第250話 運命
部屋の窓から文字通り外に飛び出したティア。
その先は中庭に繋がっており、影治はよくここで訓練を行っていた。
ちょっとした広さのその場所は、宿泊客が利用出来るようにベンチなども設置されている。
「おや? 目覚めたのですか?」
「リュシェル……」
そこにはリュシェルがひとり、地面に寝転んでいた。
植物魔術でも使ったのか、彼の寝ている場所だけ草がたくさん生い茂っており、それがベッドのように互いに絡み合いながら、リュシェルの体を支えている。
ヒラヒラと背から生える蝶のような羽を羽ばたかせ、ティアはリュシェルの傍に降り立つ。
他に宿泊客が少ないのか、たまたまなのか。
中庭には他に人はいないようだった。
「まだ魔力酔いの影響が残っているようですが、それとは別に浮かない顔をしてますね。エイジ様と喧嘩でもしましたか?」
「うっ……」
図星を突かれ、思わず言葉が出ないティア。
そんなティアに、リュシェルは穏やかな顔で続きを話す。
「悩み事や相談があるなら伺いますよ。これでも200年以上生きてますので、それなりに人生経験は積んでいるつもりです」
ティアは人形のような小さな見た目と普段の言動から、年齢より幼く見られがちだ。
だがこれでも20歳を迎えた歴とした成人であり、自称16歳の影治よりは年上だ。
しかしリュシェルと比べればその差は10倍以上の開きがある。
自然とティアはリュシェルの持つ包み込むような雰囲気に押され、ことの次第を話すことにした。
だがその前に中庭に新たに飛び込んできた者がいる。
「ぴぃぃぃ!」
「ピー助、あんた……」
最初の頃は、ちょっとしたことで衝突していたピー助とティアだが、基本的な関係はそのままに、互いの距離感や接し方を詰めていった結果、それなりに良い関係性を築いていた。
「まーいいわ。あんたも一緒に聞いてよ……」
影治が追いかけてきたらどう対応していいか分からず、また逃げ出してしまったかもしれない。
だがピー助なら構わないと、ティアはリュシェルに先の影治とのやり取りを話した。
「ふむ……。つまりティアはエイジ様のお役に立ちたいという訳ですね?」
「改めてそー言われるとアレだけど、あたしが故郷で暮らしてた時になりたいって思い描いていたのは、リョウ様の傍らに寄り添ったシェリル様のような関係なの。種族名はフェアリープリンセスだけど、あたしは守ってもらうだけのお姫様になるつもりはないのよ」
「なるほど。ですがエイジ様もあなたを同行者に加えた以上、危険な場所に飛び込むことを良しとはしないでしょう。その点についてはどうお考えです?」
「それはっ……そうかもしんない……けどさ」
改めて言われるまでもなく、ティアにだってそれくらいのことは分かっているつもりだ。
だがこの場合の問題は、本人だけが分かっているつもりになっているという点だった。
時には未知の強さの敵に立ち向かう場面も出て来るだろうが、あの時の影治はそうは判断しなかった。
無駄に危険に突っ込むのではなく、避けれるなら避けるべきだという判断を下していたのだ。
「エイジ様も脅威度Ⅷ以上の魔物は初めて戦うと仰っていました。ならば猶更どの程度危険な相手なのか判断できなかったのでしょう」
「…………」
「まああの時の指示については一旦置いておきましょう。私が先ほどの話で気になったのは、ティアがエイジ様のお役に立ちたいというのは、一体どういった理由なのかということです」
「どういった……って、あたしは無理言って仲間に加えてもらったんだし、役に立つところを示さないと……その、ダメじゃない!」
「役に立たないとパーティーから放り出されると? エイジ様は、そのようなことを気になさる方だと思いますか?」
「それは……」
これまでの付き合いから、影治がそういった性格でないことは分かっていた。
ティアからすると何でも出来るように見える影治だが、他者に対して「そんなことも出来ないのか?」などと見下すような発言はしない。
「私が思うに、ティアは故郷で思い描いていた内容に引きずられて、役に立たないといけないのだと思い込んでいませんか?」
「そんな……ことは……」
――ない、とは断言できなかった。
これまではなあなあな感じで一緒に冒険をしてきたが、いつも不安が付きまとっていた。
その不安を払拭するかのように、里で暮らしていた頃の何倍も魔術の修行に励んだ。
今日の領主の館での訓練だってそうだ。
だが日に日に増していった不安は、前向きな姿勢とは別な理由で、ティアに過度な訓練を行わせる。
ティアは里では唯一の上位種であるフェアリープリンセスだ。
それも両親共に通常のフェアリーでありながら、生まれ持って上位種として生まれた特殊な生まれ。
あの父親ならば、通常のフェアリーの娘であろうと溺愛していたかもしれないが、生まれつき上位種に生まれたティアは、家族以外のフェアリーたちからも特別な対応を受けて育った。
それは純粋な敬意の気持ちからくるものだったが、敬われる側としては、自分が皆とは違うのだという認識を植え付けらる結果となる。
花よ蝶よと育てられ、不自由なく育てられたティアは、そのために居心地の悪さというものを常に内に抱いていた。
そんな時に現れたのが、影治だった。
今でもティアは覚えている。
最初にクライムと挨拶する前から、水色の髪の少年のことが気になっていた。
まだ影治が天使であると、自己紹介する前の話だ。
何故そんなにも気になるのか分からず、自分が天使だと語る影治の言葉を聞き、それが原因なのだと思い込んだ。
思い込もうとした。
だがそれは分りやすい回答に飛びついただけで、正解ではないことをティアは理解している。
あれは……、あの時抱いた感覚は……
「役に立ちたいという以外の理由が、ティアにもあるのではないですか?」
「そんなこと言われても……。っていうか、リュシェルはどーなのよ? 何であそこまでエイジに妄信してるの? 魔力量が多いっていうのが、そんなに大事な訳?」
改めて問いただしてきたリュシェルに、逆に質問で返すティア。
するとリュシェルは一旦瞳を閉じ、天を仰ぐかのように上を見上げたあと、ゆっくりと視線をティアに戻して言った。
「……確かに私にとって魔力量というものは、相手を判断する大きな材料に違いありません」
それは常日頃のリュシェルを見ていれば見えてくるものだ。
だがリュシェルは更に言葉を続ける。
「視た者の魔力量を量るこの魔眼は、私に魔術師の道を歩ませました。そして魔術のことを知るにつれ、魔術の深奥までたどり着くには、魔力量というものが大事なのだと悟りました」
リュシェルのような長寿種族であれば、とびぬけた魔力量がなくとも地道に訓練を重ね続けることで、ある程度の領域まで上達はしていく。
しかし、寿命が長くとも魔力量が微量だった場合、せっかくハイクラスの魔術を修得出来たとしても、最大クラスの魔術を使用できる回数は少ない。
下手すると、1回使用するだけで魔力の大半が持っていかれることもありえる。
「そんな私からすると、エイジ様の魔力量は神にも等しいものでした」
「そーね。確かに影治に注意されるまでは、神様みたいに扱ってたわね」
「ええ。ですが、私がエイジ様に生涯付いていこうと決めたのは、魔力量だけが理由ではありません。寧ろ1番の理由と比べたら、魔力量など取るに足らないものに過ぎません」
それは影治本人にも伝えていない、リュシェルの本音だった。
だがリュシェルの行動原理は魔力量が全てだろうと思い込んでいたティアにとって、それは俄かに信じられない話だ。
しかし次のリュシェルの一言を聞き、ティアはそれが本心であるのだと確信した。
「――運命」
「えっ……?」
「初めてエイジ様とお会いした時、これは運命の出会いであると……そう感じたのです」
「運……命……」
その言葉は、リュシェルの言っていることが間違いではなかったと思わせると同時に、スッとティアの胸の内にも納得と共に落ちていった。
初めて影治と出会った時に抱いた感覚。
あの時はその感覚を、念願の天使と出会えたことによる感激と勘違いしてしまった。
しかし、そうではなかった。
あの時抱いた気持ち、感覚。
それはリュシェルもそうであるように、ティアにとっての運命の出会いに相違なかったのだ。
「あた……しも……、そうだった……」
心の中での理解が頭にまで到達する。
すると先ほどまで暗い箱の中に押し込まれていたような世界が、一気にパーッと明るくなったようにティアには感じられた。
自分はなんで影治の役に立つということに、あそこまで拘っていたんだろう。
魔術の訓練については、影治の助けになりたいという理由から、今後も継続的に行うという方針は変わらない。
でも、今日の訓練のような切羽詰まったやり方はダメだ。
そう判断できるくらいまで、ティアは我を取り戻した。
「……そうよね。大事なのはそこじゃない。エイジだって言ってくれてたじゃない。傍にいてくれればいいって」
「どうやら心の迷いが晴れたようですね?」
「うん、ありがとっ、リュシェル! あたし、大事なことによーやく気付いたわ。もう今日みたいな無茶な訓練はしない。でももっと強くなって、エイジの横に並び立ちたいから魔術の訓練は続ける。そう、決めた!」
そもそも攻撃魔術を撃ち合う訓練自体が、一般魔術士からすれば無茶な訓練と言える。
だがそれは影治も効果を認める訓練法であり、ティアがそれを行うことを止めたりはしない。
しかし今日のように、魔力酔いを起こすような無茶な訓練は、効率的に見てもよくないだろう。
「これは私も精進しなければいけませんね」
リュシェルに相談に乗ってもらい、気持ちの整理をつけたティア。
しかし直前の影治とのやり取りのせいで、心情的に部屋には戻りにくい。
そこに、
「ぴぃっ! ぴぃっ!」
これまで話を聞いているんだかいないんだか分からない様子だったピー助が、突然大きく動き出す。
そして嘴でティアの服の一部を啄み、そのまま空に浮かび始める。
「ちょっ、ちょっ! ま、待って! ちゃんと自分で戻るっから!」
慌てるティアの声に小動もせず、ピー助はティアを部屋へと連行していくのだった。




