第220話 魔物暴走
「エイジ様の仰る通りだよ、ルーク」
「叔父上……」
ここで口を挟んだのは、口添え人として連れてきたリュシェルだった。
「変化を望み、魔術に傾倒する私は、この森で暮らしていた時はよく白い目で見られたものだ。だからこそ、私はこの森を出たんだ」
リュシェルが森を出たのはもう100年以上も前の話だ。
それ以来、様々な魔術の知識を求め各地を彷徨ったという。
「帝国領内に足を踏み入れたこともある。帝都アーステットの白の学院は、魔術師の間では有名だからね」
帝国ではエルフは準優良種として、多少の制限などはあるものの、普通に国内を移動したり街に入ることが出来る。
しかし結局リュシェルは帝都に辿り着く前に、帝国国内から去った。
それは、道中で幾度も亜人への酷い扱いを目にしてきたからだ。
魔術に関してはネジが1本外れてしまうリュシェルにとって、魔術師たちから聖地と言われている白の学院は、値千金と言える場所だ。
だというのに、帝都に辿り着く前に引き返してしまうほど、各所で見られた亜人への扱いは酷いものだった。
「亜人への扱いそのものも酷かったけどね。何より私は、それを行う人間達の狂気に染まった顔を見て恐ろしくなったんだ。特に小さな集落なんかだと、村人全員がそんな感じでね」
現代と比べ、人権意識なんてものが存在していないようなこの世界。
普通に街の広場で罪人を見世物のように処刑する光景も日常的だ。
そんな世界であっても、狂気に染まった者達というのは異常に映るし、恐怖を抱いてもおかしくはない。
いつどんな理由で、その狂気が自分に向けられるか分からないのだ。
「ルーク。かつての戦乱の時代はとうの昔に終わり、今は新たな戦乱が目前に迫っているんだ。けど昔のように一致団結することは出来ない。時代は変わったんだよ」
「時代が……変わった……」
それはリュシェルにハッキリと言われるまでもなく、ルクトリアが感じ取っていたことでもあった。
実際の領の運営に関しては、長老会議で意見を述べるだけであったが、それでも公の場では領主として活動してきたのだ。
普段は森の奥に引っ込んでいるエルフの長老たちよりは、よっぽど現実が見えていた。
「叔父として、またこの森で生まれたエルフとして、私はカレン様の提案に乗るべきだと思う。なにせこちらにおわすエイジ様はて……」
「ルクトリア様! 緊急事態です!!」
かつては去った故郷の森だが、まだこの森にはルクトリアのような親類や、シェルマのような顔見知りのエルフも多く暮らしている。
当初は乗り気ではなさそうに見えたリュシェルだが、カレンが持ち込んだ提案を支持する発言をする。
だが更に続けて何か言葉を繋げようとしたところで、応接室のドアが勢いよく開かれ、緊急を伝える報告が入った。
「……何事だ?」
「り、リブリア村が魔物に襲われ壊滅致しました!」
「何だとッ!? あの村にはルゥーラン様がおられたはずではなかったか!?」
「は、はい……。ルゥーラン様と村の衛兵たちは、魔物を足止めするために村に残ったようです。街の南門には、村から逃げてきた者達が着の身着のままの状態で保護されてます。幸いその中に重傷者はいませんでした」
村が壊滅したと聞き、最悪な事態も想定したルクトリアだったが、生存者がいると聞き冷静さを取り戻す。
「それは何よりだった。逃げて来た住民は何人だ?」
「報告を優先したため正確ではありませんが、200人近くはいたかと……」
「となると、戦える者以外は全員避難してきたという感じか……。ひとまず、避難民たちには宿や広場にテントを張るなりして、休める場所を確保せよ。して、襲ってきた魔物とはやはり……?」
「はい、オークの集団だったようです。村人の護衛としてここまで付き添った者の報告によりますと、オークキングらしき存在が確認されております」
「ッ! キング種がいたか……。となると、うかうかしてられん。カレン殿、話はまた後にさせてもらうぞ」
オークキングは単独でも脅威度Ⅷと、並の冒険者が敵う相手ではない。
だがオークキングが恐れられるのは、その強さだけではなかった。
ゴブリンキングやオークキングといったキング種は、同種の魔物を率いる能力があるのだ。
キング種がいなければバラバラで動く烏合の衆となるのだが、キング種によって統率された魔物たちは、しっかり訓練された騎士には劣るものの、連携を取って襲ってくる。
例えばオークスカウトなど、斥候向けの能力を持つ魔物などは、それ単体だとノーマル種をちょっと強化した程度であり脅威にはならない。
しかしキング種が率いることでオークスカウトは名前通り斥候として用い、周囲の状況を探って来させるなどの動きを見せてくる。
とにかく人間を狙うという魔物の習性そのものは変わらないが、そこに人間の軍隊のような知性が加わることで、より被害が大きくなってしまうというのがキング種という存在だった。
今回襲われたリブリア村は、スメリワから南に1日ほどの距離にある。
オークキングがオークたちを率いていた場合、この程度の距離なら斥候を派遣することで、ほぼ確実にスメリワの街の存在がバレるだろう。
ルクトリアが慌てているのは、そのことを理解していたからだった。
「お待ちください! 魔物が襲撃してくるというのなら、私達も加勢致しますわ!」
「カレン殿はシドニア伯爵の名代として参られている。今回の襲撃はただの襲撃ではなく、魔物の巣が溢れかえったことによる魔物暴走だ。聞いてのとおり、オークキングの存在も確認されている。このような状態であれば、このまま自領に引き返したとしても私に咎める権利はない」
「私は今回、マセッティ伯爵に反帝国派に加わって頂くために参ったのです! ここでおめおめと引き返すことは出来ませんわ!」
ルクトリアに向けて威勢よく啖呵を切るカレン。
それは今回ダンフリーから与えられた任務を達成しようという、彼女の強い意志から出たものであったが、カレンがオークキングの強さを実感出来ていないというのも理由のひとつだった。
「カレン様、その心意気は立派ですが、エイジ様やビッグシールドの皆さんが承諾するとは限りませんよ」
「なっ、そんな!?」
カレンの啖呵に対し、最初に口を挟んだのはルクトリアではなくリュシェルだった。
今回のような魔物暴走による魔物の襲撃の際は、冒険者ギルドから緊急依頼が発動される。
これは依頼という言葉が使われているが、ほぼ強制参加の依頼になる。
低ランクに無茶をさせることはしないが、この緊急依頼に参加しなかった場合、ギルドの査定に大きく響く。
しかし今回の影治やビッグシールドの場合は話が別だ。
要人の護衛として移動中などの場合、要人の命を守るために渦中の街から離れてもお咎めなしとされるケースは多い。
「エイジ……」
「んな、シイタケの断面図みたいな目で見なくても協力してやるよ。ボミオス達も多分参加すんだろうしな。だがこの分の報酬はきちっと頂くぞ」
「……協力感謝する。叔父上も加勢してもらえるのか?」
「エイジ様のご意思に従うまでです」
「それは心強い。ではこれよりスメリワの街全域に緊急事態宣言を発令する。魔物は襲撃された村の位置からして南から現れる可能性が高いが、全方位警戒を緩めないよう指示を出せ。それから、これより日没までは北門を解放しておくので、街から退避したい者はそちらから退避するよう通達。衛兵、レンジャー、冒険者など戦闘可能な者や義勇兵は街の南門前広場に集結するように伝えろ!」
「ハッ! ただちに伝達致します!」
ルクトリアのハキハキとした指示に、事態を報告してきた男はただちに身をひるがえして、指示されたことを実行するために行動を開始する。
「戦闘は得意ではないが、私も南門前広場へと向かう。カレン殿はどうなさる?」
「私たちも一緒に参りますわ」
「よろしい。では早速向かうとしよう」
平時であれば、街中の移動は馬車で行うことが多いルクトリアだったが、今回は緊急時のため馬に乗って直接向かう。
領主の館から出る途中でビッグシールドや騎士と合流した影治たちも、馬を借り受けることが出来たので、それに乗って南門前広場へと向かった。
なお、ビッグシールドの面々にも防衛線参加の意思があることを確認済だ。
迅速な行動の結果、ルクトリアをはじめとする馬に乗った集団は、四半刻もしない内に南門前広場に到着する。
そこでは逃げのびた村人の避難がまだまだ終わっていないようで、多くの人が不安そうな顔をして震えていた。




