第761話 崩壊するツォルキン
「クソッ! もう腹がタプタプで、これ以上ポーション飲んでられねえぞ!」
「こいつ一体どんだけ再生しやがるんだ!?」
「まさか延々と再生を続けるんじゃあねえだろうな?」
どうやら兵士達は長時間戦闘を続けているようで、かなり疲弊しているようだった。
ひとりで数十人を足止めしている化け物は、4メートル程の背丈のあるオークとトレントが融合したような姿で、全体的に外皮が茶色い樹皮のようになっている。
周辺には切り落とされた化け物の一部が散らかっており、それだけ見ると木片のようにしか見えない。
「これまでとはちょっと違うタイプみてえだな」
「ああ、それにあの動き。あんなになっちまってるが、知性が見られる。もしかしたら喋れないだけで、奴に関しては自我がいくらか残ってるのかもしんねえ」
影治がそう判断した理由は、急所をかばうような動きを見せていたからだ。
これまで出会った化け物は、ダメージなど気にせず突っ込んできていたが、そうした動きも見せていない。
だからこそ格上相手とはいえ、数十人もいながらトレントオークを倒しきれていないのだろう。
「む、お前達は?」
影治達の会話に気づき、後方で指揮をしていた男が尋ねる。
「俺達はオリハルコン級冒険者パーティーのドラゴンアヴェンジャーだ。最初は正門で待機してたんだが、やばそうなので助太刀にきた。すでにここに来るまでにあの化け物を3体倒してる」
「おお、それは心強い! 是非その力を貸していただきたい!」
「ああ、任せな」
これだけの数の兵士と長時間戦闘していたせいか、恐らく再生力は最初の頃よりは大分弱まっている。
死霊魔術3点セットと弱点属性の神聖魔術を使えば、すぐに削り切れるとは思われたが、それよりも手っ取り早い方法を影治は選んだ。
「そこか……。冥道穿穴」
兵士達と戦っている時に、それとなく守っている箇所。
それは、4メートルほどに巨大化しているトレントオークの、恐らくは腹部に当たる箇所と思われた。
翼オークを解体した際に、胃の内部で造魔石が癒着していた事が明らかになっている。
恐らくはこのトレントオークも、心臓や頭部などより造魔石のあるこの部位が急所になるのだろう。
その急所に突き刺さるは、四宮流古武術真伝、冥道穿穴。
冥府へ続く道に続く穴を穿つような、強烈な突きを見舞う技だ。
真伝という理から外れた領域にあるこの技は、物理的に剣で突いた部分だけでなく、その周辺をも巻き込んで深く抉り取る。
トレントオークの腹部へと穿たれた穴は、その道中にあった造魔石ごとぶちぬき、風穴というには大きすぎる穴を開けた。
若干弱まっていたとはいえ、まだまだ再生力を見せつけていたトレントオークも、弱点である造魔石をぶちぬかれたことで再生力が失われ、その後の兵士達の追撃で完全にトドメを刺される。
「や、やったのか!?」
「再生は……しねえな」
「おっしゃ、オラアアア! どうだ! やってやったぞ!」
「つうか、あのすんげえ攻撃は何だ? 拳が簡単に入るくらいの穴が開いてるぞ……」
苦戦していた兵士達からは、強敵を倒す事が出来て歓喜の声が沸き上がる。
そんな兵士達を横目に、影治はざっと辺りを見渡して傷ついた兵士達に、回復魔術を飛ばしていく。
「回復まで……かたじけない。奴の強さもさることながら、あの再生力には困り果てていてな。おかげで助かった」
「あいつらは、再生力が尽きるまで攻撃を加えるって方法でも倒せるが、狙い目は腹だ」
「腹部か……」
「正確には胃のある場所だな。こいつのはもうぶっ壊れちまってるだろうが、ここに来る前に倒した奴の胃の中に、妙な石があった。頭部や心臓を潰しても再生は止まんねえが、その石を壊しちまえば再生はしねえ」
「それは良い情報を聞いた。他の場所でも、あの化け物の対処に困ってる所があるだろう。我々は仲間の下に向かうが、一緒にくるか?」
「いや、それよりもツォルキンの居場所を知らねえか?」
「それならば、ヴェリアス様が先に向かわれた。この廊下を先に進んだところだ」
無駄に豪勢な造りをした館内は、数十人規模の兵士が散らばって戦える位の広さがある。
元々ラテニアでは体の大きい種族もいるので、建物を大きく作る傾向があるが、そんなラテニアで更に豪華な建物を建てようとなると、このような建物になるのだろう。
「あっちか。じゃあ俺らはツォルキンの所に向かう」
そう言って兵士達と別れると、影治達は広い廊下を先に進む。
その先には扉や分かれ道が幾つかあったが、影治はまるで道を知っているかのように進んでいく。
そうして進んでいった先には、大きな両開きの扉があった。
だがすでに扉は半壊しており、部屋の内部の様子が一部見える。
そこでは、先ほどのトレントオーク並の体格の化け物と、側近の兵士を率いるヴェリアスとが戦いを繰り広げていた。
「ヴェリアス!」
「……エイジか。ここまで乗り込んできたんだね」
「途中から雲行きが怪しくなってきたからな」
「あああああん? エイジぃぃ、だとおおお?」
影治達がヴェリアスの下まで駆け付けると、戦いが一旦止まる。
そしてこれまでになく、影治の名前を聞いた化け物が口をきいてきた。
「なんだあ? こいつも自我が残ってんのか?」
ヴェリアス達が戦っていた化け物は、恐らくドラゴン系の魔物と合成したのだろう。
本家ほどの巨体にはなっていないが、先ほどのトレントオークと同じかそれ以上の背丈に変化している。
頭部はドラゴンとオークを半々にしたような形状をしており、胴体と繋がる首の部分が長く伸びている。
これまでの化け物同様に、全身には浮き出た血管はどす黒く、ヴェリアスとの戦闘で生じたどす黒い血が、辺りに飛び散っていた。
背中からは竜の翼のようなものが生えており、全面ではないが表皮には鱗も生えている。
両手の先は鋭い爪を持つ竜の手に変化しており、尻の部分からは尾が生えていた。
「きさ、貴様があエイジかああ! その力、我によこせえええ!!」
「おわっと!」
会話が出来るかと思いきや、急に影治に襲い掛かるドラゴンオーク。
ドラゴンと混ざっている割に、この化け物の胴体部は脂肪に包まれているように見える。
その見た目からして鈍重そうに思えたが、身体能力自体は高いのか、地面を強く蹴って接近してくるスピードはかなりのものだった。
だが影治に通用するほどではない。
振り下ろされた爪を躱し、後方に大きく下がって距離を取る。
「どうも一方的に俺の事を知ってるみてえだが、もしかしてこいつがツォルキンか?」
「そうだよ。見ての通り、見た目は大分変わってしまったようだけどね」
「グルルルッ……、我の攻撃を躱すかあ。アアアアンデッドだけが取り柄でもなあいってことかあああっはあぁぁぁぁ……」
「一応会話は出来るようだが、危ない薬キメたみてえになってやがる。これ以上おかしくなる前に聞いとく。造魔石はお前達が作ったもんなのか?」
「ウゴゴゴガガガッ!! なぜっ! ナゼ! 貴様がその事を知ってイルルルルルゥゥんだあああああ!?」
造魔石という言葉を聞いたツォルキンは、途端にその場で大きく暴れ出す。
それは子供が地団駄を踏んでいるような、感情に任せて目的もなく体を暴れさせているだけであったが、それによって破壊された床や柱などの破片が周囲に飛び散る。
一緒に行動しているティアだけは不安だったので、咄嗟に影治が前に出て身をもって守るが、この場にいる他の者は飛び散る瓦礫を躱すなり受け止めるなりしてやり過ごす。
「チッ、どうにもまともに会話が出来そうにねえな。詳しい事情を聞きてえ所だが、最悪殺しても構わねえよな?」
「うん。エイジも知ってるかもしれないけど、ああなった連中はとんでもない再生力があるんだ。僕としても事情は気になるけど、それよりも命の方が優先だよ」
他の化け物と違い、ツォルキンとは会話が一応通じている。
だがかなり不安定な様子なので、まともに話を聞けそうになかった。
いつもなら生前に話が聞けずとも、殺した後にアンデッド化させれば問題ないのだが、今回ばかりはその方法も使えない。
何故なら、ツォルキンは妖魔から魔物へと変じてしまっていたからだ。
暴れるツォルキンを見ても分かるように、全身からは瘴気が噴き出している。
また中途半端に竜のような頭部に変化した目の部分も、魔物のように赤くなっていた。
実は影治はこれまで倒してきたこれらの化け物に、死霊魔術を試していたのだが、アンデッドとして復活することはなかった。
失敗した理由は、彼らが魔物となってしまっていたからである。
また同じ理由で、血魔術を得意とするヴェリアスは、辺りに散々まき散らされているツォルキンの血を利用する事が出来ていない。
「造魔石……ゾウマセキ…………。何故、我がこのような姿にっ! 奴め、話がちが…………ぐ、グルルルァァァアアアアアアッッ!!」
最早支離滅裂となっているツォルキンは、興奮するごとに元の人格が薄れているようだ。
最後に上げた叫び声はもはや妖魔としてのものではなく、魔物としての叫び声であった。




