第1035話 潜魔循環
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先日のフォトンゴーレムとの戦い。
その戦いの中で、剣聖はフォトンゴーレムが放つ赤い光線を切り裂いていた。
四宮流古武術の真伝以上の奥義であれば、恐らく同じような事は可能だと影治はその時思ったのだが、余り奥義を乱発すると闘気や神力を消耗する。
そこで影治は魔闘気を使う事を思いつく。
ソウリンとの立ち合いでも使用していたように、元々魔闘気については最初に流水闘気を覚えて以降も、練習を重ねていた。
特に影治の場合は扱える属性が多いので、新しい属性魔力を扱えるようになる度に、それらの属性を纏った魔闘気の活用の仕方を研究している。
その中で暗黒属性の魔力を纏う暗黒魔闘気は、暗黒属性を纏った部分で相手に触れる事で、相手の生命力及び魔力を奪うというものだった。
その特性に注目した影治は、凝縮した暗黒属性の魔力を切り払う瞬間だけ剣に纏い、相手の放った攻撃魔術を切り裂くという技法を確立する。
これは闘気技や四宮流の奥義を使う事がないので、神力や闘気などの消費が少なく済む。
それも常時剣に纏うのではなく、切り裂く瞬間だけ纏えばいいので、運用効率もかなりいい。
尤も、影治の剣技を持ってしても【風刃乱舞】のようなタイプのものは切れないし、他にもデバフ系の魔術や精神系の魔術なども恐らくは切る事が出来ない。
だが最初にタリオンが使用した【轟火球】なんかは、かなり切りやすい魔術だった。
なお、最後に乱発した【風刃乱舞】については、普通に気合で耐えている。
と言っても、しっかり【風耐性大強化】や【魔術抵抗大強化】などの防御系魔術は発動していた。
その事にタリオンが気づかなかったのは、幾つか理由がある。
まず距離が離れていた事。
それから無詠唱で、なおかつ半球状に結界を張る【魔力の堅陣】などではなく、自身に効果がある【魔力抵抗大強化】などを敢えて使用していた事。
効果範囲が自分の周辺にまで及ぶと、流石に魔術師でなくてもバレてしまう。
別に魔術をバリバリ使える事を明かしてもよかったのだが、一応今回は剣士対魔術師という図式で決着を付けたいと思っていたので、魔術の使用は出来るだけ表に出さないようにしていた。
そして一番大きな理由が、潜魔循環だ。
これは影治が新しく身に着けたスキルで、効果としては魔力封環のスキル版にになる。
影治達転生者がこの世界に転生する際のキャラメイクには、「技術」という項目と「特殊技術」という項目があった。
特殊技術とはいわゆるスキルに該当し、この世界では天恵だとかギフトだとか言われているその人固有の特殊能力を指す。
特殊技術には鑑定やアイテムボックスなどもあるが、必要ポイントが高すぎたので影治は選択していない。
そして特殊技術とは別の「技術」には、「乗馬」だの「鍛冶」だのといった技能が並んでおり、魔力封環も技術に分類される。
それがスキルとして昇華された事で、更に効果が高まった。
魔力封環は普段過ごしている時に、体から漏れだす魔力を体内に留める事で、敵対者や魔導具などによる魔力感知を誤魔化し、更に体内に魔力を留める事で魔力の自然回復量を僅かに増やすという効果がある。
それが潜魔循環というスキルになった事で、魔術を発動する際の体内の魔力の高まりすら完全に抑え込む事が出来るようになった。
魔術師同士の戦いでは、相手の魔力の流れを感じ取る事が重要だ。
熟練の魔術師であろうと、魔術を発動する際にはまず体内の魔力が活発に動き高まっていく事で、発動の兆候をつかむ事が出来る。
だが潜魔循環は完全にその兆候を抑え込む。
それは自身の体内だけでなく、身に着けている物にまで効果が及ぶ。
暗黒闘気は暗黒属性の魔力と闘気の融合したものであるが、潜魔循環によって魔力が抑え込まれている事で、タリオンに一切気づかれる事がなかった。
その後の防御魔術の使用も同じだ。
防御魔術だけでなく、こっそり回復魔術まで使用していたというのに、タリオンは一切その事に気づく事がなかった。
「今度こそ終わりか?」
「あ……あ……ありえない……」
「まあ、もういいか。そろそろ決着を付けるとすっか」
そう言うと、ようやく影治は開始地点から動き始める。
その足取りは非常にゆっくりとしたものであったが、タリオンにはあっという間のように感じられた。
思考がほぼ停止状態となったタリオンからすると、影治が歩き始めてすぐに、いつの間にか自分の近くまで接近していたという感覚だ。
移動している途中の記憶が、タリオンの脳内から抜け落ちている。
「こんだけゆっくり近づいたってのに、魔術による攻撃もなしか。魔力が尽きたのか?」
「…………」
タリオンはその問いかけに答えることすら出来ない。
それは影治の言っている事がほぼ正解だというのもあったし、口の中がカラカラしていて言葉を出せる状態になかったというのもあった。
低位の魔術ならまだ2、3回使う事は出来るだろうが、上位の魔術となるともう使う事が出来ない。
それだけタリオンは魔力を消費してしまっている。
「だから言っただろうが。魔術師なんて、魔力が切れたら役立たずになるってなあ」
エルダーエルフであるタリオンは、平均的なエルフより魔力量が多いし、普段はもっと冷静に魔術を運用しているので、ダンジョンに潜っている時も魔力不足に陥った事は余りない。
不足気味になっても、マジックポーションや魔晶石で補えば問題はなかった。
だが今回の決闘ではそれらのアイテム使用は禁止されており、物理戦闘の心得がないタリオンに残された道は無い。
「……参った」
スッと差し出された冷たい金属が、タリオンの首筋に当てられる。
うっかりそのまま切らないように、刃の部分ではなくフラットの部分を当てているので、余計ひんやりとした感覚が伝わっているだろう。
その冷たい感覚は即座にタリオンに死を想起させるものであり、思考能力が著しく衰えている今の状態であっても、本能的に降参の言葉が口から滑り出た。
しかし降参を告げても、首元の冷たい感触はそのままだ。
「それだけか?」
「な……にを……?」
「人に謝罪を要求しておきながら、いざ自分が負けたらその事を忘れるってのか?」
「う……、すまな……かった。ボクの言っていた事は間違っていた。謝罪……する」
直接刃の部分を当てられていないとはいえ、短時間のあいだに首筋に当たる冷たい感触に慣れる事など出来ない。
震える声を抑える事が出来ず、どうにかタリオンは謝罪の言葉を述べた。
「ま、いいだろう。お前も言うだけあって、俺の知らねえ魔術を2つも使ってきやがったからな。いい勉強になったぜ」
それは影治の本心から出た言葉だった。
転生者であり、更には土魔術も風魔術もハイクラスの魔術が使える影治は、決闘の中でタリオンが使っていた魔術をラーニングしている。
この場ですぐ試す事はしないが、同じ魔術をすぐにでも使う事が出来るだろう。
「しょ、勝負ありぃぃぃっ!」
2人のやり取りが終わったのを見て、立会人が決闘が決着した事を告げる。
ここまでの流れで名前を告げていない事もあって、立会人は勝利した者の名を挙げる事はなかったが、別に名前を告げずとも結果は誰の目にも明らかだ。
「ふう、揉め事に巻き込まれちまったが、お陰で収獲もあったぜ。そっちはどうだ?」
「はい、こちらもエイジ様に全賭けしましたので、かなり儲ける事が出来ました。それにあの者が使っていた2つの魔術。私にも恐らく使用可能だと思いますので、後程魔言伝授で詠唱を教えてもらえますか?」
「勿論構わねえぜ。風魔術の方はティアにも教えてやらねえとな」
一方はちょっとした金と新たな魔術を。
もう一方には強烈な挫折感を齎し、この度の決闘騒ぎは決着を迎えた。




