第228話 増援
「ッッ!」
「っしゃ、オラアアアアアアァァッッ!」
「やった……のか?」
息を呑むサイラークに、雄叫びの声を上げるバキル。
ボミオスは油断せず様子を窺いながら、呟くような声を上げる。
余りにオークキングがしぶとかったため、塵となってドロップを残して消えていったというのに、バキルのように雄叫びを上げることが出来なかった。
「心配ありませんよ。オークキングは完全に消滅しました」
「うむ。儂が以前戦ったオークキングと比べると、個体差というレベルでは考えられんほど今回の奴は強かったが、それでも無事倒すことが出来てほっとしたわい」
400年以上の時を生きるエルフの長老カディウスは、かつて森を出て放浪していた頃にオークキングと戦ったことがあった。
もうかなり昔のことになるので、さしもの長寿種族であっても大分記憶は色あせているのだが、それでも明らかに今回のオークキングの方が強かったとカディウスは感じたようだ。
「ふうう……。どうだ! 見てたか、シリア! オークキングはオレがトドメを刺してやったぜ!」
バキルは肩で大きく息をしており、直前までの戦いがいかに激戦であったかを物語っている。
だが心地いい疲れに従って休むのではなく、虚勢を張ってフラフラとする足をシリアの方に向けて歩き出す。
「おい、聞いてんのか? 宣言通り、オレがオークキングの首を取ってやったぞ」
「おかしい……」
「ああん? 何もおかしくなんかねえよ。さては、オレ様のビッグソードアタックの威力を舐めてんな?」
「そんなんじゃないわ。そうじゃなくて、オークキングを倒したはずなのに、敵の動きに変化がない……?」
「敵の動きだと?」
すでにバキルのいる周辺は、オークキングとその取り巻きを倒したので魔物はいない。
視線を更に外側へと向けてみれば、そこでは兵士や冒険者がオークと戦っている様子が確認出来る。
だがよく見ると、シリアの言うようにそのオークたちは相変わらず統制の取れた動きをしていた。
普段ダンジョンで通常のオークと何度も戦っているので、違いにはすぐに分かる。
「確かに……、言われてみると妙ですね」
シリアの指摘を受け、訝しそうにあたりを見回すリュシェル。
その隣では、カディウスがこれまでにないほど渋い表情を浮かべていた。
「まさか……」
「何か心当たりがあるのですか?」
「う……む……。儂の心当たりが当たっているとしたら、すぐにでもここを――」
とカディウスが言いかけた時、異変を伝える雄叫びが南の方から響き渡る。
それはオークが上げたであろう雄叫びには違いなかったが、そこいらの凡百のオークのものとは明らかに異なっていた。
威圧感すら感じられるその雄叫びは、兵士の一部を恐慌状態へと陥れる。
目の前にいるオークと戦闘中だというのに、恐怖や混乱によってまともに敵と向き合えない状態になる兵士。
これまでの戦場全体の情勢は、徐々にマセッティ領軍が押しているところだった。
しかし雄叫びひとつで、その情勢がひっくり返り始める。
しかも凶事はそれだけではなかった。
「なんじゃ? やけに南の方が騒がしいようだが……」
「ッ!? ジジイ! やべえのが近づいてきてる!」
流石にオークキング討伐隊に、先程の雄叫びで取り乱すような者はひとりもいなかったが、突然の出来事に皆の顔色は悪い。
特に獣人であるバキルは直感的に危機を感じ取っており、無意識のうちに体が震えていた。
「こ、後退! 全軍後退ぃぃぃぃッッ!!」
そこへ聞こえてくる撤退を促す味方の声。
しかもそれと同時に味方の断末魔の声も響き渡っており、まさに戦場は混乱の極致にあった。
「マズイ! 儂らも下がるぞ!」
「ちょ、ちょっと待って――――ッ!?」
何が起こったかは掴めないままだったが、異変を察知してすぐに撤退の指示を出すボミオス。
だがその反応に少し遅れたシリアが、状況を確認しようと異変の元凶と思われる南の方角に振り返る。
そこでシリアが目撃したのは、自分達の方に向かって何かを投擲しようとする巨大なオークの姿だった。
「ぬおおおおおおッッ!!」
僅かに遅れてそのことに気付いたボミオスが、シリアの前に立ちふさがり盾を構える。
その直後、投擲された物体がボミオスの構える大盾へと衝突し、猛烈な衝撃でもってそのままボミオスをズリズリと後ろに押しのける。
「逃げろおおおお!!」
再度のボミオスの指示が飛び、シリアも今度こそ後退を開始する。
そんなボミオス達に対し、何かを投擲してきた巨大なオークは、近くに転がっていた兵士の死体から槍をはぎ取り、再び投擲の体勢に入った。
先ほど投擲されたものも、どうやら同じようにして投擲された槍だったようだ。
「ぐぐぐっ、あの巨大なオークは一体何なのだ!」
間髪入れず投擲された2投目を、若干盾を斜めにして受けることで、先程より衝撃を抑えることに成功するボミオス。
だがこの調子だとそう何発も耐えきれるものではない。
そろそろ自分も後退しようかと思ったボミオスだったが、目の前の光景を見て思わずその足も止まってしまう。
「……ばかな」
少し前まではオークキングと戦うボミオス達を中心として、それを取り囲むような形で兵士とオークの軍勢が戦っていた。
しかし、今は森に近い南側の部隊はほぼ壊滅しており、そこかしこに死体が転がっている。
そしてその死体の山を作り上げたのは、最初に兵士たちが戦っていたオークたちではない。
それはいつの間にか現れた、ほぼ無傷な100体ほどのオークの集団によって築かれたものだった。
そのオークの集団は軒並み体格がでかく、明らかに中位種以上で編成された、精鋭部隊のように見える。
その中には何とオークキングの姿まで含まれていた。
しかし驚くべきことに、この集団のリーダーはその2体目のオークキングではない。
この集団を率いているのは、先程ボミオスに槍を投擲してきた身長3メートルを優に超える、ひときわ威圧感を放つオークだった。
「G(#JHJSQXD」
「むぐぐっ……」
その巨大オークが何事か命令を発すると、近くにいた数体のハイオークウィザードが魔術を発動させる。
それを見て防御態勢に入るボミオス。
しかしハイオークウィザードの放った魔術の狙いは、ボミオスを超えて更に後方へと向けられた。
「!?」
「ぬああああっ!!」
「キャアアアアアアァァッ!」
ハイオークウィザードの攻撃魔術は、後退を始めていたバキル達へと降り注いだ。
しかもそれらはクラスⅦの攻撃魔術であり、歴戦の猛者であるビッグシールドやリュシェル達にも無慈悲なダメージを与える。
「貴様らあああああぁぁぁッ!」
背後から聞こえてくる仲間たちの悲鳴に、振り向こうとする気持ちを必死に抑え、前方のオーク集団に注意を向けるボミオス。
だが少なからず気を取られてしまったことは確かであり、そのタイミングに合わせるようにして再び巨大オークによる槍の投擲が行われる。
「しまっ――」
僅かな隙を突かれたボミオスは、咄嗟に盾を構える。
しかし不完全な体勢で受けてしまったことで、盾ごと右腕が弾かれてしまう。
その結果、ボミオスの右肩部分の関節が外れてしまい、まともに右腕が動かせなくなってしまった。
「ぐあああぁぁああッッ!!」
更に追撃の投擲によって、ボミオスの左腕は大地へとちぎれ落ちる。
動かない右腕と、もぎ取られた左腕。
逆境にもくじけない心を持つボミオスだったが、事この状況で助かる道があると思えるほど、豪胆でも楽観的でもない。
「すまんな、儂はここまでのようじゃ」
ひとり殿として残る形となったボミオスの周囲には、最早魔物以外の生者の姿はない。
最後のボミオスの言葉は、誰にも聞かれることのないまま、空に溶けていく……ハズだった。
「諦めるのはまだ早いぜ」
思わず幻覚かと思うような声。
しかしそれは幻でもなんでもなく、聴覚の次には視覚でもって、その声の持ち主を認識するボミオス。
それは聞き間違いでも見間違いでもなく、いつも通りの……いや、いつもとは違う険しい表情をした影治の姿だった。




