第六十一話 一生セシリアの使用人のままでも良いの?
「セシリア様」
「何?」
別室のソファーでくつろいでいたセシリアの元にポールが駆け寄り、
「あの、さっきのお話なのですが……」
「ん? ああ、縁談の話。大丈夫よ。受けるつもりはないわ」
「でも……」
「あら、何よその顔は?」
縁談の話を断ると聞いて、ポールが悲しそうな顔をしていたのが、気に入らなかったのか、セシリアがティーカップを持ちながら睨みつける。
「いえ、セシリア様は本当にそれで良いのかって思いまして……」
「あなたは、別に私の家の心配なんかしなくても良いのよ。後継ぎの事はどうにかするから」
「はあ……」
この部屋ではセシリアとポールの二人きりとは言え、叔父夫婦が隣に居るので、セシリアもお茶を濁すような言い方で誤魔化す。
しかし、ポールはルンドルフやクロワが本気でセシリアの将来を案じているのを見て、彼もセシリアが本当に今のまま彼女にふさわしい伴侶を得ないで、良いのかと不安になっていた。
「僕、セシリア様には幸せになって欲しいです」
「結構ね。だったら、私の言う事はよく聞くことね」
「は、はい」
セシリアが憮然とした表情をしながらそう言ったので、ポールも悪いことを聞いてしまったと思い、深々と頭を下げる。
もちろん、セシリアに結婚などしてほしくはなかったが、いつまでもそんな訳にはいかない事はポールも理解はしていたので、このまま独身で居られる時間もそう長くはないとは感じていた。
「ポール、いたのね」
「フローラ様。うわっ!」
「えへへ、久しぶりー。よく来たわね」
部屋にノックもせず、フローラが入ってきて、ポールを見るや彼に抱き付く。
「ちょっと、ノック位しなさいよ」
「うるさいわね。この城、今はウチが管理してるのよ。だから、私の家も同然なんだから、どの部屋に入ろうが自由だし」
「そんなの関係ないわ。私が居ることは、叔父様たちから聞かされているんでしょう。てか、ポールから離れなさい。はしたないわね」
「へへ、良いの。彼だって喜んでるんだし。ねー?」
「う、うぐうう……」
呆れた顔をして、セシリアがフローラに注意するが、フローラは聞く耳も持たず、更に彼を胸元に抱き寄せる。
その様子を見て、セシリアはどんどん苛立っていったが、ここは叔父夫婦も居るので、怒鳴り散らすことを抑え、必死に冷静さを保とうとしていた。
「今日の晩餐会、本当は身内だけのつもりだったけど、急遽遠縁の貴族も招待することになったから。あんたもいい加減、身を固めたら」
「それはこっちのセリフよ。叔父様も叔母様も、あんたはいつまでも遊んでばかりでl頭を痛めていたわよ」
「別に私の人生何だから、どうしようが勝手だし。セシリアこそ、自分の代で家を終わらせたいのー? 叔父様も叔母様も悲しむでしょうねえ」
「ふ、フローラ様」
既に他界していたセシリアの両親のことをフローラが口にしたので、ポールもぎょっとし、セシリアの顔色を伺うが、セシリアは動じる気配も見せず、
「お父様もお母さまも私には好きに生きてくれて構わないと言ったわ。出来れば優秀な婿を貰って、家を継いで欲しいとは言っていたけどね」
「なら、行き遅れない内にそうすれば良いじゃない」
「ああ、うるさいわね。もう、晩餐会始まるわよ」
フローラとこれ以上話しているとストレスが溜まりそうだったので、セシリアはさっさと部屋を出て、晩餐会の会場へと向かう。
「こちらは、シュルツ公。現在は、弁護士もしておられるそうだ」
「はじめまして」
「はじめまして、セシリアです。どうぞ、お見知りおきを」
晩餐会が始まり、ルンドルフがセシリアに遠縁の公爵の子息を紹介し、お互い簡単に自己紹介して、グラスを交わす。
先程の見合いリストの中にいた一人で、年はセシリアと同い年で、東部地区の著名な公爵の子息であり、物腰の柔らかな典型的な上流階級の紳士と言った感じで、ルンドルフがセシリアと引き合わせるために招待したのが、明らかであった。
「とても、お美しいドレスですね」
「ありがとう」
セシリアの事が気に入ったのか、公爵の子息は彼女の事をほめちぎり、セシリアも笑顔で答えるが、傍で給仕をしていたポールはそれが明らかに社交辞令的な対応で、彼と付き合う気などないのが目に見えていた。
相手の男は、ポールが見ても良い人そうではあったので、彼も脈がないのは少し気の毒に感じていたが、同時に安堵もしていた。
「ポール、ワインなくなったから、運んできてちょうだい」
「あ、はい」
セシリアのことをぼんやりと眺めていると、酒に酔ったフローラにワインを注文されたので、すぐに厨房へ向かい、持っていく。
晩餐会は思った以上に人が集まっており、バイオリンのゆったりとした演奏の中、間もなく舞踏会が始まろうとしていた。
「どうぞ」
「ありがとう。ねえ、ポールー。ダンス、一緒に踊らないー?」
「え? それはちょっと……」
「良いじゃない、もう何度もやってるでしょう」
「ですが……」
ワインをフローラに注ぐと、頬を赤らめていたフローラにそう誘われ、返事を躊躇するが、なおもフローラは彼の肩に手を組んで絡みつく。
強引に引き離すことも出来ず、困っていたが、フローラはしつこくポールに、
「ほら、私が教えるからー。セシリアは、貴族の男の相手で忙しいの、わかってるでしょう」
「あ、あの。お仕事があるので……」
「こら、フローラっ! 何とはしたない事をしとるんだ!」
「ああ? はしたなくないわよ、ダンスに誘っているのよ」
そばに居たフローラの父が、見かねて彼女を怒鳴るが、フローラは全く懲りる様子もなく、ポールの腕に絡みつく。
「パーティーで酔った挙句に、給仕の体に安易に触れる、貴族の娘がどこにいる! 確か、セシリアの使用人だったね。うちの娘が、大変失礼なことをした。申し訳ない」
「い、いえ……あの、フローラ様……お気持ちは嬉しいのですけど、そろそろ……」
「ぶうう……あーあ、つまんないわね。外の風に当たるわ。あなたも来なさい」
「え?」
「良いから、来るの。何かあった時の護衛」
「こら、フローラ!」
父であるルンドルフの叱責も、フローラは全く動じることもなく、ポールを引き連れて、会場の外に出る。
その際、セシリアと目が合ったが、あからさまに不快な目でポールとセシリアを見ており、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていった。
「はあ、飲み過ぎたわねえ」
「だ、大丈夫ですか、フローラ様?」
バルコニーに出て、夜風に当たり、泥酔しかかっていたフローラをポールも支える。
「大丈夫よ。ねえ、ポール。セシリア結婚したら、あんたどうするの?」
「どうと言われましても……そのまま、お仕え出来ればそれでいいです」
「本当ー? あんただったら、耐えられないと思うけどね。セシリア、結婚したら、その旦那にも仕えないといけないのよ」
「それは……」
当然、セシリアが結婚したら、その夫となる男も主になるわけで、平等に仕えないといけなかった。
理解はしていたが、セシリア以外の人に仕えるのは何だか抵抗があったし、何より彼女の夫など生理的に受け付ける自信が全くなかったのであった。
「どうしても嫌なら、ウチで雇うわよ」
「そ、そんな事は……」
「良いじゃない、来なさいよ。私が可愛がるからさあ。それともそんなにセシリアじゃないと嫌なわけ? なら、ハッキリそう言ってやりなさいよ。僕のために結婚しないでって」
「セシリア様には幸せになって欲しい気持ちもあるので……」
フローラの言った事が本心だったが、セシリアと二人きりの時ならともかく今は違うので、ポールも言葉を濁す。
「あなた、変な所で真面目なのねえ。もっとセシリアは俺だけの物とか言ってやりなさいよ。そうすれば喜ぶわよ、あいつも」
「い、言えませんよ、そんな事」
「ふん、つまんないわね。そんなんじゃ一生あいつの使用人で終わりよ。それでも良ければ好きにすればあ」
と言い残し、フローラは会場に戻る。
すでに舞踏会が始まっており、セシリアが貴族の男性と踊っているのをボンヤリと眺めながら、フローラの言葉を思い出していった。




