第230話 新たな領域
一刻の猶予もない中、影治は少しでも身体能力を強化するために、【身体強化】ではなくより強化割合の高い闘気術を発動させる。
更には各種強化魔術でバフを盛りに盛った影治は、移動用の四之宮流古武術の技を発動させた。
それはこれまで何度か使用してきた瞬歩ではなく、真伝の境地に至った者がようやく使用出来る絶技。
縮地と呼ばれる移動技法だった。
元々前世の日本で暮らしていた時でも、縮地というのはあり得ない程の速度で移動出来るとんでも技だった。
どうして生身の肉体でそのような動きが出来るのか。
それは物理法則などの枠を踏み外す、真伝の領域にある技だからとしか説明しようがない。
そんなとんでも技を、闘気術や魔術のバフが入った状態で使用すれば、とんでもなさは二乗され、まさに世界を置き去りにして先に自分だけ進むかのごとく、超絶的な移動速度を発揮する。
その超速の移動は、しかしそれに伴う物理的な影響……例えば、移動の際に空気を押しのけたことで発生する風の流れといった現象を起こさない。
それ故、ボミオスも影治が自分のすぐ脇を通り過ぎていくことに、全く気付かずにいた。
「諦めるのはまだ早いぜ」
しかし影治の方はボミオスの発した言葉をしっかり耳に捉えており、諦めかけていたボミオスをも安心させる口調で頼もしいセリフを吐く。
「エイジ……か?」
まるで幽霊でも見たかのような反応のボミオスの問いには答えず、まずは回復魔術をマシマシで掛けていく。
影治の表情はいつもの自信溢れる表情とはちがい、苦いものを口にしたかのような表情をしている。
それは今の自分の回復魔術では、ちぎれたボミオスの左腕を治すことが出来ないと理解していたからだ。
それでも腕以外の負傷を癒やす為、影治は2回目の治癒魔術を発動させる。
だがそうはさせじと、巨大オーク――オークエンペラーが再び槍を投擲した。
狙いはボミオスではなく、新たにしゃしゃり出てきた獲物……影治の方だ。
「チッ」
オークキングとの戦いの後で万全状態ではなかったとはいえ、魔導盾を構えたボミオスでもそう何度も耐えられなかった槍の投擲。
とても槍を投げたとは思えない、空気を突き刺すような音と共に、的である影治に真っすぐ飛んでいく槍。
盾を持たぬ影治は、その殺意で塗り固められた槍に対し、腰に佩いていたソードスラッシュを構える。
そして切り裂くのではなく、もの凄い勢いで迫る槍に刃の一部を微かに触れさせ、槍の軌道を僅かに逸らす。
鉄をも切り裂くソードスラッシュであれば、槍を真っ二つに切ることも影治の実力なら不可能ではなかったが、剣へのダメージを考えて影治はこの方法を取った。
その後も更に槍の投擲が続くが、影治はそれを全て軌道を逸らすことで対処する。
これは力流という四之宮流古武術の柔法の技で、大地逸らしと似たような効果を持つ。
ただし、大地逸らしの力を流す方向が地面であるのに対し、力流はそれ以外の方向へと受けた力を流す、繊細な技術が必要な技だ。
これによってオークエンペラーの投擲攻撃を完封しながら、影治は頼もしい相棒に声を掛ける。
「ピー助ぶちかましてやれ!」
「ぴぃぃぃっ!!」
一旦影治の肩からボミオスの頭の上に飛び乗ったピー助は、 お返しとばかりにクラスⅧ光魔術の【光爆】を発動させる。
クラスⅧともなると効果範囲も広く、半径80メートルほどの範囲が光の爆発の影響を受けた。
今回の戦で最初に放たれ、多くのオークの命を奪ったこの魔術。
しかし最低でも中位種以上で編成された敵オーク集団相手では、【光爆】によって死んだオークは1体たりともいなかった。
「エイジ、あの集団の相手は無理じゃ。あそこにおるオークキングですら苦戦したというのに、更に上位種と思われるオークもおる!」
「ああ。奴はどうやらオークエンペラーっていうらしいな。妙に他のオークが強化されてんのも、そのエンペラーの特殊能力のせいらしいぜ」
「なにっ!? っく……」
オークエンペラーの情報を聞き、驚きの余り立ち上がろうとしたボミオスだったが、左腕がないせいかバランスを崩してしまう。
それに、ケガの方は影治の回復魔術で治ったが、失ったハズの左腕部分が痛みを訴えており、その癒しようもない幻肢痛にボミオスの顔が歪む。
「ぴぃぃ……」
そんなボミオスの様子を見たピー助は、らしくないテンションの低い様子で俯く。
だがそれも一瞬のことで、再び前を向いたピー助の目にはこれまたいつにない強い意志を感じさせる力が込められていた。
ボミオスの苦しむ様子を見て憤慨するピー助は、ここに来て新たな魔術の領域を切り開く。
「ぴいいいいいぃぃぃぃっっ!!」
いつもより気合の入った声と共に、ピー助は光魔術を発動させる。
それを見た影治は最初クラスⅦ光魔術の【光の柱】かと思ったが、すぐにそうではないことに気付く。
展開された地面から空へと伸びる光の柱は、通常のものと比べると明らかに範囲が広く、肌で感じる魔力の強さも明らかにクラスⅦのものではなかった。
「おいおい、まさかこいつは……」
立ち上がる光の柱は半径40メートルほどであり、効果範囲は【光爆】の半分ほどでしかない。
しかしその効果は絶大だった。
【光爆】では1体も倒しきることが出来なかったが、この大きな光の柱は、巻き込んだオークたちを纏めて葬っていく。
先ほどの【光爆】のダメージ分もあるとはいえ、威力に関しては間違いなくこちらのが上だった。
「ぴぃ! ぴぃぃ!!」
その上更に、ピー助は連続して同じ魔術を発動させていった。
それを見た影治は、2つまで多重詠唱出来るピー助が、この魔術に関しては多重ではなく単体で発動させていたことに気付く。
「そんだけやべえ魔術ってことか」
「ぴぃぃぃ……」
計5発の強力な魔術を放ったピー助は、疲れた様子で一声鳴く。
魔力の使い過ぎで、流石の上位精霊もきついらしい。
しかしピー助はまだまだとばかりに、ボミオスの体から飛び降りると側面へと回り込んだ。
「ぴぃ、ぴぃぃ」
「ん、何? マジか!」
「ぐ、ぬうう……。な、何をするんじゃ!?」
敵オーク集団は、ピー助の凶悪な光魔術によって大幅に数を減らしている。
また指揮官であるオークエンペラーにもそれなりにダメージが入ったのか、反撃よりも体勢を整えているところだった。
その間にピー助に要請された影治が、ちぎれ落ちたボミオスの左腕を拾い上げ、ちぎれた箇所に押し当てる。
「これでいいか?」
「ぴぃ。ぴぴぃぃぃ!」
そしてピー助は再び光魔術を発動させる。
それは先ほどの巨大な光の柱の魔術ではなく、癒しを齎す光魔術。
その効果内容の凄さから、存在だけは冒険者たちの間にそれなりに広く知られている、部位欠損を治す光魔術。
【再生の光】の発動によって、ちぎれ落ちたボミオスの左腕は、再び元通り接続された。
「ま、まさか、再生の光か!?」
100年以上冒険者稼業をしているボミオスは、当然ながらこの魔術の存在を知っていた。
しかしそれだけベテランの彼であっても、そう滅多にお目にかかれる魔術ではない。
何故なら、【再生の光】はクラスⅨの光魔術に属しているからだ。
魔術に関して、クラスⅦまでは比較的使い手を見かけるのだが、クラスⅧ以上になると一気に人数が減る。
ピー助に関しては、影治と契約を結んだ当初からクラスⅧの光魔術を使えていた。
そこへこれまでの経験が積み重なり、この場面で新たな領域へと足を踏み入れることに成功したようだ。
そしてその前にピー助が使用していたのも、同じくクラスⅨの【光の大柱】という攻撃魔術だった。
範囲型の【光爆】と比べ、威力集中型でクラスもひとつ上だということもあって、ダメージに関してはかなり違いが現れる。
「まさかここでピー助が殻を破るとは思わなかったぜ。ボミオス、ピー助。後は俺に任せて後ろに下がってな」
「――必ず生きて戻ってこい!」
「ぴぃ!」
まるで散歩にでもするかのように、前へ歩きだす影治。
その背を見て引き留める言葉を飲み込み、ボミオスは全てを影治に託す。
魔物の巣より生じたオーク集団による魔物暴走。
戦いはようやく佳境を迎えようとしていた。




