第1031話 タリオンの背景
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幼いころのボクは体が弱かった。
外に出て遊び回ることも出来ず、ただただ自分の部屋で過ごす日々。
そんなボクにとって、魔術は一番の友達だった。
元々エルフという種族は魔術に適性がある。
ボクの両親も当たり前のように魔術を使えたので、最初は両親から魔術を教わった。
でもその頃のボクはただのエルフだったし、体が弱くて長時間練習が出来なかったから、クラスⅠの魔術を覚えるのに手いっぱいだった。
それでも5歳で魔術を使えるというのは、エルフとしてもかなり早いほうだ。
初めて【隆起】の魔術を使った際は、両親がとても喜んでくれたのをよく覚えている。
その両親の喜びように、ボクは初めてその時自分が凄いんだという気持ちを抱いた。
そんなある日、ボクは村の広場でひとりの男の子と出会う。
以前は体が弱い事もあって、家の敷地内から外に出る事は殆どなかったんだけど、魔術が使えるようになったから誰か自慢したくて仕方なかった。
そうして出会ったその子は、ボクより1つ年下なのにすでに魔術を覚えていた。
それもクラスⅠとはいえ、火魔術と風魔術の2つの属性を使いこなしていたのだ。
「タリオン君は土魔術しか使えないの?」
そう言われた時、ボクは頭の中が熱くなって顔も赤くなっていたと思う。
結局ボクは何も言い返せず、そのまま逃げるように広場から立ち去った。
「もっと……もっと魔術の練習をしないと!」
それからは、新たに火魔術の練習も始めるようになった。
身体が弱いのですぐ熱が出てしまったけど、ボクは構わず練習を続ける。
フラフラとしながらも、ひたすら火属性の魔力の変換に取り組む。
だけど無理がたたったのか、ボクは酷い高熱にうなされる事になってしまう。
意識が朦朧として、自分がベッドに横たわっている感覚すら感じられない。
余りに現実感が無かったけど、死の存在を何度も身近に感じるほど苦しかった。
直前にやっていたのが、火属性の魔力変換だった事がなお体によくなかったのかもしれない。
ボクを襲った高熱は、まるで体内から火魔術で熱せられているかのようだった。
そんないつ治まるか分からない、朦朧とした日々は突然終わりを告げる。
その時ボクは殆ど意識がなかったので、これは両親から聞いた話になるんだけど、ある日寝ているボクの体が光を放ったらしい。
そしてその光と共に、嘘のように熱も引いていった。
その後目覚めたボクは驚いた。
明らかにこれまでの自分とは別の存在になった事に気づいたからだ。
それは両親からすれば猶更分かりやすい変化で、どうやらこの時ボクは進化をしたという事だった。
それからボクの人生は一変した。
直前に練習していた火魔術は、進化後には属性変換に成功し、詠唱の訓練によって一週間後には【発火】の発動に成功する。
上位種に進化したからといって、急に大きな変化がある訳ではないのだが、それ以降も熱心に魔術の訓練を続けたボクは、次々と新しい魔術を覚えていった。
また進化による変化で、虚弱気味だったボクの体質も改善されて、普通に動き回っても倒れるような事はなくなった。
「ボクは魔術の神に愛されているに違いない!」
ほどなくして、ボクはそう思う様になっていた。
魔術の神と言えば、魔術神ノスの方が世界的には有名だけど、ここシャルネイア大陸の北部においては、賢人オリムを信仰する人も多い。
かくいうボクも、ノスよりオリムの方を信仰している。
賢人オリムはその名前の通り、魔術を使いこなすだけでなく非常に博識な神としても有名だ。
だからボクも魔術だけを練習するのではなく、知識の収集にも力を入れている。
そんなボクの成果を聞きつけたのか、10歳になったボクの下に、王都にある魔術学院からの使者が訪れる。
曰く、特待生として当学院に入校しないか? という内容だった。
うちはそこらにある農家の生まれで、とてもじゃないけど由緒ある魔術学院に通うお金はなかったんだけど、特待生は授業料などは一切免除されると言う。
「父さん、母さん。ボクはもっと魔術を本格的に学びたい!」
ヒューマンとは違い、長命種であるエルフの成人年齢は早いところでも30歳。
10歳という年齢で家を出る事を心配していた両親だったけど、ボクの意思の強さを見て最終的には手を振って送り出してくれた。
それからもボクはひたすら魔術と知識の収集に励んだ。
ある程度実戦魔術教習を終えてからは、常緑の迷域に潜って学費や生活費を自分で稼げるようになった。
特待生による授業料免除には上限期間があったからだ。
今では成人し、実家の家族が仕事をせずに暮らせる位の仕送りが出来るくらい、稼げるようになった。
勿論魔術の修得の方も順調で、学院内では三災の魔導士などと呼ばれている。
名前の由来は、土魔術、火魔術、風魔術の三属性の魔術が、上級魔導師レベルに達したからだ。
魔術師にとって、1つの壁となるのが上級魔導師……つまりはクラスⅦの魔術の修得と言える。
クラスⅥまでは、適性のある者であれば割とすんなりと修得していけるのだが、クラスⅦ以降はそうもいかない。
そしてクラスⅦともなると、攻撃魔術の威力も一層強力なものとなり、より戦闘で活躍できるようになる。
だからこそ、3つもの属性でクラスⅦに到達したボクは、三災の魔導士などと呼ばれるようになり、学院内でもすっかり有名人となってしまった。
だけどそれで有頂天になるボクではない。
クラスⅦから先となると、更に熟練度の修得が厳しくなってくるので、この段階で努力を止めてしまう者もいる中、ボクは必至に魔術の訓練を続けた。
その結果、ボクはクラスⅧの土魔術を修得するに至る。
クラスⅧの一般魔術には、上級範囲攻撃魔術が含まれている。
土属性で言うと、広範囲に鋭く尖った硬質な土の槍が降り注ぐ【降り注ぐ土槍】という魔術があった。
この魔術により、やたらと魔物の数が多い常緑の迷域で、更に大きな稼ぎを得る事が出来るようになった。
今も学院寮で暮らしているボクは、贅沢な暮らしをするでもなく生活費は控えめだ。
これは何もボクだけでなく、学院に通う魔術師の多くが似たような傾向にある。
大きな屋敷を買ったり、贅沢三昧の日々を過ごしたり、そういった夢を描くくらいなら、魔術師ではなく商人や他の道を目指す。
そうした生活を送っていると、意識的に使わない限り貯金はどんどん溜まっていく。
それでもお金の使い道がないという訳でもない。
ダンジョンに潜る以上、魔力ポーションや魔晶石。
それから各種魔導具や呪符などは、揃えておくに越した事はないからだ。
その日もボクは、消耗品の補充や良い魔導具が入荷していないかチェックする為に、とある魔導具店を訪れていた。
店内の一角では、2人の冒険者らしき者達が話していた。
店内はそんなに客が多いという訳でもなかったが、ボクの目線が縫い留められたのは、2人のうちのひとりが進化したエルフである事に気づいたからだ。
もうひとりの若い少年は珍しい水色の髪をしている。
魔術だけでなく、知識の収集にも務めているボクは、その髪色が天使系の種族の特徴である事を知っていた。
けど、天使という種族は悪魔以上に希少な種族だ。
パターソン国立魔術学院にも有名な天使である、パルメグラン様が長年に渡り在籍しているけど、その長い年月の間にパルメグラン様以外の天使が王都を訪れたという記録はない。
王都で暮らす人達の間でも、パルメグラン様は有名だ。
だから王都で暮らす人の中には、パルメグラン様を真似て髪を水色に染める者もそれなりにいる。
それだけパルメグラン様が慕われているという証だ。
エルフの上位種と一緒にいるこの少年も、恐らくはそうした者のひとりなのだろう。
――そう思っていたボクだったけど、次の一言を聞いてボクは一瞬我を失う。
「ふうん。自分の身も守れねえ奴が偉そうにしてるって訳か。魔術師なんて魔力が切れたら役立たずになるってのに、プライドだけは高ぇんだな」
それは聞き捨てならない台詞だった。
魔術師ギルドが定める魔術師の最高峰、賢者の位を目指すのであれば、冷静さを身に着ける事も重要だ。
だけどこの時のボクは自分を抑える事が出来なかった。
そうしてボクは、水色髪の少年と決闘を行う事になった。




