第六十二話 ご主人様に近づけなくなった使用人
「セシリア様ー」
「何?」
晩餐会も終わり、屋敷に帰った後、ポールがセシリアの部屋に行き、
「えへへ、晩餐会お疲れ様でした」
「ありがとう。あん、何やってるのよ、いきなり」
ポールが部屋に入るや、ソファーで休んでいたセシリアの膝の上に乗り、彼女の胸に顔を預ける。
いきなりポールが膝の上に乗ってきたので、セシリアも驚いたが、もう慣れてしまい、苦笑しながら彼の頭を撫でていた。
「あなたも大きくなったわね。悪いけど、これ以上、大きくなったら、膝の上に乗せて抱っこも出来なくなるわよ」
「だったら、僕、大きくなりません」
「よくそんな事言えるわね……そんな事が出来る訳ないでしょう。私だって重いの我慢してるのよ。わかる?」
「うう……」
セシリアが暗にもうやめろと言ってきているのが、ポールは気に入らないのか、彼女にしがみついて、頬を膨らませる。
しかし、実際、ポールも背が伸びて体重が重くなってきているのは事実なので、これ以上、セシリアが支えるのは困難になってきていた。
「セシリア様、ご結婚するんですか?」
「いずれはするかもね」
「昨日の晩餐会のお相手とするんですか?」
「しないわよ」
「そうですか……僕、安心しました」
「そう」
ルドルフが紹介した見合い相手と結婚するのではないかと、少しだけ不安になっていたポールであったが、セシリアの言葉を聞いて、安堵する。
「何だか、あんまり嬉しそうじゃないけど、そんなに私が結婚して欲しいの?」
「うう……してほしくないですう……」
セシリアにしがみつきながら、幼子のような顔をして駄々を捏ねる。
だが、セシリアはポールの態度が不満であり、未だに自分の事を母親のような目で見ている
「ポールも、いつまで子供で居る気なの?」
「ずっとです」
「馬鹿言わないでよ。大人になったら、あなたも結婚するんでしょう? 私としたくないの?」
「セシリア様と結婚……」
頭を撫でながら、セシリアにそう言われると、ポールも微妙な顔をして考え込む。
セシリアとずっと一緒に居たい気持ちはあったが、自分が彼女の夫となると言われても、ポールはうんと頷けなかったのであった。
「したいけど、わからないですう……結婚したら、こうやって抱っこしてくれないんですよね?」
「わからないじゃなくて……はあ……もしかして、他に好きな女がいるの?」
「いません。セシリア様、一番好きです」
「なら……あん、こら」
ポールがなおもセシリアの胸に顔を埋めて、ぎゅっと彼女に抱き付く。
そんな幼い使用人を見て、セシリアはなおも頭を抱えてしまう。
「どうすれば、大人になってくれるのかしらね……」
「大人になりたくないもん」
「あんまり、ふざけていると、本当に解雇するわよ」
「ううう……」
と、強めに注意するも、ポールは逆に意固地になってしまい、セシリアのドレスにしがみつく。
一回屋敷から追い出しても、結局、ポールは何も変わらず、ますますセシリアへの依存が高まるばかりであった。
「ポールは将来、どうしたいの?」
「セシリア様のお屋敷にずっといるよ」
「それは良いけど、じゃあ、私に何かあったら? 結婚しても、ここに居られる?」
「わかんない……」
「真面目に答えなさい。もう、重くなってきて、これ以上、膝の上に乗せられないって言ってるでしょう。子供みたいなこと言わないで」
「むう……」
セシリアが本当に怒りそうだったので、仕方なくポールも彼女の膝の上から離れ、ソファーの隣に座る。
だが、その際も腕にがっしりとしがみつき、離れようとはなかった。
「私、結婚して子供を産まないと、この家は終わるの。わかるわよね?」
「わかります。でも、セシリア様は僕とずっと一緒にいてほしいです」
「だったら……」
あなたがと言いかけた所で、セシリアも恥ずかしくなって言葉を呑み込む。
彼女もいざ本当に伴侶を選ぶとなると、気持ちが慎重になってしまい、胸が高鳴ってきて、言葉を出せなくなったのであった。
「セシリア様?」
「何でもないわ。もうお休みよ。疲れたから、一人でゆっくりしたいわ」
「そうですか……」
顔色が悪いように見えたので、ポールもここは大人しく引き下がり、自室へと戻る。
セシリアも自分の身の振り方を真剣に考えないといけないのはわかっていたが、どうしても決断が出来ずにいた自分に嫌悪感を催していたのであった。
数日後――
「セシリア様、お手紙です」
「どうも。ん……?」
アンジュが郵便受けから、いつもの様に彼女宛の手紙の束を手渡し、一通一通、セシリアが目を通すと、
セシリアも一瞬、顔をしかめる。
「どうかしましたか?」
「いえ……この前の晩餐会で会った人から手紙が来ていて……今度、ウチでダンスパーティーやるから、来てくださいって招待が来たの」
「そうですか。お受けするのですか?」
「う、うーん……」
叔父夫婦が紹介した見合い相手なので、あまり無碍にも出来ないと思いつつ、どうにか断る口実を考えるが、中々思い浮かばなかった。
「その日は用事があるから辞退すると返事しておくわ」
「宜しいのですか?」
「ええ。もうすぐ春になるから、色々と忙しくなるしね」
「わかりました……」
セシリアがアンジュにそう告げると、アンジュも少し残念そうな顔をして頷く。
そろそろ婿を取らないといけない年齢なのは、セシリア自身もわかっているはずなのに、ここまで意固地になるのは何故だろうと、アンジュも訝し気に思っていたが、主の意思に逆らう事は決してせず、そのまま
「では、失礼します。ん? ポール、こんな所で何をやっているの?」
「――っ! え、えっと……」
アンジュがセシリアの部屋を退出しようとすると、彼女の部屋の前で今の会話を盗み聞きしていた、ポールがいたので、
「窓ふきをしている最中で……」
「だったら、さっさとやりなさい。まさか、セシリア様の部屋を覗き見していたんじゃないでしょうね?」
「そ、そんな事ありません!」
「嘘を仰い! あなたは、本当にセシリア様を困らせてばかりじゃない! 使用人として雇われて、もう何か月も経っているのだから、いい加減に自覚を持ちなさい!」
「すみません……」
アンジュに叱責されて、ポールもシュンとした表情で謝る。
盗み聞きしていたのは事実だったので、言い訳しようがなかったが、それでもここまで怒られる事かと、不服に思っていた。
「騒がしいわね。ポール、あなたまた仕事をサボっていたのね」
「うう……すみません……」
「もう良いわ。後は私が叱っておくから、アンジュは……」
「駄目です。セシリア様はポールに甘すぎます。いつも、セシリア様の部屋の前をウロウロしているの、見ているんですからね。今日はバツとして、夕飯抜き。そして、当分、屋敷の中の仕事はあなたには任せません。夜も外の離れの物置で寝てもらいます!」
「そ、そんな……」
「そんなも何もありません! ここの使用人の責任者は私なんですからね! さあ、来なさい。セシリア様、後は私にお任せを」
「そう」
アンジュもポールがセシリアに只ならぬ気持ちを抱いている事にいい加減気付いており、これ以上主に近づけてはならずと、ポールの手を引いて、彼を屋敷から出し、罰として庭の草むしりを一人で命じ、今夜は夕飯抜きとなってしまう。
庇いたかったセシリアであったが、ここで下手に口を出すと、関係を疑われると思い、敢えて何も言わず、アンジュに任せていった。
その後、先日の見合い相手の貴族の男からたびたび恋文が送られていき、その度に断りの返事を入れていたセシリアであったが、それでも手紙が届き、セシリアを悩ます事になっていった。




