第1034話 絶望するタリオン
師匠から教わったオリジナル魔術の【岩槍射出】は、オリジナルとは言っても、師匠もそのまた師匠から。
その師匠もまた更に上の師匠から受け継がれてきたものなので、正直オリジナル魔術と言うよりはマイナー魔術と言った方がいいかもしれない。
オリジナル魔術とマイナー魔術。
呼び名は違えど意味は似たようなものだし、厳密に条件が定められている訳でもない。
一般に広まっていないものをオリジナル魔術、一部の地域などそれなりの範囲に伝わっているものをマイナー魔術と呼んでいるだけだ。
それで肝心の【岩槍射出】だが、3メートル程の大きな岩の槍を高速で放つ魔術となる。
クラスⅧの対個人向け攻撃魔術だけあって、クラスⅦの上級攻撃魔術【土砲】よりも威力は高い。
流石にこのレベルの魔術を、魔物と戦った事がない一般人が食らってしまうと、よほど当たり所が良くないかぎり死は避けれない。
これまで【轟火球】を容易く切り裂いてきた少年だが、この魔術はそう簡単に切り裂けるものではない。
【火球】より上位の【轟火球】ともなれば、生み出される火球の大きさはひと一人を飲み込むほどの大きさになる。
それは対個人向けの攻撃魔術としては十分な大きさではあるが、生成されるのは火という実体のない物であり、火としての攻撃力はあるが衝撃を与えるような重さがそこにはない。
だが【岩槍射出】によって生み出される岩の槍は、それだけで一杯まで荷を乗せた荷馬車以上の重量がある。
【轟火球】を切り裂いたのは未だに信じられないが、逆に言えば少年の持っているあの剣は、恐らく魔術を切る為の特殊効果があるのだろう。
であれば、物理的な攻撃を伴う【岩槍射出】は防げまい。
ただ見た目的に重量感がある事は分かるので、切れないと判断されたら普通に躱される可能性はある。
【轟火球】の同時切りの動きを見て、素人のボクでもその動きの凄さが理解出来た。
恐らくは普通に剣士としてもかなりの腕前を持っているのだろう。
低ランクの戦士なら躱される前に当てる自信はあるが、あの少年の場合はそう上手くいくとも思えない。
だが躱されたら躱されたで、こちらの攻撃が脅威であるという事を自ら証明するようなものであるし、何より開始地点から一歩も動かないというふざけたパフォーマンスを崩す事にも繋がる。
「む? 聞いた事ねえ魔術だな」
渾身のボクの【岩槍射出】を前に、少年はこれまで通り迎撃態勢に入る。
どうやらこれまで同様に剣で切り払うつもりらしい。
大層な自信があるようだが、同じ魔術だからと油断しているようだ。
だが【岩槍射出】はクラスⅧの土魔術であり、単純な威力だけでもクラスⅦの【轟火球】を上回る。
そのうえ一時的に魔力で物質化された岩の槍は、大盾を構えた重装兵であろうと吹き飛ばす。
生憎とボクの今の力量では、【岩槍射出】を同時詠唱で2つ発動する事は出来ないが、まともに食らえば一発でも十分だ。
しかし――
「ふ……ざけるなっ! クラスⅧ魔術だぞ!!」
思わず叫ばずにはいられなかった。
何故ならボクの渾身の【岩槍射出】は、【轟火球】と同じように真っ二つに切り裂かれていたからだ。
高速で飛来する超重量物を切るなんて、一体どうなっている!?
クラスⅧの魔術と言えば、まともに食らえばミスリル級の冒険者にすら大きなダメージを与える威力があるんだぞ!
それを全く無傷で凌ぐなどありえない!!
「どうした? 今ので終わりかあ?」
混乱したボクの耳に、遠くから少年の声が薄っすら届く。
開始当初から動かなかった時点で今更だが、そのように声を掛ける暇があれば駆け寄ってきてケリをつける事も出来るはずだ。
なのに、未だに少年はその場から動かずにいる。
――ッ!
まさかその行動に意味があるのか!?
戦闘中のアイテム使用は禁じたが、これだけ距離が離れていたらこっそり使われていたとしても気づかない可能性はある。
剣で切り払うように見せて、その実なんらかの呪符や魔導具を使用していたのではないか?
いや! それにしてもクラスⅧ魔術をあれほどあっさり無力化するなど、現実的ではない。
そういった効果のある強力な魔導具はない事もないだろうが、わざわざこのような決闘で用いる程安いものではないだろう。
「もう諦めたってんなら、決めに行くぜ?」
――ダメだっ!
仮説なら浮かんでくるが、少年が何をしたのか全く分からない!
だがここで負けを認める訳にはいかない。
ボクは……ボクは三災の魔導士なのだから!
ハッ、いや待てよ?
そうだ、ボクは3属性もの魔術をクラスⅦ以上で扱える事から、学院内で三災の魔導士と呼ばれるようになった。
この決闘では、これまで火魔術と土魔術を使っている。
それらは少年に切り伏せられてしまったが、ボクにはまだ風魔術が残っていた!
残念ながら、風魔術はクラスⅦまでしか使えないが、それでも風魔術であればいかにあの少年であろうと、切り裂く事は叶うまい。
とはいえ、一般魔術の【強打強風】は圧縮した風の塊を打ち付ける魔術なので、【轟火球】同様に斬られる可能性はある。
そこでボクが思いついたのは、これまた師匠から教わったオリジナル魔術の【風刃乱舞】だ。
一般魔術で教わる風の範囲攻撃魔術は、広範囲を風の刃で切りつけると言うものになる。
それは初級範囲攻撃魔術の【風の舞】から、上級範囲攻撃魔術の【猛る風刃の嵐】まで変わらない。
しかし【風刃乱舞】は、その効果範囲を敢えて大幅に狭める。
単体、或いは一か所にかたまっている相手に対し効果的な、クラスⅦの風魔術だ。
クラスⅦにはすでに一般魔術として【強打強風】があるというのに、何故新たに同じクラスで単体向けの魔術が開発されたのかは分からない。
だが魔術を切り伏せるなどという、常識外れな事をしてくる相手に対しては極めて有効的だ。
無数に襲い掛かる風の刃ともなれば、いくらなんでもその全てを斬り伏せる事はできないだろう。
「まだだ! ボクは三災の魔導士! この程度で負けを認める訳にはいかない! くらえっ、【風刃乱舞】!!」
「なるほど、風魔術か」
ボクが詠唱を唱え魔術を発動すると同時に、少年はそれが風魔術である事に気づいた。
そしてこれまでとは違い、剣を一旦鞘に納めると両腕で顔を覆って体をかがめ、防御の態勢に入る。
やった!
あのような体勢を取ると言う事は、流石に剣では対応できないと分かったのだろう。
だがなぜ風魔術だと気付けたのだろうか?
魔術発動前であろうと、感知能力に長けた魔術師であれば、発動前の魔力を感じ取ることは出来る。
だがそれがどのような属性の魔力であるかまでは、感じ取る事は出来ない。
それが出来るとしたら、天恵を授かった者くらいだろう。
「――――」
だがそのようなことは最早どうでもいい。
ボクの【風刃乱舞】は少年を切り刻んでいく。
これまでのように、剣で切り払うような動きは一切せず、ひたすら身をかがめてうずくまっている。
その姿を見ていると、これまでの少年の不遜な態度も許してしまいそうだ。
【風刃乱舞】による風の刃は、長時間という程続きはしないが、20秒ほどはその場にあるものを切り刻み続ける。
一応発動後も発動範囲を移動させる事は出来るが、それはゆっくりとした動きなので、恐らくこの少年なら抜け出そうと思えば抜け出せるはずだ。
だがあの体勢を見る限り、あくまで開始地点から動くつもりはないのだろう。
魔術を放ったボクからすると、20秒というのはさほど長く感じられないが、少年の方はそうもいくまい。
そろそろ効果時間も切れるが、さぞや全身キズだらけに――――なっていない……だと!?
「ふう、今のは威力的にクラスⅦの風魔術か。流石魔術王国だけあって、いろんな魔術があるんだな」
「なっ!? 何故だ! まともにボクの風刃乱舞を食らったハズなのに、何故そうピンピンとしていられる!?」
「何故って……そりゃあ、威力がよえーからじゃね?」
「そんな……そんな事があってたまるかああああああああ!!」
そこからはもう平静を保つ事が出来なかった。
とにかく少年の言葉を否定しようと、剣で切り裂かれる事がなかった【風刃乱舞】を何発も何発も放つ。
自分でも何回使用したか分からないが、恐らく5分……15回以上は使用し続けた……と思う。
だが少年は幾らボクが魔術を放ち続けても、一切その場から動くことなく、一切ダメージを受けているようにも見えなかった。




