第233話 実戦稽古
「ふぅぅ、ヒリヒリするぜぇ」
影治は優れた武術の使い手であるが、耐久力に関してはそこまでではない。
無論この世界の戦士たちのように、ちょっとやそっとのダメージで致命傷になることはないが、今回の相手は脅威度ⅧやⅨの魔物だ。
オークの種族特性的にも力や体力に優れているので、攻撃をまともに食らってしまうと、下手したらダメージだけでなく意識ごともってかれる可能性もある。
この耐久力に関しては何も影治だけでなく、一部の種族を除く、多くの種族の間の共通の問題でもある。
RPG的にいうと、主人公のHPは9999がマックスなのに、敵は数万とか十数万のHPを持っていたりするというアレに近い。
それだけ魔物というのはタフであり、その中でもHPの高いオークというのは仕留め切るのが大変だった。
「切り札は……まだいらんな。丁度いい、こいつら相手に腕を磨くとするか」
影治はこの世界に転生して以来、真に死の恐怖を感じたことはない。
それはオークエンペラーたちと戦っている今もそうだ。
それは危機感が欠如しているというのではなく、この程度ならまだどうにかなると思っているから。
そしてその考えは間違っていなかった。
「それはさっき見た」
体格も大きく劣る影治相手に、巨体のオークたちが翻弄されている。
最初の連携を厄介だと感じた影治は、以降は連携させないようにしつつ、ジワジワと相手のHPを削る方針を定めた。
剣で戦いつつも、尽きることなく放つ攻撃魔術によって、その作戦は見事機能している。
魔物は闘気術を使わない……少なくとも影治がこれまで戦ってきた魔物には、闘気術を使う魔物はいなかった。
だがその代わり、魔物は闘気術で強化しなくても十分強い身体能力を持っている。
だがそれは魔物が妖魔になった際に大きく力が弱まるらしいので、体内に魔石を持つ魔物特有の能力と言える。
オークエンペラーなどは、3メートル以上の巨体だというのに、闘気術や魔術バフで強化した影治と同じくらいの速さで動き、影治以上の力で巨大な斧を振り下ろす。
メイス、大剣、槍、斧。
次々と襲い掛かるそれらの攻撃を、影治は躱し続ける。
だが流石に全てを完全に躱すことは出来ず、敢えて自分から相手の得物に向かって踏み込むことで、攻撃力が最大に達する前に先に攻撃を受けたりもしていた。
そうして受けた攻撃は【魔力装甲】によって大きく威力を減衰され、更には力流や流力によって受けた攻撃を更に他の場所へと流す。
「こいつぁいい稽古になるな。だが稽古相手の方がそろそろ限界か」
大分余裕がありそうなセリフを吐く影治だが、傍から見るとかなり危なっかしいギリギリの戦いのように見える。
それは影治が完全に攻撃を見切って、ギリギリのところで攻撃を躱しているからだ。
それにオークたちの攻撃の物量が多いせいで、影治からは魔術以外の物理的な反撃が余り出来ていないことも、必死なように見える一因だった。
「ボミオスたちに任せた周りのオーク連中も、そろそろ片が付きそうだな。なら、俺の方も稽古だなんて言ってないで、仕留めにいくとすっか」
実戦に勝る稽古はない、などと言われることがあるが、この戦いで影治は更に剣の深奥へと近づくことが出来た。
これは影治の学習能力の高さが最大限に発揮された結果と言える。
最初の内は確かに、4体同時相手に完全に対応出来てはいなかった。
死にはしないだろうと確信しながらも、余裕はそこまでなかったのだ。
それが戦っていく内に、徐々に反撃する回数も増えていった。
これは相手の攻撃に慣れたというのもあるが、影治自身が密度の高い戦いの中で、みるみる成長していったからだ。
「まずはお前からだ」
最初に狙いを付けたのは、中距離から見事な連携で持って影治を牽制し、時には必殺の一撃を放ってきていた、長槍を持つハイオークロードだ。
能力的にはオークエンペラーに及ばないが、味方のオークの攻撃をアシストするという意味では、一番厄介な相手だった。
「やっぱそう来るよな! 飛閃十字剣!!」
オークたちの攻撃はワンパターンに過ぎた。
戦闘中も成長を続ける影治とは違い、幾つかのパターンがあるとはいえ、それを大きく逸脱した動きや攻撃をしてこないので、影治からすればどうぞここが攻撃のチャンスですよと、敢えて知らせているようにしか見えない。
今も敢えてハイオークロードに背を向けた影治は、完全に背後からの攻撃のタイミングを読んで、長槍の突きを躱す。
躱すといってもただ左右に避けるのではなく、くるりとハイオークロードの方に振り返りながら、敵のいない右側のスぺースに飛んだ。
その際、影治はソードスラッシュを逆袈裟に左下から右上へと斬り上げ、更に返す刀で左上から右下へと斬り下ろす。
丁度剣筋で十字を描く軌道だ。
だが相手は長いリーチを持つ長槍にて攻撃してきたので、当然ながら十字に振った剣は何も斬りつけてはいない。
だというのに、中距離の間合いにいたハイオークロードの首が十字に切り裂かれ、頭部を胴体から切り離していた。
「トドメだ!」
何が起こったか分からないといった表情を浮かべながら、頭部だけとなって宙を舞うハイオークロード。
頭部だけになったとはいえ、それですぐ死ぬわけではなく、実際に影治がトドメを刺しに動き始めると、切り離された胴体部がそうはさせじと槍を振るう。
だが影治はその程度してくるだろうなと予想していたので、まったく油断することなく最後の一撃に対処して、地に落ちる前にソードスラッシュでハイオークロードの頭部を突き刺す。
「やっぱ実戦でも十分使えそうだな」
すぐ傍でハイオークロードが塵となって消えていくのを確認しつつ、先程の技の評価を下す。
飛閃十字剣は、四之宮流古武術の真伝の技であり、いわゆる飛ぶ斬撃を飛ばす技である。
そして驚くべきことに、前世でもちゃんと飛ぶ斬撃として離れた相手を切りつけることが出来ていた。
しかし切れ味は普通に刀で切りつけるのと比べると、刃がかすった程度……カッターナイフで切り付けられた程度の傷しか与えられなかった。
真伝という、通常では辿り着けない領域の技にしては、威力は大分しょぼかったのだ。
だがこの世界に転生し、闘気術をマスターした影治は、闘気術とこの技を組み合わせることを思いついた。
きっかけとなったのは、グェッサーに騙されて商隊の護衛依頼を受けたとき、遠距離から受けた不意打ちの攻撃だ。
あの攻撃には魔力も含まれていたが、それはあくまでおまけ程度であり、本命は闘気術による遠距離攻撃だった。
当時はそれが闘気術による攻撃だとは気づかなかったが、今では闘気術には放気術という放出系の技があることを知っている。
そのふたつを組み合わせた結果が今しがたの攻撃であり、それは飛閃十字剣が元々闘気術と掛け合わせて使用する技だったと言わんばかりに、相性ピッタリでしっかりと威力を発揮させた。
「残るは3体……。次はあのクソ硬ぇ奴にするか」
影治が次なる得物を見定めていると、戦闘中に仕掛けていた【炎の罠】に嵌ったオークキングが、火柱に包まれる。
激しい戦闘の最中、影治は一般には知られていない罠シリーズの魔術を幾つか仕掛けていた。
このクラスの相手だとダメージとしては余り期待できないが、動きを止めたり一瞬でも行動を遅らせることは出来る。
他にも【泥沼】で足元を泥沼にさせたり、【土腕拘束】で動きを阻害したりなど、剣と魔術を組み合わせた戦い方もしていた。
先ほどの【跳ね上がる土】も、普通は戦闘中に使うような魔術ではないのだが、影治からすれば十分緊急避難魔術として活用できる。
「よし、ある程度ばらけさせられたな。【風動】」
補助系の魔術を上手く使い、残るオーク3体をバラバラにすることに成功した影治。
ここで影治が使用したのは、クラスⅤの風魔術【風動】だ。
これは風の塊を自分にぶつけ、瞬間的に移動するための魔術なのだが、衝撃そのものを完全に消すことが出来ないので、思いっきりタックルされたような衝撃をその身で味わうことになる。
そのため、風魔術の使い手でも覚えようとする者は少なく、段々忘れ去られていった魔術だった。
影治の場合は似たような移動方法の縮地などもあるのだが、こちらは魔術になるので、発動まで持っていければ特別な技術は必要ない分負担が少ない。
今回は接近直後に剣技で攻撃するつもりだったので、敢えて【風動】を使用している。
「鬼剣・朧月」
【風動】で弾き飛ばされた先は、狙いを付けていたクソ硬ぇ奴――ハイオークジェネラルだ。
その硬い鎧目掛けて、影治は鬼剣・朧月を放つ。
この技は嘘か誠か、かつて山城国の山奥に住んでいたという鬼から教わったと伝えられている。
割と四之宮流古武術にはこうした逸話が多いのだが、これでも真伝の技だけあって、その威力は折り紙付きだ。
胸の少し上辺りで真横に構えたソードスラッシュが、攻撃の直前激しく震えその姿をハッキリと捉えられなくなった瞬間、ソードスラッシュはハイオークジェネラルの鎧を切り裂いていた。
「MA)NR”K!?」
まさか自慢の鎧が切り裂かれるとは思っていなかったのだろう。
ハイオークジェネラルは驚きの声を上げた。
確かにハイオークジェネラルの鎧は、影治の剣技とソードスラッシュを持ってしても、薄い切り傷を付けるのが精一杯だった。
その事は影治に世界の広さのようなものを感じさせたのだが、その後の影治はただ無駄に剣を振るっていた訳ではない。
攻撃箇所を限定し、鎧の同じ個所を何度も切り付けていたのだ。
先ほど鬼剣・朧月で斬りつけたのも、そうして削られて薄くなっていた部分をピンポイントで狙ったものだった。
そして胸の心臓付近を狙った一撃は、ハイオークジェネラルの心臓を真っ二つに切り裂くことに成功する。
切り裂いた鎧の隙間から、激しく血が噴き出る。
死ぬと塵となって消えてしまう魔物だが、倒す前は普通の生物と同じような肉体を持つ。
全身から心臓へと送られる血液は、真っ二つに切り裂かれた心臓と鎧の隙間からはみ出るように、とめどなく出血を繰り返す。
「流石にそうなると動きもかなり鈍るんだな」
既に死に体となっているハイオークジェネラルだが、死ぬのをただ黙って見ている影治ではなかった。
鎧の隙間などを狙い、ソードスラッシュによる追撃を加えていく。
残るオークキングとオークエンペラーがこの場に駆けつけてきているのを察知しながら、膝の裏部分をソードスラッシュで切り裂くと、それが最後の一撃となってハイオークジェネラルが塵となって消えていく。
「さあて、後は王と皇帝か」
追い込まれていると感じているのか、或いは仲間を散々殺されたからか。
鬼のような形相で迫る2体のオークを前に、影治はどう仕留めようかと考えを巡らせるのだった。




