第223話 魔術合戦
物理法則とはまた別の法則で成り立っている魔術だが、それでも矢を射る時のように射程距離というものが存在する。
それは基本的にクラスが高くなるにつれて伸びてゆき、クラスⅣ~Ⅵ辺りのミドルクラスになると40~60メートルほどまで魔術は届く。
この距離を超えると、魔術の構成が維持出来なくなって周辺に魔力が流出し、急激に効果が弱まっていってしまうのだ。
この魔術の射程問題について、主に人同士の戦争で使用するために長年研究されてきた。
そうした結果生み出されたのが長距離発動であり、魔力を余分に消費するだけで最大10倍近くまで射程を伸ばすことが出来る。
他のアプローチ方法として、マイナー魔術には射程距離に特化した攻撃魔術も存在するのだが、威力が弱すぎるなどの理由によって普及はしていない。
場面を今回の戦場に移すと、影治たちを含めたマセッティ領軍の中で、一番高いクラスを使えるのは、リュシェルの植物魔術Ⅷとカディウスの風魔術Ⅷ。
それからピー助の光魔術Ⅷとなる。
クラスⅧ魔術ともなると、通常発動で100メートルの距離まで届く。
これは長距離発動させることで、何と1キロ先の相手までも狙えるということだ。
しかし長距離発動をする際の飛距離の倍率と、消費魔力の倍率は異なる。
2倍の距離だから消費魔力も2倍、3倍の距離だから消費魔力が3倍とはいかないのだ。
具体的には5倍以上まで射程を伸ばそうとすると、消費魔力がグンと増えていく。
6倍、7倍程度なら無理して使用することで有効な場面もあるが、8倍以上は消費魔力が多すぎて、効率的にはかなり悪くなってしまう。
そのため、戦場での魔術師隊の長距離発動は、大体3~5倍程度に留めるのが普通だ。
それはヒューマンより魔力量が多いとされる、エルフのカディウスであっても同様だ。
「いいか! 魔術が届く範囲になった者は、周りとの連携を気にせずどんとん魔術を撃ち――」
「ぴぃぃぃぃいいッッ!」
しかし上位精霊であるピー助は、遠慮なしに最大延長した距離でクラスⅧの光魔術である【光爆】を放つ。
同時詠唱もそうだったのだが、ピー助は最初仲間になった段階では使用できなかった長距離発動も、今ではしっかり使えるようになっていた。
中央を指揮するレンジャー部隊の隊長は、まだ射程に入る前に早めに指示を出したつもりだった。
だがピー助の多大な魔力量による射程の長さは、予想外だったようだ。
爆風や爆音などはしないのだが、まるで光が爆発したかのような現象を起こす【光爆】の魔術は、1キロ先の地点を中心に、周囲の魔物たちを大勢巻き込んでのファーストアタックとなった。
オークキングによって統率されたオーク集団は、様々な種族のオークによって構成されている。
その中にはハイオークメイジやハイオークプリーストといった、クラスⅥ以上の魔術を使ってくる魔物も含まれていた。
そしてオークキングは人間たち同様に、事前に仲間全体に【魔術抵抗集団強化】を使用させていた。
これがキング種の恐ろしいところなのだが、ピー助の一撃はそうして魔術抵抗を強化された魔物たちですら、無駄な抵抗だとばかりに屠っていく。
「うおおおおおお!? すっげええじゃねえか!」
ピー助が魔術を放つ度にごっそり消滅していくオークを目撃し、興奮した声を上げるバキル。
彼だけでなく、他の周囲の面々もこの射程の長さで魔術を連発するピー助に、驚きや興奮の顔を向けていた。
カレンは影治やルクトリアと同じく、簡易拠点で待機しているのでこの場にはいない。
だがもし彼女がいれば、ここぞとばかりにピー助を褒め称えていたことだろう。
「大分距離も近づいてきた。ここは儂らも負けておれんな! 【猛る風刃の嵐】」
「ピー助さんほど派手ではないですが、ここは腕の見せ所ですね。【荒れ狂う不可視の茨】」
ピー助に続いて放たれたのは、カディウスとリュシェルによるクラスⅧの風魔術と植物魔術。
カディウスの放った【猛る風刃の嵐】は、クラスⅡの【風の舞】と同系統の魔術だが、威力も規模も段違いだ。
リュシェルの使用した【荒れ狂う不可視の茨】は、パッと見た感じ【猛る風刃の嵐】と似たような傷を与えるが、よく見ると傷口の裂け方に違いがある。
リュシェルのそれは、名前の通り見えない茨の鞭を効果範囲内で幾つも振るうというものであり、均等な風の刃で切り裂く【猛る風刃の嵐】とは違って、抉り取るような深い傷口を与えていた。
「っ! 敵からの魔術攻撃もくるぞ! 防御態勢に入れ!」
一般に知られている攻撃魔術は、クラスⅦが上級攻撃魔術であり、クラスⅧが上級範囲攻撃魔術に分類されている。
クラスⅦともなると、ただの攻撃魔術でもそれなりに範囲が広いものはあるが、範囲を追求した上級範囲攻撃魔術には及ばない。
幸いというべきか、オークは魔術より肉体派という種族のせいか、オーク側がクラスⅧ以上の魔術を使ってくることはなかった。
だがオークの群れの中には、脅威度Ⅶのハイオークウィザードも交じっている。
相手が魔術系の魔物の場合、脅威度はそのまま使用可能な最大クラスとイコールだ。
ピー助たちの魔術攻撃に耐えきったハイオークウィザードは、中級範囲攻撃魔術で数を削ろうというのではなく、上級攻撃魔術を使用することを選択する。
その矛先は、強力な魔術を連発してくるピー助やリュシェルのいる中央最前列だ。
「む、これはいかん! 【魔力の大壁】」
思わずカディウスが大きな声を上げる。
実際にハイオークウィザードがこの戦場に何体いるのかは不明だが、飛んで来たクラスⅦの魔術は火属性の【轟火球】と風属性の【強打強風】。
それから土属性の【土砲】の3つであり、最低でもクラスⅦの使い手が3体以上いるということがこれで明らかだ。
だが現場の者達にそんなことを悠長に考えている余裕はなく、カディウスは咄嗟に【魔力の大壁】を。
リュシェルやシリアは【魔力の陣】を発動させ、出来るだけダメージを抑えるよう動く。
「ぬぅぅ、なんのこれしき!」
ミランダが使っていた【轟雷】と、同じクラスの魔術3種が一か所に撃ち込まれたが、咄嗟の反応によって被害は最小に抑えられた。
魔術組以外にも、ボミオスは自慢の魔導盾でもって、自分だけでなく仲間へのダメージを少しでも抑え込もうとしており、より被害は抑えられている。
「ぴぃぃ!」
更にはピー助の【癒しの群光】によって、ビッグシールドやカディウスなど主力メンバーだけでなく、近くにいた兵士やレンジャーたちのケガをも癒やしていく。
「やああってくれたわね!」
射程範囲に入ったティアは、先程の3連魔術の仕返しをするように【大風乱舞】を撃ちまくる。
カディウスやリュシェルも引き続き敵の魔術攻撃を警戒しつつ、攻撃を加えていく。
とはいえ、この後にオークキング討伐に向かうので魔力は温存気味だ。
シリアも同様に、魔力の使用ペースを考えながら戦っている。
「遠距離攻撃やめええええい! これより近接戦闘に入る!!」
戦場では魔術以外に、弓矢などの遠距離武器による攻撃も加わっていた。
だが距離が近づくにつれ、徐々にそれら遠距離攻撃が減っていく。
そのタイミングで、レンジャー部隊の隊長から次の段階へ移行するための指示が下った。
「では行ってくるとしようかの」
「オークキングは丁度私達の真正面ですね」
オーソドックスな配置というべきか、オークキングは中央後方で指示を出しているようで、すでにその姿が確認出来るくらいに近づいている。
オークからすると、敵の区別は種族程度の見分けしか出来ず、具体的な強さがどの程度なのかを見た目だけでは判別しにくい。
しかし人間達からすれば、3メートル近い巨大な体格のオークはよく目立つ。
「皆の者、突撃ぃぃッ! 狙うはオークキングの首じゃああッ!!」
これまでは魔術合戦メインで、ほとんど出番のなかった前衛たち。
そんな前衛の気持ちを代弁するかのように、ボミオスが大声を張り上げる。
その声にバキルだけでなく、珍しくサイラークも獰猛な表情を浮かべながら応える。
「じゃあ、あたしとピー助は下がるからみんな頑張ってね!」
周囲の喧騒に負けないよう、音魔術を使用してまで応援の声を伝えるティア。
その声と同時にオークキング討伐組は、戦場へと駆け出していく。
戦いは次のフェーズへ移行しつつあった。




