隠されていた真実
「やめなさい。トト」
しかし、そんなトトを制したのは誰でもない。
彼に詩衣達を攻撃することを指図した張本人のはずのリナリアだった。
彼女の命令でトトはピタリと動きを止める。
「太よ……」
「ドロシー! 来るな!」
裸足のまま自分のもとへ駆け寄ってこようとした詩衣を太陽が止めた。
「な、何のつもりだ? ド、ドロシーには手出しはさせないぞ! こ、これ以上来るならこの鋭い牙で噛みついてやる!」
「ふふ。誤解しているみたいね。そんな小娘に興味はないわ。私が興味があるのはあなた」
太陽は詩衣に近づけさせぬようそう精一杯に威嚇したが、リナリアはまったく気にした様子はなかった。
太陽との距離を一気につめると、妖艶な仕草で彼の顎に手をかける。
「く、くそっ! は、はなせ!」
その細い体のどこにこれだけの力が秘められているのだろうか。
太陽は必死にもがいたが、その手はびくともしなかった。
リナリアは太陽の顎に添えたままうっとりとしたような蠱惑的な笑顔を浮かべる。
「エメラルドの都の主であり、このオズの国の『王』であるあなたよ……!」
「た、太陽がオズの国の王様!? あなた何を言っているの? 太陽はただのライオンよ?」
リナリアのあまりに突飛な発言に相手がこの国最凶の魔女である西の魔女なのを忘れ、詩衣はバカにしたような声を出してしまった。
「そ、そうだよ! ぼ、僕はちょっと弱虫なだけの普通のライオンだよ! こ、このオズの国の王様だなんて冗談でも言われたことがないよ?」
「かわいそうに忘れてしまっているの……? 『あいつら』姿を変えるだけじゃなく、記憶までいじったのね。まぁ、いいわ。私が今思い出させてあげる」
リナリアがパチリ! と片手の指を弾くと、太陽の顎を掴んでいる方の手がバチバチ! と音を立て激しく放電し始めた。
「うわぁあああーー!」
その雷のようなもので全身を痺れさせた太陽は苦しみの叫びをあげる。
「きゃあ! 太陽! やめて! やめてよ! 太陽を傷つけないで!」
詩衣は太陽の言いつけを破り、彼女の暴挙を止めようと、リナリアに駆け寄った。
彼女の体を揺さぶり、太陽への攻撃をどうにかやめさせようとしたのだが、詩衣の非力な腕力では、リナリアを一歩でも動かすことさえできない。
「うぁ……あ……」
「これでいいでしょう。よほど強力な魔法がかかっているのか、元の姿に戻すのは私でも無理だったわ。でも、これで自分が何者かは思い出せたんじゃないかしら?」
太陽の悲鳴が弱々しいものへと変わった頃、リナリアそう満足げに彼に触れていた手をはなした。同時に太陽はあの雷からも解放される。
「太陽! 大丈夫! しっかりし……」
詩衣はそこまで言って太陽に走り寄ろうとしていた足を止めた。
「……太陽?」
ゆらりと立ち上がる太陽の姿は見た目はまったく変わっていないのに、詩衣が知っている彼とはなぜかどこかが違って感じられたのだ。
「……? ここは……ど……こ? 僕はなぜこんなところにいるんだ……?」
太陽はぼんやりと周囲を見渡すと、いつもの彼のどもりながら話すあの特徴的な癖を完全に消した話し方で呟く。
「……うわっ! この手は何だ!? 何で毛むくじゃらでおまけにこんなに鋭い爪まであるんだ! 牙も! たてがみさえもある!?」
ふと自分の手を視界へと映した太陽はそう悲鳴をあげた。
冗談ではなく本気で自分の今の姿が信じられないらしく、体のあちらこちらを忙しなく触っている。
「た、太陽! あなたどうしたの!? ……はっ! またあなたが何かしたのね!」
そんな人が変わってしまったような太陽の様子を呆然と見守っていた詩衣は、これもリナリアの魔法のせいだと思い、彼女を睨みつけた。
「ふふ。誤解よ。私は彼にかけられていた魔法を解いただけ。きっと急に記憶が戻って混乱しているんだわ」
「記憶が……戻る?」
「……思い出してきた」
詩衣がリナリアの言葉に疑問を抱いている間にも太陽の混乱は収まり、頭の中もはっきりとしてきたようだ。
忙しく動かしていた体を止め、そう何かに気づいたようなハッとした様子で呟く。
「そうだ……。僕はライオンなんかじゃない……。僕の本当の姿はこのオズの……王だ!」
「た、太陽がオズの国の王様!? そんなことあるはずないじゃない! どうしたのよ! 太陽! しっかりして! 西の魔女なんかに騙されないで!」
突如自分のことをこの国の王だと言い始めた太陽の目を覚ますように詩衣が大きな声を出した。
しかし、詩衣の言葉に太陽は首を静かに横に振る。
「ごめん。ドロシー。でも、本当に騙されているわけでも、魔法で洗脳されているわけでもないんだよ。思い出したんだ。僕は間違いなくこのオズの国の王を務めていた男だよ」
そう語る太陽の口調は混乱しているには落ち着いていて、冗談を言っているにしてはあまりに真剣なものだった。
「じ、じゃあ! 太陽がもし本当にオズの国の王様ならなぜライオンの姿をして森の中にいたの? しかも、記憶まで失って! 西の魔女の口ぶりでは誰かに魔法でそのライオンの姿に変えられたみたいだけど、それならいったい誰が何のために? 何の目的があって太陽をライオンの姿に変えたと言うのよ?」
詩衣は急変する現状に半ばパニックに陥りながらも、必死に頭を働かせて疑問を口にする。
「……僕を隠し、守ろうとしたんだ」
その詩衣の問いに太陽は自分自身も記憶を一つ一つ確認するように語り始めた。
「先王である父上が西の魔女との戦で亡くなり、唯一の跡取りである僕が王の座を受け継ぐことになった。僕は戸惑ったよ。だって、今まで戦や政治のことなんて授業で家庭教師の先生から学ぶことくらいしかしてこなかったんだ。だから、いつも現実感がなくて、もし僕が王になるとしてもずっと先の話だと思ってた。それが急に僕にその役目が回ってきたんだ。僕はその突然背負わされた重大過ぎる責任に震え、怯えたよ。西の国との戦も放棄し、西の魔女の軍勢がエメラルドの都に迫って来るのがわかっていても、何もせずに目を閉じた。そんな自分の殻に閉じ籠りただただ震えていた僕の前に――北の魔女と南の魔女が現れたんだ」
「えっ! ルルとグリンダさん!?」
突然話題に出てきた彼女も知っている人物の登場に詩衣は驚きの声を出す。
「二人はこのままでは西の魔女の手にエメラルドの都が陥るのも時間の問題であることを僕に伝えてきた。西の魔女に都が支配されることになれば邪魔な僕は父上のように殺される……! 死の恐怖に怯える僕に彼女達は言った。『ただ逃げるだけでは、すぐにあいつに見つかり、捕まえられる。だから、あいつから逃げるためには姿を変え、記憶も封じて別人になりきらなければない。そのための魔法を自分達がかけてあげる』と……。僕は彼女達の提案に一二もなく飛びついたよ。だって、僕は戦うのも死ぬのも怖い真の臆病者だったからね。自分がいなくなった後の都のみんながどうなるかなんて考えることもせずに僕は首を縦に振った……次に目が覚めた時はもう僕はこのライオンの姿になっていた。記憶も失い、ドロシーに出会うまで森で他の動物達に虐げられる日々を過ごすこととなったんだ」
「……ほ、本当に……本当に太陽がオズの国の王様なの……?」
詩衣は動揺のあまりかすれる声で訊ねた。
だって、今までただのライオンだと思っていた仲間が、ライオンの姿が偽りだっただけではなく、実はこのオズの国の王様だというのだ。
そんな予想外の事実を詩衣は夢物語でも思い描いたことがなかった。




