第1033話 タリオンとの決闘
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いつまでも口の減らない少年に、戦う前からボクの心は沸き立ちそうだった。
天使のような水色の髪に染めているが、その髪色はパルメグラン様に憧れているか、或いは天使という種族そのものに憧れているかのどちらだろう。
本当の天使であれば、少年のような見た目であってもエルフと同じく、見た目通りの年齢ではないのだろうが、ただのヒューマンが髪を染めているとなれば、見た目通りのガキという事になる。
そんなガキの言う事に腹を立てるのは大人気ないかもしれないが、魔術師を馬鹿にされるのだけは我慢ならない。
ボクにとって魔術師……魔術とは、エルフ種としてこの先に待っている長い生を、全て費やしてでも追及すべき永遠の探題であり、ボクにとって全てだ。
それをただ体を鍛える事しか知らない前衛の……それもあのようなガキに軽んじられるのは我慢ならん!
「では立会人として、冒険者ギルドより私、リノアが決闘を取り仕切りさせて頂きます。両者、開始位置へ」
突発的に始まった決闘だというのに、すでに周りでは冒険者達が賭けをする声が聞こえてくる。
具体的な倍率までは聞こえてこないが、当然の事ながらオッズはボクの方が低いようだ。
それも当然だろう。
あくまでボクの本分は魔術師であるが、活動資金や仕送りなどを稼ぐ為に、冒険者としても登録している。
それも片手間にやっているだけだというのに、ダマスカス級にまでランクアップしていた。
当然、周りで騒いでる連中にもボクの事を知る者は多い。
学院内でも三災の魔導士として知られているが、冒険者としての二つ名こそないものの、冒険者達のあいだでも優秀な魔術師として有名だ。
「それではこれより決闘を開始します! 始めっ!」
開始位置にボクと少年が立つと、立会人が周囲の喚声に負けないように、大きな声を張り上げて開始を告げる。
それからすぐに、戦いに巻き込まれないよう魔術防御陣の外に飛び出る。
ボクの最初の手は決まっている。
魔術師はその場の状況に合わせ、適切な魔術を使用する事が求められる。
前衛の脳筋馬鹿のように、ただ力任せに武器を振るえばいい連中とは違う。
何故なら無駄に魔術を使用していては、魔力が切れてしまうからだ。
決闘の為に場所を移動している間に、既に相手の観察は済ませてある。
腰に剣を佩いていることから剣士である事は一目瞭然だが、装備しているのが革鎧なので速さとか身軽さを重視しているのだろう。
冒険者の前衛には多いタイプだ。
金属鎧は防御力は高いものの、動きが制限される。
それに金属鎧は高いので、少年ではそもそも手が届かないだろう。
そして当然ながら、剣士が攻撃を届かせるには近づいて間合いを詰めなければならない。
剣士対魔術師の決闘なら、その間合いを詰めてくる時が魔術師にとっての最大のチャンスとなる。
ではどの魔術で攻撃を仕掛けるか。
ボクのように多彩な魔術を使用出来る者ともなると、選択肢の幅が多くなって逆に戦闘時に迷う事も出てくる。
特に今回は決闘なので、相手の息の根を完全に止めるような魔術は使えない。
だがあれだけ魔術師を虚仮にされたのだから、魔術の恐ろしさを味わわせてやる必要はある。
そこでボクが選択したのは、【轟火球】の魔術だ。
クラスⅦの魔術ともなると、一般人に当てれば即死するほどの威力になる。
特に攻撃性の高い火魔術や雷魔術などは、まず耐える事が出来ない。
とはいえ、この少年もどの程度の実力かは不明だが、いっぱしの冒険者。
重傷を負う可能性は高いが、即死にまでは至らないだろう。
息さえあるのなら、すぐにポーションを使用する事で死ぬことはない。
その為のポーション費用位は、ボクが負担してやろう。
「うっかり死んでくれるなよ? 【轟火球】」
開始の声と同時に、ボクは魔術を発動させる。
剣士側としては、距離を縮める為に最短距離で駆け寄る必要がある。
流石にこの距離で回り込むような動きをしては、魔術師側の2回目の魔術を許す事になるからだ。
そして最初に【轟火球】を選択したのは、ある程度発動後の誘導が利くからでもあった。
相手の動きを読むだとか、動体視力だとかは、魔術師よりも前衛職の方が優れている者が多い。
だがまっすぐ一直線に向かってくるのであれば、こちらとしては当てやすい――などと考えていたのだが、何故か少年は開始位置から微動だにしない。
ただ腰の剣を抜き、その場で構えるだけだ。
ッ! まさか、闘気技を使うのか!?
遠距離への攻撃は、何も弓職や魔術師だけの専売特許ではない。
剣や斧などの近接武器の使い手の中には、その射程の短さを補う闘気技を使う者がいる。
だがそもそも闘気技というのは、闘気術の扱いに慣れた熟練の戦士が用いる技だ。
決してあのような生意気なガキが使えるものではない。
「――!」
まさかとは思いつつも、闘気技に警戒して身構える。
ろくに体術も身に着けていないボクが身構えたとて、攻撃を回避できる訳でもないのだが、体が思わず動いてしまったのだ。
しかし結果として、遠距離の闘気技が放たれる事はなかった。
だがボクは、そうなった時以上の驚きの光景を目撃する。
「そんな……バカな……」
なんと少年はボクの放った【轟火球】を、手にした剣で切り裂いたのだ。
真っ二つにされた燃え盛る火球は、そのまましおれるように勢いを失って無力化されている。
よく確認するまでもなく、少年に全くダメージは入っていない。
「おいおい、どうしたあ? そんなヘナチョコ魔術で俺を倒せると思ってんのかあ?」
「ほざけっ! これならどうだ! 【轟火球】」
少年の煽りに激発したボクは、今度は同時詠唱で2つの【轟火球】を発動させる。
もし少年の実力が当初想定していた通りであれば、高確率で殺してしまうような攻撃だ。
だけど最初の攻撃を無効化された事で、そうした理性的な判断はボクの頭から吹き飛んでいた。
2つの火球は、今度は左右から弧を描く軌道で少年に迫る。
先ほどのように剣で切り裂くとしても、左右から迫る火球を両方共切るのは――な、なあああにいいいいいいいいいぃぃぃ!?
「1つでダメでも、2つなら行けるとでも思ったのか? 甘く見られたもんだなあ、おい」
ば、馬鹿な!
2つの火球をほぼ同時に切り裂くだとおおおお!?
ただ火球を切り裂くだけであったら、あのやたらと威圧感のある剣の能力という事で説明は出来る。
――いや、クラスⅦの魔術をぶった切るなんて、そんじょそこいらの剣に出来る芸当ではないが、可能性としてはないこともない。
だが、幾ら剣が伝説級だろうと、目にも追えない速さで瞬時に2つの物を切り裂くなど、並の剣士に出来る動きではないぞ!
「うおおおおおおおっ! 【轟火球】! 【轟火球】! 【轟火球】!!」
我を失ったボクは、更にそれから同時詠唱で3連続で【轟火球】を放つ。
先ほどの同時切りがまぐれであれば、3回も撃てば1発くらいは当たるハズだ。
そんな当たって砕けろという気持ちで放たれた3×2の6発の火球は、物の見事に全て切り裂かれる。
「火球バカかよ。それしか出来ねえのか?」
相変わらず開始位置から動いていないので、少年との距離は大分離れているのだが、不思議と奴の声はボクの耳によく届く。
周りの身勝手な観客たちが、少年の理不尽な魔術切りを見て一瞬静まっているせいかもしれない。
少年の口からはまたしても煽りの言葉が漏れる。
それは出会った当初からボクの心をささくれ立たせていたのだが、今回は逆にその言葉を聞いて若干冷静さを取り戻す事が出来た。
そうだ。
少年の言う事に同意するのは甚だしく遺憾だが、ボクには他にも魔術がある。
そもそも、ボクが一番得意とするのは火魔術ではなく土魔術だ。
火魔術はクラスⅦの【轟火球】までしか使えないが、土魔術はクラスⅧまで使用出来る。
ただクラスⅧの一般魔術は上級範囲攻撃魔術。
土魔術のそれは【降り注ぐ土槍】という、広範囲に鋭く尖った硬質な土の槍が降り注ぐものだ。
単体向けの魔術ではないし、一時的ではあるものの、具現化された土は物質としての特性を持つので、土属性の専用の防御陣がないこの場所だと、周囲の人に影響が出る可能性もある。
しかしボクは【降り注ぐ土槍】とは別に、クラスⅧの土属性の攻撃魔術がある。
それは一般魔術の授業では教えられず、オリジナル魔術としてボクの師匠から直接教わった単体向けの特別な魔術。
「そんな訳あるまい! ならば見せてやろう、ボクのとっておきをな!」
そう言ってボクは師匠から教わったオリジナル魔術、【岩槍射出】を少年に向けて放った。




