第六十三話 セシリアから意地でも独り立ちしない使用人
「セシリア様。お客様です」
「誰?」
「あの……この前、ルドルフ様の晩餐会に同席していた……」
「ああ、帰ってもらって」
「で、ですが……」
セシリアがアンジュにそう告げると、アンジュも困った顔をして、
叔父の晩餐会で知り合った、貴族の男がまたセシリアの屋敷を訪問してきたので、セシリアも書類を眺めながらため息をつく。
よっぽど、セシリアの事が気に入ったらしく、何度も屋敷を訊ねてきており、最初は応対していたセシリアもうんざりして門前払いしていた。
「はあ、全くしつこい男ね。断っているんだから、もう来なきゃいいのに」
「それだけセシリア様のことが気に入っているのでしょう」
「私は興味がないの。もう、仕事が忙しいのよ。邪魔するようなら、また叔父様に何とかするよう言っておかないと。とにかく帰ってもらって」
「畏まりました」
セシリアの命令で、渋々ではあるが、アンジュも一礼して、男に仕事が忙しいので帰るように告げに行く。
困ったことではあったが、
「ですので、セシリア様は、今は仕事がお忙しくて……」
「なら、都合の良い日を教えて欲しい。彼女と二人でちゃんと話をしたいのだ」
「それは後で確認しますので、とにかく今はお引き取りください」
門の前でアンジュが貴族の男に、帰るよう説得するが、男も今回はなかなか引き下がらず、会える日を教えろと食い下がる。
(あの人、また来ているんだ)
外で庭仕事をしていたポールが、アンジュと男が問答している様子を眺めていたが、鈍感なポールでも彼がセシリアに惚れこんで通い詰めているのがわかった。
年齢はセシリアと同じくらいで背も高く、高貴な家柄出身の弁護士の男であったが、セシリアに相手にもされてないのを見ると、少し可哀相にも思っていた。
「セシリア様のこと、そんなに気に入っているんだ」
何てボンヤリと思いながら、ポールは庭で植木を切っていく。
専属の庭師に指導されて、ある程度庭の手入れが出来るようになったため、丁寧にやっていた。
「ですから、今日はお引き取りください」
「ちっ……また出直す」
しびれを切らしたアンジュが強い口調で彼に告げると、男もやっと引き下がる。
「ん? おい、そこの君」
「は、はい?」
たまたまポールの近くを通りかかった男に呼び止められ、
「すまないが、これをセシリア嬢に渡してはくれないか?」
「え……で、ですが……」
「君は確か、この前の晩餐会に同席していた執事だね? 見覚えがあるよ。彼女にこの手紙を渡して欲しい。さっきのメイドにも渡したのだが受け取ってもらえなかったのだ。謝礼は払うから、頼むよ」
とポールに便箋を渡した後、数枚の紙幣を彼のポケットに入れる。
「え? は、はい……でも、お金はちょっと……」
「それでは、お願いするよ。では、私はこれで」
「あ、ちょっと!」
流石にお金は受け取れないと思い、ポールも返そうとしたが、男はさっさとこの場を去り、屋敷の門の前に停めてあった自動車に乗り込んで帰ってしまった。
「はあ……どうしよう……」
今、セシリアに近づくことを固く禁止されており、アンジュや他の使用人の目を盗んで、セシリアにこの手紙を渡すのはポールには困難であった。
しかし、アンジュが受け取りを拒否した手紙だったので、他の使用人に頼む訳にもいかず、ポールが渡す以外になかった。
「恋文かな、このお手紙」
便箋の中身が気にはなったが、開けて見るのはいかになんでもマナー違反であり、ポケットに入れて、夜になったら渡しに行こうと思っていたのであった。
その日の夜――
「大丈夫かな……」
屋敷の最上階にこっそりと上がり、セシリアの部屋にまでポールが忍び足で向かう。
いつもはポールが近づくのを阻止するために、使用人が廊下を定期的に巡回しているのだが、この日はたまたまおらず、誰にも見られないまま、まだ灯の点いているセシリアの部屋に走っていったのであった。
「セシリア様」
「ん? あら、ポール。どうしたのよ、こんな時間に」
軽くノックをした後、ポールがセシリアの部屋に入ると、本を読んでいたセシリアも明るい表情を見せて、彼を出迎える。
「すみません、夜分遅くに」
「良いのよ。くす、今日は見張りはいなかったのかしら?」
ポールが禁を破ってまでわざわざ来てくれたのが、セシリアは嬉しく、彼を隣に座るよう促すと、ポールもセシリアの膝の上に乗る。
「こら、ダメじゃない、そんな所に座ったら」
「へへ、やっぱりここが良いですう」
「んもう、子供なんだから」
遠慮なく主の膝の上に乗り、ポールもしばらくぶりのセシリアのぬくもりを感じて、ご満悦な顔をして彼女の胸に顔を埋める。
やっぱり、自分の居場所はここなのだとポールも思っていたが、
「あの、今日はお渡ししたいものがありまして」
「何?」
「これです」
「手紙? 何かしら?」
「先ほど、預かったものなんですけど、どうしてもセシリア様に渡して欲しいと仰ったので……」
「あの男からね……」
ポールが便箋を渡してそう言うと、上機嫌だったセシリアも一転してムっとした顔をする。
「もしかして、用事ってこれかしら?」
「は、はい。その……」
「一応、これは預かっておくけど、今後あの男からの物は受け取らないことね。アンジュにはそう言っておいたはずだけど、ポールには伝わってなかったみたいね」
「え? はあ……宜しいのですか?」
「良いも何も、あの男、しつこいのよ。叔父様の紹介だからって、調子に乗って。縁談の話なら受ける気はないわ。あなたもそのことはわかっているでしょう?」
と、ムスっとした顔でまくし立てるようにセシリアがポールにそう言うと、ポールも少し困惑した顔をする。
「セシリア様は、その……今のままで良いのですか?」
「何が言いたいのかしら?」
「僕、セシリア様とずっと居たいですけど、セシリア様はどう考えているのかなって」
セシリアの胸元に顔を埋めて、赤子のように袖を引っ張りながら、そう訊くと、セシリアも溜息を付き、
「ずっと居たいなら、もう膝の上に乗るのはよしなさい。あなたもいつまでも子供じゃないのはわかっているでしょう」
「僕、セシリア様の子供のままが良い」
「バカ言わないで。本当、ポールはどうしてそんななのよ。子供扱いできるのは、あと一、二年よ。私の伴侶になってもらうのだから、もっとしっかりなさい」
「むううう……」
いつまでも、自分の事を母親みたいな目で見ているポールにしびれを切らしてそう突き放すセシリアであったが、ポールはなおも彼女にしがみつく。
「もう帰りなさい。あまり長居すると、他の使用人に見つかるわよ」
「セシリア様のお部屋で一緒に寝たいですう……アンジュさんにも、もうセシリア様に近づいても良いように言ってください」
「そういう訳にはいかないの。全く、せっかく私に会いに来てくれたと思ったら……今度、会いに行くときはこんな用事じゃなくて、私と夜を共にするつもりで来なさい」
「? 夜を共にって……?」
一緒に寝たいと言ったのに、夜を共にするつもりじゃないと来ては駄目とセシリアが言った事に、ポールも矛盾を感じてキョトンとすると、
「その意味がわからないようなら、まだ来ないことね。さあ、早く帰りなさい。いう事を聞かないと、アンジュを呼ぶわよ」
「はーい……」
訳がわからなかったが、セシリアの命令にこれ以上逆らう訳にはいかず、肩を落としながら、部屋を出る。
セシリアの言うことを理解するのは、彼にはまだ幼すぎたのであった。




