第762話 奴の名は
叫び声をあげたツォルキンが、高速で影治に迫る。
咄嗟に反応して身構える影治だが、ツォルキンは直前で向きを大きく変え、ヴェリアス配下の兵士の方に向きを変えた。
「ぐわああああっ!」
不意を突かれた兵士は、大きな竜化した爪に左肩をざっくりと抉られ、そのまま左腕ごと落とされてしまう。
「ルアンッ! くっ、お前達は無理せず後方から支援を! こいつの相手は僕とエイジでする!」
「聞いたなあ? ティアとピー助も後方から魔術の援護をしててくれ。それとこいつはこれまでの奴より強ぇ。エカテリーナも援護魔術は掛けておくが、くれぐれも無理はするな」
「あいよ!」
先ほどの動きと攻撃力は、これまで出会った化け物以上の強さであった。
元々四魔君主であるツォルキンは、化け物に変じなくともソロで脅威度Ⅷの魔物と渡り合える能力がある。
恐らくはその地力があったからこそ、最初の方に会話が可能だったのだろう。
だが結局魔物の本性に自我が押しつぶされた今、魔物の能力を存分に発揮して明らかに脅威度Ⅸ以上の強さになっている。
「グアバウバババララァァァアッッ!」
狂乱したように叫びながら、前に出た影治とヴェリアスに襲い掛かるツォルキン。
ブンブンと振り下ろされる竜化した爪先は、床や壁を抉り取っていく。
先ほどの兵士のように、まともに食らったらただでは済まない。
体術などの技術は未熟であるが、身体能力だけで全てを解決するようなその動きは、影治はともかくヴェリアスには厳しい部分があった。
しかし影治と共闘している上、後方からはヴェリアスの配下とティア達の援護もある。
先ほど肩口から左腕を切り取られた兵士も、ピー助の光魔術によって一命をとりとめていた。
ちぎれた左腕も破損レベルには至っていなかったので、【再生の光】によって無事くっついたようだ。
兵士の男は、涙を浮かべてピー助に感謝しながら、戦線に復帰している。
影治は強敵相手のいつもの3点セットを使い、じんわりとツォルキンのHPを削っていく。
これまでの化け物との戦いで、無限に再生するかのように思える化け物にも再生の限度がある事は分かっている。
またHPと体力はまた別だ。
こんだけの巨体が散々動き回るのだから、元々体力もかなり高いと思われるのだが、それでも長時間戦い続けていけば動きも鈍ってくる。
特に散々腕などを切り飛ばして再生の力を使わせれば使わせるほど、動きの方も段々と鈍っていく。
「大分動きも弱ってきたな。そろそろ仕掛けてみるか」
「何か、策が、あるのかい?」
「こいつらの弱点は、さっき話にも出てた造魔石だ。そいつを飲み込むと、胃の部分で癒着してとんでもねえ再生力を得る。だったらそいつを取り除いちまえばいい」
必死になって攻撃を躱しながら、ヴェリアスが尋ねる。
それに答える影治には、まだまだ余裕があった。
今のツォルキンは魔物の力も合わさって、かなりのパワーとスピードを持っているが、この間戦ったローズに比べたらまだまだ手ぬるい。
加えて最初の頃に比べて疲労の為かツォルキンの動きは鈍っていたが、影治の方は最初の頃と変わらぬ動きを見せている。
「それじゃあ、僕が奴を抑えるからその間に仕留めてくれ! 【沸血】」
弱点を聞いたヴェリアスは、ここで切り札の1つを切った。
クラスⅩの血魔術【沸血】は、一時的に自身の身体能力を飛躍的に向上させる。
ヴェリアスは闘気を用いた物理による戦闘以外に、魔術師としても優れた能力を持つ。
闘装術までは会得していないが、闘気術と【沸血】による強化は重複しない。
なので影治が付与魔術で強化を重ねるように、更に身体能力を高めることが出来る。
先ほどまではギリギリの攻撃を躱していたヴェリアスだが、【沸血】を発動させた今は、余裕をもってツォルキンの攻撃を躱していた。
積極的に前に出ているので、その分影治に向けられる攻撃が減り、代わりにヴェリアスに攻撃が集中する。
技術によって効率的に動く影治ほどではないが、吸血鬼は体力もかなり高い種族なので、ツォルキンほどの疲れによる動きの低下はない。
造魔石による再生は、体力よりも傷などの再生に特化しているのだろう。
そうしてツォルキンのすぐ近くまで接近したヴェリアスは、そこから地面を蹴って高く跳躍すると、竜化の影響で長く伸びた首にとりついて、チョークスリーパーのように首を思いきり締める。
「グガガガガッ……」
手足を切り落としても再生する化け物ではあるが、首を絞められ続けるというのは流石に苦しいようだ。
どうにかして首に巻き付いたヴェリアスを剥がそうとするが、ヴェリアスは首を締めながら器用にそれらの攻撃を躱す。
「……どうせだから試してみるか」
この絶好の好機に、影治はとある事を思いついて暴れ回るツォルキンに向けてダッシュする。
しかし何故かレイスブラッドは鞘に納められ、無手の状態で突っ込んでいた。
「四宮流古武術極伝、臓盗」
闘気術の1つ、凝気術によって右腕に闘気を集中させた影治が使用したのは、貫手を放って相手の体内から臓腑を抜き取るという極伝の技だった。
元々ドラゴンは背中部分より腹の方が防御が薄いが、それでも竜化したツォルキンの腹部は、見た目以上に硬く分厚い。
しかしあくまでドラゴンそのものではないし、そもそも闘気を凝縮させた影治の貫手は、金属の鎧すら穿つ。
腹部を派手にぶち破り、引き抜かれた血まみれの腕の先には赤黒い石のようなものが握られている。
「造魔石を抜き取った!」
「そんなら後はトドメを刺すだけね!」
「いや……。ティア、待て! ヴェリアス、お前もだ! 少し様子を見る」
影治が造魔石を抜き取るのを見たヴェリアスは、早速そのままトドメを刺そうと動き出していたが、影治の制止の声を受けてピタッと静止する。
そして名残惜しそうにしながらも、一旦ツォルキンの下から離れた。
「うぐっ……ウゲゲゲゲゲガガガグググ……」
一方首絞め状態から解放されたツォルキンだが、代わりに核である造魔石が抜き取られ、口から血や胃液などを吐き散らしながら苦しそうだ。
その様子はまるで麻薬の禁断症状に苦しむ人のようである。
「攻撃は……してくる様子がないようだね」
「それどころじゃねーんだろ。見ろよ。全身から血が噴き出してきてるぜ」
慎重に様子を窺っているヴェリアスに、もう仕事は終わりだと腕を組むエカテリーナ。
まだ緊張感が抜けきった訳ではないが、今のツォルキンの様子を見ているともう長くもたないであろうことは明白だ。
造魔石を抜き取った事もそうだが、それまでの攻防によって消耗していたというのもあるのだろう。
「おい、くたばる前に質問に答えろ。その造魔石はどこで手に入れた? 【大いなる治癒】」
「グググ……うぅぅ、むぬぬぬぬ……」
どうしたもんかと迷った影治だが、情報を聞き出す為にここは敢えて回復魔術を使用した。
それは急速に死に向かっていたツォルキンを、一時的に引き留めることに成功する。
「う、うぐぐ……や、奴だ……。奴があの忌々しい石を……」
「だから奴ってのは誰なんだつってんだろ! 【生命力大回復】」
造魔石を抜き取った影響か、ツォルキンの自我も戻ってきたようであるが、影治の心眼は急激に生命力が抜けている事を捉えていた。
慌てて【生命力大回復】を使用してみたものの、焼け石に水といった状態だ。
「こ、コライドン……。奴をぶち……殺せ……」
最後に求めていた情報を吐くと、そのまま大きく倒れ込んで動きを止める。
どうやら完全に死んだらしい。
試しに死霊魔術を使用してみるが、1度魔物になってしまったせいか、造魔石を取り除いた状態だというのにアンデッド化することはなかった。
「コライドン……。聞いた事ねえ名前だが、知ってるか?」
「いや、僕も聞いた事ない名前だね。エイジからもらった関係者の資料にも、そんな名前はなかった」
「調査漏れか……? とにかく、名前は分かったんだからそのコライドンとかいう奴について、調べておくか」
同じ国の所属であるヴェリアスはともかく、影治は直接的にそのコライドンとやら何かされた訳でもない。
ただ妖魔を魔物に変化させる造魔石の存在は、論理的にではなく心情的に認められなかった。
「僕の方でも調べさせよう。ところで、エイジは造魔石とやらについて何か知っているのかい?」
「俺も詳しいことは分からねえ。ただここに来るまでのあいだに、何体か化け物と遭遇してな。腹ん中に妙な石がある事に気づいたんで、魔術で調べた結果、造魔石って名前が判明したんだよ」
「なるほど、そうでしたか……」
最初影治の口から造魔石という言葉が漏れて以来、平然とした表情の裏に疑問の顔を隠していたヴェリアス。
何故その名前を知っているのか。
もしや関係者なのか? などとも考えはしたが、これまでの影治の態度から流石にその線はなさそうだと疑問を打ち消す。
「ひとまず話はこの辺にするぞ」
ツォルキンを倒し、ひとまずこの場の問題は片付きはしたが、恐らくまだ造魔石を飲み込んだオークが他にもいるはずだ。
これ以上この場で話をしている余裕もないという事で、再び影治とヴェリアス達は屋敷内の探索に戻るのだった。




