第234話 オークエンペラー討伐
「そいつらで最後じゃ! だからといって油断はするなよ?」
「ジジイ、誰に物言ってやがる? オレがそんなヘマするかよ!」
「何強がってんの! 割かしそんなヘマをするからボスもそう言ってるんじゃないの!」
「うっせえ! オレが何時そんなヘマをおおおおおおおっっ!?」
言った傍から攻撃魔術の接近を感知できず、直撃しそうになるバキル。
だがそんなバキルの近くに突然、何層にも渡って展開された木の枝による壁が展開される。
その木の壁は思いの外頑丈であり、バキルに向けて放たれた攻撃魔術を完全に防ぎ止めた。
「【重層枝壁】! そういうところじゃないかな?」
咄嗟のアシストをしたのは、植物魔術の使い手であるリュシェルだ。
一度は撤退しかけたこのオークキング討伐隊の面々だったが、今度こそ魔力やら闘気やらを全て使い尽くす勢いで、最後の力を振り絞っていた。
「中々に騒がしい連中じゃな。ほれっ、【強打強風】!」
バキルに攻撃魔術を放ったハイオークメイジが、カディウスの風魔術に沈む。
影治が一番キツイ連中を纏めて相手取ってくれてるとはいえ、残ったオーク集団にはまだ脅威度Ⅶの魔物も数体残っていた。
それに数の上でもまだまだオークたちの方が上だったのだが、ボミオスたちが駆けつける前に受けていたダメージが大きかったらしい。
先程のハイオークメイジのように、少し追撃を加えるだけで沈んでいくオークも多かった。
「ぴぃぃぃっ!」
何よりピー助の存在も大きかった。
これまで散々強力な魔術を使用してきたピー助は、上位精霊だけあって魔力量も豊富だ。
しかし最初の長距離発動やクラスⅨの光魔術発動などで、さしものピー助も大分魔力を消耗していた。
そこに「お主が一番火力が高いからの」と、ここに駆けつける前にカディウスが1級品の魔晶石をピー助に与えており、そのお陰で今も魔術を使用する余裕が生まれている。
「やったわ! もう他にはいないわよね?」
「ああ。残るはエイジが相手にしてる奴らだけじゃわい」
「そんじゃ、早速援護に――」
向かおうぜ! と続けようとしたバキルだったが、その言葉は空中で解けて行ってしまう。
すでに周囲のオークを殲滅したとはいえ、バキルは戦場の真っただ中だというのに、茫然とした様子で一方を見つめている。
それはバキルだけに留まらず、ボミオスやサイラークなども程度の差こそあれ、似たような反応をしていた。
「マジ……かよ……」
彼らの視線の先。
そこで繰り広げられていたのは、影治がたったひとりでオークキングとオークエンペラーを相手どり、互角以上に戦っている姿だった。
「敵は脅威度ⅧとⅨの化け物じゃぞ!? オリハルコン級の冒険者でも、ああは戦えんて……」
カディウスは弓と魔術が専門だが、これまで数多くの戦士と共に戦った経験がある。
それらの経験から、影治がとんでもない実力の持ち主だということを感じ取った。
直接武器を持って戦う物理戦闘職のバキル達などは、その隔絶した影治の強さを前にして、加勢に加わることも忘れただただ見入ってしまう。
戦場全体の喧騒は、少しずつ静まっている。
最初にオークエンペラー率いる精鋭集団が現れた時は、戦場全体が混乱していた。
しかし簡易拠点で指揮を執るルクトリアは、必死に味方を鼓舞し、戦力を集結させ、部隊を再編制させて状態を立て直す。
その結果、影治やボミオス達が増援の精鋭集団を食い止めたこともあって、すでに戦況は五分のところまで押し戻している。
そして今、戦況を大きく変化させる出来事が起ころうとしてた。
「ふぅぅっ……。まさかオークエンペラーがここまで頑丈だとは思わなかったぜ」
そうそう息を荒くすることがない影治だが、上位種のオークたちを相手にしては、流石に息も乱れる。
だがそれ以上にオークエンペラーの方が息も絶え絶えといった様子で、肩で大きく息をしていた。
すでにオークキングは討伐済だったが、残ったオークエンペラーは流石脅威度Ⅸの魔物だけあって、影治の強力な攻撃に何度も耐えた。
ハイオークジェネラルの金属鎧ほどではないが、それに迫る防御力をオークエンペラーは素の状態で持っていた。
鎧などに覆われていない地肌の部分をソードスラッシュで切り付けても、まるで金属を切りつけたかのような感触が返ってきて、軽く傷をつける程度のダメージしか与えられなかったのだ。
「だが、お前ももう終わりだ」
「…………」
言葉が通じている様子はなかったが、自分が追い詰められている自覚があるのだろう。
オークエンペラーは、無言のまま影治を睨みつける。
その体のあちらこちらには、影治によって付けられた傷痕が残されており、流した血の量もかなり多い。
「四之宮流古武術――壱払」
満身創痍のオークエンペラーに対し、影治が選択したのは壱払。
それから弐払、参突と流れるような基本攻撃が続く。
それはまるで将棋で詰めろをかけるように、オークエンペラーを追い詰める。
だがすでに影治は、この攻防が必死であることを確信しており、その最終局面へと向けて、ただただ勝ちを取りに手を進めていく。
拾壱払によって、オークエンペラーの右腕は肩より上に上がらなくなり、拾伍薙でがら空きとなった腹部を切り裂く。
そして弐拾肆突は躱されることを前提とした突きであり、それによって体勢を崩したオークエンペラーに、弐拾伍払が襲い掛かる。
この払いはオークエンペラーの首を掻っ切り、致命傷を与えることに成功した。
しかし影治が詰ませようと思っていたのは、まだ数手先だ。
首を切り裂くことには成功したが、まだ頭部が胴体部から切り離された訳ではない。
すでにまともな応手も出来ぬオークエンペラーを、想定していた詰みの状況に持ち込むため、影治は数手連続で致命傷を与え続ける。
そして参拾壱突によって王手を打った影治は、最後にオークエンペラーに言い放った。
「チェック……メイトだ」
その宣言と同時に、トドメとなる参拾弐払が見舞われる。
将棋の対戦では王手まで行っても、その後実際に王を取ることはない。
しかし今は命の取り合いの最中であり、31手目で王手を打った影治は、次の32手目で王の――皇帝の首を切り取った。
また手数では32手と将棋としてはそうそうあり得ない決着の速さであるが、更に驚くべきことは、この32手におよぶ攻防が僅か十数秒の間に行われた所にある。
この短い攻防の中でオークエンペラーの首を切り取った影治は、それで慢心することなく後ろへと下がった。
オークエンペラーもやはり、首を切られただけではすぐに死ぬことはなかった。
しばらくの間首の無い状態で胴体部だけが暴れ回っていたのだが、しっかりと距離を取った影治にその攻撃は届かない。
そしてついに最後の時を迎えたオークエンペラーは、これだけタフで頑丈な魔物であったにも関わらず、他の魔物となんら変わりなく塵となって消えていった。
「あー、しんどかった」
肩の荷が下りた影治は、深く息を吐きながら激戦の感想を誰にともなく呟く。
そんな影治の下に、黙って戦いの様子を見ていたボミオスたちが駆け寄る。
「や、やりおったな!」
「オイオイオイオイオイ! マジかよ! マジかよ!!」
「流石はエイジ様。魔術だけでなく、剣の腕も半端ないですね!」
「お、おおお……。光の上位精霊を使役し、妖精の進化種を従える天使……。これはまさしくリョウ様の……リョウ様の再臨じゃ!」
各々が影治を褒め称える中、意外にも一番感極まっていたのは十老のひとりであるカディウスだった。
彼は影治がオークエンペラーを打ち負かす姿に、かつての天使王を重ね合わせたようだ。
ともあれ、オークエンペラーが討ち取られたことによって、戦況全体にもただちに影響が波及していった。
最初のとは別に潜んでいたもう1体のオークキングも倒されてしまったので、すでにオーク集団には大人数を指揮できるほどの指揮官が存在しない。
それまでは連携を取って戦っていたオークたちが、途端に烏合の衆と化した。
それだけでなく、オークエンペラーが倒されたことによって、周辺にいる同族を強化する特殊能力も解除されている。
これらが戦場に与えた影響は大きく、影治がオークエンペラーを討伐してから1時間もしない内に、オークの襲撃を完全に撃退することに成功するのだった。




