第221話 嵐の前の静けさ
「ルクトリア様、直接現場までいらしたのですね」
現場に駆け付けたルクトリアに声を掛けてきたのは、レンジャー部隊の隊長のエルフだった。
レンジャーとは、この森に覆われたマセッティ領において、騎士のような職務や権限を持つ役職のことだ。
「うむ。今回は小規模な魔物の襲撃ではなく、魔物暴走だ。ここは私が直々に指揮を執る。村人の避難はまだまだのようだが、状況はどうなっている?」
「ハッ、それが外街の住人も門に押し寄せており、そちらの対処にも手間取っているところです」
スメリワの街壁は、高さ6メートル位の頑丈な造りをしている。
これは他の街……例えばピュアストールと比べても防衛力は高いのだが、壁の外にもポツポツと建物が立ち並んでおり、そこには貧民層が暮らしている。
視界を確保する為に街の周囲を切り開いたのだが、それを幸いと壁の外側に住み着き始めたのだ。
そこで暮らす住民たちがどうやら危機を察して集まっていたようで、南門前はいつもより喧騒に包まれていた。
「緊急事態だ。この際身分証確認などは省いてよい。ただし、いつもより衛兵の巡回を強化して、街の治安の維持に努めよ。このような事態を好機とみて強盗や略奪を行う者がいた場合、その場で即刻処分しても構わん!」
「承知しました! それとあともうひとつ報告がございます」
「報告?」
「はい。最初にルクトリア様に報告に向かわせた後に得た情報なのですが、どうやらリブリア村が魔物に襲われる前、魔物の巣を討伐しに向かった者達がいたようなのです」
「……何だと?」
「しかし討伐に失敗し、リブリア村にその一部が逃げ込んできたようで、その後に彼らを追ってきた魔物の集団に襲われたというのが事の経緯のようです」
「魔物の巣については、ギルドにも兵にも戦力が整うまでは手出し無用と伝えておいたはずだが?」
務めて冷静に問いかけようとしているルクトリアだったが、完全に内心の怒りを抑えきれず、若干声が震えている。
それとルクトリアが言っているように、この件に関してはギルドに任せるのではなく、領全体の問題として取り組んでいた。
具体的には領内から実力者を集め、綿密に巣の調査をしてから戦力を整えて潰す予定だったのだ。
「それが……、どうやらアルデルトという貴族から話を持ち掛けられ、ハンターギルドがそれに応じてしまったようなのです」
「……ッッ! あの男か!! すぐにでもその貴族の男を指名手配して捕らえよ!」
「残念ですが、それはかないません。貴族とその護衛達は、ハンター達と一緒に魔物の巣に乗り込んだようで、すでに全員死亡しているとのことです。これらの情報は村まで逃げ延び、その後村人と一緒に避難してきた一部のハンターたちからの情報なので、確かなものかと」
「何ッ!? ……ではひとまず、魔物の巣から逃げ帰ったというハンターたちを捕らえておけ。それからハンターギルドに向かい、戦える者は全員前線に配置し、非戦闘職員も魔物暴走を引き起こした罪で捕縛しろ」
「ハッ!」
敬礼を取った後、レンジャー隊長は指示を実行に移すために動き始める。
それからルクトリアの下には報告や指示を仰ぐ声が相次ぎ、それらを的確に捌いていく内に、段々と防衛体制は整っていった。
「んで、ここで防衛線を張るんじゃなくて、外街の端の部分で待ち構えるんだな?」
「そうだ。ただし敵の戦力が不明なので、相手の数によっては最初に遠距離攻撃を加えた後に、街壁まで防衛ラインを下げる」
影治の問いに、ルクトリアが答える。
スメリワの街の周辺は、森から魔物がやってきてもすぐ発見出来るように、周辺の木が伐採されて見通しがよくなっている。
その地形は、大規模な範囲攻撃魔術を使用するのにも適しており、今回のような魔物暴走時には特に効果的だ。
「マセッティ伯、こちらの戦力はどの程度なのでしょうか?」
「レンジャー隊から衛兵、一般兵、志願兵、冒険者、などなど諸々集めて2000人ほどだ」
次に質問をしたのはカレンだった。
2000人というのは、人口15000人というスメリワの街の規模からしたら、かなりの人数である。
しかしレンジャーや衛兵など、領主が抱える常備兵の数はその内400人ほどで、残りの大半は志願兵と冒険者だった。
冒険者の方も最高位がダマスカス級であり、大半がアイアン以下のノーマルメタルばかりだ。
他領における騎士のような役割を持つレンジャー部隊は精鋭ではあるが、それでも平均すると冒険者でいう所のシルバー級やゴールド級に留まる。
「2000人……。それだけいれば、どうにかなりそうですわね」
「悲観的になりすぎるのもよくないが、オークキングが相手となると、そう楽観視も出来んぞい」
「っ! これはカディウス様。すでに一線を退いておられるというのに、参戦して頂いて感謝致します」
カレンとルクトリアの話に割り込んできたのは、老成した雰囲気を持つエルフの男――カディウスだった。
老成しているとはいっても、エルフなので見た目で年齢は計れない。
しかし領主であるはずのルクトリアの態度からして、頭の上がらない重要人物なのだということは見て取れる。
「フンッ、ルゥーランのクソババアは村と運命を共にしたらしいの?」
「はい……。村の様子は確認出来ていませんが、状況的には恐らく……」
「あんな口やかましいババアでも、同じ世代の古い付き合いじゃ。敵くらいは討ってやらんとな」
「あの、マセッティ伯爵。そちらの方は……?」
「……この方は十老のひとり、カディウス様だ」
「初めましてお嬢さん。儂のことは気軽にカディと呼んでもらって構わんぞい」
「え、あ、その……カディウス殿も戦いに参加するのですか?」
「うむ。こう見えて、儂は風魔術をクラスⅧまで扱えるでな。そこにおるマーシャルの倅と力を合わせれば、オークキングを打倒することも出来るじゃろう」
「マーシャルの倅」と言いながらカディウスが視線を向けた先には、リュシェルが珍しく渋い表情をして嫌そうに立っていた。
「……このクソジジイの力を借りずとも、今回はエイジ様も参加されるのです。オークキング程度なら問題ないでしょう」
「儂らの存在を忘れてもらっては困る。流石にオークキング相手となると儂らだけでは厳しいが、これでもダマスカス級冒険者じゃ。足止めくらいは出来るぞ」
「そーだぜ! 脅威度Ⅷの魔物は相手にしたことねえが、オレの自慢のビッグソードで引き裂いてやるぜ!」
カディウスに話を振られたリュシェルに続き、ボミオスたちも自分達の力をアピールしていく。
「ほうほう。何やら心強い連中がおるようじゃな。オークキングは何とかできたとしても、他の戦闘に参加する者達のことが心配じゃったが、これなら被害は少なく済むかもしれんの」
「脅威度Ⅷの魔物か。俺も初めてだが、まあ何とかなんだろ」
周りの発言を聞きながらこれまでのことを思い返していた影治は、バキルと同じく自分も脅威度Ⅷと思われる魔物と戦った経験がないことに気付く。
デビルフラワーやブラッディウルフでも脅威度Ⅶだったのだ。
だがそのどちらも今の実力であれば、そこまで苦戦する相手ではないと影治は思っている。
それに万が一の場合には、セルマをも退かせた切り札もあるのだ。
「頼もしい限りじゃな。してルークよ、オーク共の姿は確認出来たのかの?」
「いえ……。念のため南以外の方角にも斥候を放っておりますが、未だそれらしい集団を発見したという報告はありません」
「ふむ……。リベリア村から一番近いのはこのスメリワじゃが、この街の周辺には幾つも小さな町や村が点在しておる。もしやそちらの方に流れたか?」
「それは……分かりません。情報は私のいるこの場所に集まってくるので、防衛体制を整えつつ様子を見ましょう」
「そうか。ならば、儂はひと眠りしてくるとするかの。年を取るとどうも睡眠時間が長くなってのお。ほっほっほ」
朗らかに笑いながら、急遽南門前広場に設立されたテントへと向かうカディウス。
それを見送りながら、ふと影治は気になったことを尋ねる。
「なんか大分年食ってそうだけど、一体何歳くらいなんだ?」
「私の倍以上は生きておられるお方だ。詳しくは知らぬが、400歳以上なのは間違いない」
「ふーん、そっか」
影治がカディウスの年齢を気にしたのは、クラスⅧの魔術を使えるという者がどれほどの年齢なのか気になったからだ。
今のところ、影治が使える魔術の最大クラスはⅥまで。
そして1000年以上生きているという悪魔のセルマが、クラスⅩまで。
それだけを参考にすると、いかに成長が早い影治とはいえ、ハイクラスの魔術の修得はまだまだ先のことのように思える。
しかし影治が帝国で相対したミランダは、ヒューマンでありながらクラスⅦの【轟雷】を使用していた。
色々考える影治だが、結局は適性などによる個人差もあるのだろうと、途中で考えるのを止める。
それから影治たちは緊急対策本部が設営された、南門前広場で待機し続けることになった。
だが結局その日は魔物の襲撃はなく、魔物の集団を発見したという報告もなかった。
事態が動きだしたのは、翌日の昼を超えてからとなる。




