そんな彼らにも、聖光教の教えが行き届いている事が恐ろしい所ではあるが、その暴力性を満たす為に彼らは殊更に亜人排斥に力を注ぐ。
「……下っ端共がいきり立っておるが、今回はどれほど連れていくつもりじゃ?」
話が伝わって盛り上がりを見せる中、丸テーブルの周りに座っている者達は落ち着いた態度を見せている。
その内のひとり、馬蹄型の髭を生やした老人が正面に座っている男に尋ねた。
丸テーブルには6つ椅子が並んでいて、それぞれにいかにも強者の雰囲気を持つ者達が腰かけている。
彼らは聖なる暴虐団の中でも特に名の知られた人物たちで、六暴聖と呼ばれる幹部たちだ。
今しがた質問をした老人の名はハムサ。
そして質問をした相手は、聖なる暴虐団の団長を務める男、ワーヒドゥであった。
「――全部だ」
「む? 今なんと言った?」
彼ら六暴聖の周りは、同じ聖なる暴虐団の団員ですら近寄らずにいるので、かなりのスペースが開いている。
だが大きな倉庫のようなこの場所には、多くの団員が犇めいているので、決して静かとは言えない。
ハムサもワーヒドゥの声が聞こえなかった訳でもなかったが、口にした内容が信じられず思わず聞き返してしまっていた。
「全部連れてく」
「なんと! それはつまりわしらも全員一緒という事か!」
ハムサが驚くのも無理はない。
普段聖なる暴虐団は帝国から依頼を受ける形で、亜人が隠れ住む村であるとか、亜人をかくまっている人物の下に、乗りこんでいったりしている。
……のだが、団員の戦闘力が高いのと余りに所業が凶悪すぎて、原理主義のオーギュスト派以外の宗派からは煙たがられている。
それなりに大きな依頼であっても、六暴聖が複数人で依頼にあたることはほとんどなかった。
あっても2人一緒程度だ。
「ヘッ、面白ぇ! 亜人や魔族共の腸をぶちまけてやる!」
そう言うのは六暴聖の中での紅一点……というのが適当かどうか議論の余地がある、見た目がほぼ男のようなマッチョ体形の女戦士――サラーサだ。
ちなみに彼女の言う魔族とは、帝国内での妖魔の蔑称であり、本来の魔族とは意味は異なる。
「それはまた、どうやら帝国は本気のようですね」
興奮した様子のサラーサとは逆に、落ち着いた反応を見せるのはイスナーニ。
貴族然とした振る舞いは、あれくれ共が集う聖なる暴虐団では異彩を放っている。
ともあれ、帝国からの今回の依頼は制限なしの……それどころか、全員連れてきてくれとのお達しであり、ここに聖なる暴虐団全員の参加が決定した。




