第217話 スメリワ到着
リーブス率いるブローム商会は、あれから影治たち一行とは問題を起こすことなく、翌日になってピュアストールへと出立した。
一方逆方向であるスメリワの街に向かう影治たちも、朝食を済ませるとすぐに旅を再開させる。
これまでは草原地帯だったが、この先はとうとうドントールの森に差し掛かる。
魔物は食事を取ったり水を飲んだりといった行動をしないと言われているが、川沿いを移動する人間に引き寄せられ、川辺に出現することはあった。
「ウーキーが近づいてきてるよ! 数は恐らく10体以下」
「ウーキーか。では儂は馬車を守るので、迎撃は任せたぞ」
「オレに任せときな!」
今回の旅において、集団としてのリーダーはダンフリーの名代としての目的があるカレンであるが、戦闘ではビッグシールドのリーダーであるボミオスが、そのままリーダーとして指示を出している。
今もサイラークがいち早く魔物の接近に気付いて報告すると、すぐさま仲間に指示を出す。
「ウーキーか。話には聞いていたが、戦うのは初めてだな。ってことで、俺も行ってくる。お前らはここで迎撃なりしててくれ」
「わかったわ」
ウーキーというのは脅威度Ⅲの魔物で、見た目はテナガザルに似ている。
長い手で近くの石などを森の中から投擲してくるので、街道を移動する商人などからは嫌われている魔物だ。
当たり所が悪かった場合、積んでいる荷だけでなく馬車そのものが破損してしまうこともある。
また接近すると近くにある木の棒などを手に取って戦うという、動物型の魔物としてはかなり器用なこともしてくる。
「キキキキッ!」
「……おおう、相変わらずすげえな」
距離を取っていても厄介だが、近づいてもそれなりに強いというウーキー。だが所詮脅威度Ⅲでしかないので、影治の敵ではない。
それも今の影治は、ダンフリーから貰ったソードスラッシュがある。
キキキッ! と鳴き声を上げたウーキーだったが、実はその段階で既に影治は剣を振り終えていた。
しかしウーキーは切られたことに気付かないまま、鳴き声を上げていたのだ。
声を発したり体を動かそうとしたことで、縦半分に真っ二つにされた体がズレていき、結局何をされたのか理解できないまま、ウーキーは塵となって消える。
その後、更に2体のウーキーを切り捨てて影治が馬車まで戻ってくると、そこでは完全にウーキーの投石攻撃を防いだのか、馬車に被弾した箇所はなかった。
近くに拳大の石が幾つか転がっていたので、恐らくボミオスや騎士が全て防いだのだろう。
他にも馬車近くまで接近した個体がいたのか、ドロップした魔石も幾つか近くに転がっていた。
「こっちにも来てたか。俺の方は3体仕留めたぞ」
「じゃあ同じね! こっちも3体よ! あたしの風魔術で仕留めてやったんだから!」
得意気な様子のティア。
影治にとっては雑魚である脅威度Ⅲだが、一般人目線からだとそれなりに脅威な相手だ。
しかしティアも散々ダンジョンで魔物と戦ってきたので、この程度で後れを取ることもなくなっていた。
その後もスメリワに到着するまでの間、それなりの回数魔物に襲われることになった一行。
影治がこれまで街道を旅してきた中でも、魔物の出現頻度は断トツに多い。
しかし基本的に強い魔物でも脅威度Ⅲ程度なので、影治やビッグシールドの敵ではなかった。
「ここがスメリワの街か」
影治たちが目的地であるスメリワの街に到着したのは、予定通りピュアストールを出発してから10日後のことだった。
この街はマロンヌ川の傍に位置し、物資の運送の為に川が利用されている。
その点においては、ピュアストールの街も似たようなものだ。
だが防衛設備については、こちらの方が整っている。
ピュアストールも、ダンジョンの魔物暴走に備えてそれなりに高い街壁を築いてあるが、こちらは常に周囲の森に魔物が生息しているので、見張り塔の数も多めに建てられてあった。
また街周辺の木々は広範囲に渡って切り開かれており、視界が通りやすくなっている。
おかげで魔物が近くに現れても察知しやすい。
「ノーマン。マセッティ伯の館まで、先触れの使者として私が訪問することと、面会したいという旨を伝えてきてください。私たちは先に宿を確保しておきます」
「ハッ、承知しました!」
護衛の騎士のうちのひとり、ノーマン・グレイがそう言ってひとり別行動に移る。
その姿を見届けると、言葉通り宿を探そうと動き始めたのだが、そこにリュシェルから待ったの声が入った。
「カレン、それでしたら私のお勧めの宿を紹介しましょう」
「あらそう? ではお願いしますわ」
「お前が森を出たのは大分前の話じゃなかったか? まだその宿は残ってんのか?」
「ええ、恐らくは今も残っているはずです」
カレンも詳しくは知らずにいたが、リュシェルがこの森の生まれだということは聞いている。
だがエルフであるリュシェルがこの街を出たのは、軽く十年単位以上前の昔の話だ。
影治がそのことを指摘したが、リュシェルは今もまだ営業中だと確信があるらしい。
「ふーん。ま、いっか。じゃあそのリュシェルお勧めの宿に行こうぜ」
「もしその宿がダメでも、儂もこの街のことは知っとるから、その時は任せてもらおう」
ボミオスが万が一のことを考えてフォローを出すが、結局リュシェルのお勧めの宿というのは今も営業中だということが判明する。
そして最初に遣いに出したノーマンだが、無事に先触れの使者としての任を終えることは出来た。
しかしいざカレンと合流しようとなった時、宿泊する宿を決める前に別行動してしまったせいで、必死になってカレンの行方を捜す未来が待ち受けているのだった。
「……なるほど。そういうことか」
リュシェルが案内した宿は、『森と苔と葉っぱ』というグリーンづくしな名前の宿であり、エルフが経営する宿だった。
それもどうやら、リュシェルと宿の受付にいたエルフの女性とは幼馴染のようで、周囲からは奇異な目で見られることもあったリュシェルにも、分け隔てなく接していた女性らしい。
「ふうん、あんたが戻ってくるなんて、こりゃあ明日は雪が降るに違いない」
「ふふっ、シェルマは相変わらずだね。それで、どうなんだい? 宿の方は空いているのかな?」
この年中南国気候の地域では、ありえないことを揶揄する時にこのような表現をすることがあった。
久々の再会であったようだが、そうした言葉が出るくらいにはリュシェルとの関係は深いようだ。
「全部で11人だって? それだけの人数となると、いきなり来られても空きは無い……こともないんだよね、これが」
リュシェルがシェルマと呼んでいたエルフの女性の話によると、ここ最近魔物の動きが活発で、街を訪れる人が減少しているのだという。
そのせいで、この宿も今はそれなりに空きがある状態だった。
「ふうん。じゃあ、部屋の手配を頼むよ。もし部屋が足りなかったら、昔みたいに私がシェルマの部屋に泊まるんでもいいよ」
「……何馬鹿な事言ってんのよ。ちゃんと空きはあるから」
そう言うと、プイッと後ろを向いてそのまま部屋の鍵を取りに行くシェルマ。
リュシェルは気づいていない……というか、気にする素振りも見せていなかったが、影治は去り際のシェルマの耳の先が赤くなっていることに気付く。
「お前……」
「ん? なんでしょう、エイジ様」
「いや、なんでもねえよ」
こりゃあ魔術のことしか考えてない顔だなと理解した影治は、そのことについて追及するのを止める。
こうして影治たちはリュシェルの案内で宿を取ることになり、いざノーマンの帰りを待とうという段になって、ようやく合流する方法を考えていなかったことにカレンも気付く。
数時間後、汗だくになって宿に辿り着いたノーマンに、申し訳なさそうな顔をしながら謝るカレンであった。




