第222話 迫るオーク集団
「報告します! オークの集団が南の森の端に現れました!」
その報告が齎されたのは、リブリア村壊滅の報を受けた翌日の昼のことだった。
すでに今回動員された2000名近くの人員の大半は、街の南に布陣してある。
敵の発見がもう少し遅れた場合、他の方角から回り込まれることを考え、配置を少し変更する予定だったのだが、その必要はなくなった。
「数と種族構成はどうなっている?」
「数は凡そ1000から1500。下位種もいますが、中位種も思いの外多いとのことです。またオークキング以外にも、オークジェネラルなどの上位種の存在も確認出来たとのこと」
「……数は我々の方が上だが、上位種は厄介だな」
報告してきた兵に、敵の戦力を尋ねるルクトリア。
しかしその返答は予想していた以上の戦力であり、思わず眉を顰める。
「上位種はうちの冒険者に任せるといいじゃろう。儂とリュシェルとビッグシールドは、事前の打ち合わせ通りオークキングに当たるぞい」
「ええ、冒険者の負担が大きくなりそうですが、仕方ありません。……エイジ、どうやらお前の光魔術に頼ることになりそうだ」
領主であるというのに、カディウスには敬語で話すルクトリア。
立場がどうこう以前に、自分の倍近く生きている相手には頭が上がらないらしい。
「……約束通り、オークキングに手間取るようなら俺が前に出てくからな?」
「分かっている。それと接敵前の防御魔術もよろしく頼む」
「わーったよ」
前日の襲撃がなかったので、防衛体制は最低限整えることが出来た。
その防衛体制の中には、実際に戦力を集団戦でどう扱うかという話し合いも含まれている。
その話し合いの中で、影治が光魔術をクラスⅥまで使用できることを明かした際、是非とも前には出ずに後方にて負傷者の治癒を頼みたいという提案があった。
元々は前に出て派手に暴れるつもりだった影治は乗り気ではなかったが、ルクトリアが頭を下げてまでして協力を求めてきたので、オークキングに苦戦するようだったら前に出るという条件の下、その提案を受け入れた。
今回は備蓄してあるポーションなども惜しまず使われる予定だが、それでも負傷者の治癒が間に合わない可能性もある。
影治はこれまで使用する機会がなかったが、クラスⅤの光魔術には【癒しの群光】という範囲回復が出来る治癒魔術がある。
今回のような大規模な集団戦闘で真価を発揮する魔術だ。
しかし2000人の中で、クラスⅤ以上の光魔術を使えるのは影治とピー助を除くと5人だけしかいない。
いや、この場合は5人もいたという方が正しい表現だろう。
その5人の内、シリアは仲間と共にオークキングの対処に回り、2名の冒険者の光魔術士は、パーティーメンバー共々左右にひとりずつ配置された。
残る2名はマセッティ領で抱えている光魔術士であり、その内の一人は中央部に配置され、現場の判断で治癒を行うことになっている。
つまり、後方の簡易拠点に配置されるクラスⅤ以上の使いは残った一人だけであり、そこに影治が加わる形だ。
「それでは各々事前に決めてあった配置へと付き、魔物の襲撃に備えよ!」
ルクトリアが指示を出すと、周囲にいた者達からは威勢のいい声が上がる。
彼らが今いる場所は、外街の端の部分に急遽建設された簡易拠点だ。
簡易拠点とはいうが、2メートル以上の高さの木柵に囲われた内部には、高さ10メートル近い監視塔が建てられている。
これらは全てリュシェルが植物魔術を使用して造り上げたもので、材質は木材であるが、それなり以上の強度も持ち合わせている。
戦闘時にはこの簡易拠点まで負傷者を運び、影治ともうひとりの光魔術士が治癒を行う予定だ。
またルクトリアもこの場に残り、監視塔からの戦況報告を聞いて、適宜指示を出すことになる。
「じゃあ俺は防御魔術を掛けて回ってくるが、お前らは決して無理はすんなよ?」
「分かってるわよ。大風乱舞を何発か撃ったら、素直に後方に下がるわ」
「ぴぃー!」
現在魔物たちは南の森の端に姿を見せており、布陣している部隊との距離は10キロほどになる。
その距離では弓矢による攻撃は勿論、長距離発動した魔術でも届かない距離だ。
この世界での集団戦闘は、魔術の攻撃範囲に入った辺りから攻撃魔術による応酬が始まる。
その際に、長距離発動を用いて遠距離から攻撃するか、或いは長距離発動による魔力の消耗を抑える為、通常発動出来る距離まで温存するかという判断がまず下される。
この辺は個々人で魔力量に差があるので、しっかり管理された軍隊では魔力量によって、長距離発動部隊と通常部隊とに分けて編成されることもあった。
また騎兵による突撃や、強力な魔導具。
更にはバリスタなどの兵器が使用されることもあるが、いずれにせよ最初に敵に攻撃することになるのは、ミドルクラス以上の魔術師が長距離発動した魔術だ。
そして一度接敵した後は、味方を巻き込む恐れがあるので、大規模な範囲攻撃魔術は使えない。
なので、接敵前に魔力を使い果たす勢いで、範囲攻撃魔術を使いまくるという戦術が用いられることもある。
今回もその戦術が採用されており、クラスⅣ以上の魔術師たちは接敵前に最前列に並び、魔術を撃ちまくることになっていた。
「じゃ、行ってくる」
今回の影治の役割として、拠点で負傷兵の治療をする他に、接敵前に防御魔術を掛けて回るというものがあった。
クラスⅥの属性魔術には集団耐性魔術というものがあり、【火耐性集団強化】であれば、集団に対して火属性攻撃への耐性を与えることができる。
それも集団と名が付くのは伊達ではなく、1度の使用で最大200人まで効果を及ぼすことが可能だ。
無論最大規模の200人で使用した際の消費魔力はかなり多くなるが、それでも費用対効果はかなり良い。
そして無属性の【魔術抵抗集団強化】となると、攻撃魔術そのものに対する抵抗力を強化する魔術になる。
この抵抗力というのがポイントで、魔術への抵抗力を強化すると、割合で魔術の影響を減らすことが可能だ。
またそれとは別に、クラスⅡの無属性魔術【活性化する魔力】など、魔術に対する防御力を上げるタイプの防御魔術も存在する。
流れとしては、攻撃魔術を食らった際に、まず魔術抵抗力によって魔術をレジストすることで、何パーセントかのダメージが軽減される。
次にその軽減されたダメージから、更に魔術防御力の分だけダメージが減算したものが最終的なダメージとなる。
ただ魔術抵抗力を強化しても、余りに強力な魔術を食らった場合は抵抗力での軽減が効かなくなるケースもあるので、抵抗力を上げる魔術も魔術に対して万全とは言えない。
それでも集団戦闘の際には出来るだけ戦闘前に使用することが望ましいとされている、大規模戦闘では引く手数多の魔術だ。
「ふぅ、事前に200人ほどの集団で固まってもらってるから範囲指定はしやすいが、あちこち駆けまわって10回も使わんとならんのか。接敵するまでに間に合うかあ?」
一応間近まで接近しなくても、少し離れた場所から魔術を掛けることは出来る。
しかし左右にそれなりの距離に渡って布陣しているので、自陣内を走り回らないといけない。
だが【身体強化】で強化された影治の移動速度はかなりのものであり、戦闘が始まる前に、無事【魔術抵抗集団強化】を掛け終わることに成功した。
「あ、そうだ。ついでにあいつらに個別に掛けていくか」
まだ多少は時間的余裕がありそうだと見て取った影治は、簡易拠点に戻る前に中央最前列に控えている仲間達の下へ向かう。
「む、エイジ。どうしたのじゃ?」
そこにはビッグシールドやカディウスなど、オークキングに挑む面々の他にティアやピー助も待機していた。
「ちょっと時間が余ったんでな。お前達に個別に補助魔術を掛けにきた」
そう言って影治は手早く魔術を発動していく。
こういった時に、満遍なく魔術を使える影治は心強い。
集団耐性魔術よりは、同じクラスの中級耐性魔術の方が効果が高いのだ。
更にはクラスⅥの基本魔術には攻撃魔術が少ない代わりに、補助系魔術が揃っている。
【活性化する魔力】の上位版である【沸き立つ魔力】を使用して、全員の魔術防御力を強化していく影治。
「と、こんなもんか。そんじゃあ、無茶して死ぬなよ? 後ろには俺が控えてんだからな」
「ハンッ! いっちょ前の口を利くじゃねえか。このオレがそんなヘマをするかよ!」
「割とあんたってそういうヘマしてる印象あるんだけど?」
「んだと!?」
「お主ら、あれだけの魔物の集団を前にして悠長なもんじゃな。じゃが緊張して固くなるよりはいいわい」
いつものように言い争うバキルとシリアを見て、カディウス自身も全く緊張した様子なくふぉふぉふぉと笑う。
影治もこれならまあ大丈夫かと思いながら、簡易拠点へと引き返していく。
そして影治がその場を去ってから数分後。
魔物たちの軍勢は間近へと迫り、戦いの火蓋が切られるのだった。




