王の資格
「そうよ。この子は正真正銘このオズの国の王よ。まったく! あの女逹が記憶まで奪って徹底的にこの子を隠したものだから、見つけるのに苦労したわ。東のあの愚かな女が倒れた後、あの女達の怪しい動きを察知して東の国にあらかじめ潜りこませていたこの犬をあなたにつけさせなければ永遠に見つけることができなかったと思うもの。本当に鬱陶しい女達だわ!」
太陽の代わりに詩衣の問いに答えたリナリアはあの女達――ルルとグリンダに対してそう憤った。オズの国の征服を企むリナリアにとって、やはりそれを阻むルル達は邪魔な、目の上のたんこぶ的存在のようだ。
「太陽を見つけるためにトトを私と一緒に旅させたの!?」
リナリアが二人をどう思っているかということより、彼女とトトの出会いが仕組まれたものだったという事実の方が気になった詩衣は驚きで大きな声を出す。
「そう。あんなに北のあの忌々しい女がかまう存在だもの。絶対に何かあると思ったのだけれど、私の目に狂いはなかったようね。それでも王がライオンに姿を変えていると特定するまでには時間がかかったわ。だって、あいつら本当に念入りにその子に魔法をかけているのだもの。嗅覚特化のこの犬では違和感しかわからなかったから、エメラルドの都で王の代わりに王座に座らせていたあの魔力感知特化型の人形に調べさせるまでは本当に魔法がかかっているかどうかも自信がなかったわ。その姿が魔法により変化させられた者とわかってからも同じ魔力を感じる者が三人もいるのだもの。誰が王だかこうして目の前にするまでまったくわからなかったわよ」
「ちょ! ちょっと待って! 三人って……あなた麦と白銀も太陽のように魔法をかけられていると言うの!?」
リナリアがさらりとこぼした新たな驚愕の事実に詩衣は声を荒らげる。
「たぶんそうよ。だって、あの二人から感じる魔力は王から感じるものとまったく同じものだもの。正体は誰かは知らないけど、あのかかしとブリキにもあいつらのかけた姿を変える魔法がかかっているわ。まぁ……今は彼がちゃんと王だとわかったのだもの。あの二人が誰なのか、あの女達が何の目的で魔法をかけたかなんて関係ないわ。こんなどうでもいい話よりもっと大切な話をしましょうよ」
「っ……!」
リナリアはそうにたりと笑うと、詩衣から太陽へと向き直った。
それに伴い一度離れた彼との距離をまた一歩音もなく近づける。
「あなたをわざわざ一人だけこうして生かしているのは他でもないわ。私はあなたに譲ってほしい物があるの」
リナリアは小さな子が親におもちゃをねだるようなわざと甘えた話し方で言う。
「譲ってほしい物……?」
「そう。私は王であるあなたが管理している物――初代の東西南北の魔女達と大地が交わした契約書がほしいの」
「っ……! その存在を知っているのか!」
太陽はリナリアが口に出した言葉に顔色を変える。
「初代の魔女達と大地の契約書? 大地との契約は魔女が交わすものでしょ? なんでオズの国の王である太陽が管理しているのよ?」
一方契約書が具体的にどんな意味のあるものなのかがまったくわからない詩衣は、ことの重大さを実感することができずに頭にはてなマークを浮かべた。
「確かに東西南北の大地と契約を結んでいるのは各地の魔女達だわ。でも、その契約の大本である初代の魔女が作った契約書は、初代の王がオズの魔法使いと共にこのオズの国を統一した際に、忠誠の証として王に献上されたのよ。つまり、現在の契約書の所有者は当代の王である彼ってわけ。――初代の契約は魔女達と大地の契約の根幹よ。その強制力は現在の魔女達の契約を遥かに超えるわ。現に今は魔法の効きが弱く、王の象徴であるライオンを見たたけで解けてしまうエメラルドの都の民の洗脳も、いちいちかけ直す手間がなくなるわ。いや、それだけじゃない。私がまだ攻め入ることのできてない東、それにあの邪魔な女達がいる南北の住人も、私が大地との契約を握っているこの西の国の者達のように私の思うがままになるわ。そう! あの契約書を手に入れた者はこの国のすべての大地の主になることができるのよ!」
「つ、つまり! その契約書があれば現在の魔女であるルルやグリンダ達をはね除けて大地に自分の言うことを聞かせられるってこと!? そんな大切なものを太陽が持っていると言うの?」
大地にその地域を治める魔女達ではなく自分の命令を聞かせることできると言うことは、このオズの国を自分の好き勝手に操ることができると言うことだ。
やっとその契約書がこの国にとっていかに重要なものかを理解した詩衣はことの重大さに戦慄する。
「間違いないわ。だって、彼の先代の王――彼の父親は持っていなかったもの。まったく。本当に強情な人で困ったわ。臣下を人質にして捕まえたまでは良かったのだけれど、いくら問い詰めても渡してくれないどころか、どこに隠しているかヒントさえも教えてくれなかったのだもの。『あれは人が使用していいものではない!』の一点張りで。まぁ、せっかくそんな無敵なアイテムを持っているのに変に意地張って、私相手にさえ使う気はなかったみたいだったもの。それなら危険な戦の場にわざわざそんな大切な物を持ってくるはずがないから、エメラルドの都の自分の城のどこかに隠しているだろうことはまるわかりだったのだけれどね。……だから、体に訊いたのは私の趣味。私が与える痛みに対して必死に声を殺して堪えている姿はなかなかにいい眺めだったわ」
「ひどいっ!」
詩衣はあまりに残虐なリナリアの行いに詩衣は両手で口を押さえた。
「父上っ……!」
太陽も悔しそうに唇を噛み締める。
「そんな風にエメラルドの都にあるとわかりさえすれば、契約書を手に入れるのは簡単だと思ったわ。だって、都に残されたのは温室育ちの王子様だけだもの。途中新たな邪魔者の大臣と元帥が現れたけど彼らも罠に嵌めて倒したから、エメラルドの都も契約書もすぐに私の物……と思っていたのに一つだけ誤算があったわ。それはエメラルドの都を完全に手に入れる前に次代の王であるあなたに逃げられたこと。ねぇ! あなた!」
そこでリナリアは太陽にぐいっと詰め寄った。
「あなたが契約書を持っているんでしょ! 私知ってるのよ! だって、あの城をいくらくまなく探しても契約書は出てこなかったわ! エメラルドの都中もよ! 探した場所には目印にエメラルドを埋め込んでいったから間違いないわ! あなたが隠しているんでしょ! 早く出してよ! 私にちょうだい!」
「太陽! だめっ!」
リナリアに契約書が渡ってしまったらオズの国はそれこそとんでもないことになる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
「あなたは黙ってなさい!」
「くっ……!」
リナリアは側にいた詩衣の首を片手で掴み上げた。
「は、はなしてっ……!」
詩衣は苦しさから必死にもがいたがリナリアの腕はまったく弛むことをしない。
「ドロシー! やめろ! ドロシーに手を出すな!」
「あなたが素直に首を縦に振ってくれさえすればこんなことしなくていいのよ。ほら。おとなしくうなずいて」
リナリアは態度を一変させ、今度赤ん坊をあやす母親のような甘い声を出し太陽を促す。
「…………」
しかし、太陽はうなずかなかった。
黙ってリナリアの顔をただまっすぐに見据える。
「なんで! 何を迷うことがあるのよ! どうせあなたは戦うのも、権力を握るのも怖い臆病者でしょ? おとなしく私の言うことを聞いてくれるならあなたもこの娘の命も助けてあげるわ! 私がこの国を支配してもあなた達にだけはそれなりの待遇を用意してあげる! さぁ! 素直に契約書を、このオズの国を私に譲ると言いなさい!」
「…………だ」
太陽は小さな声で何かを呟いた。
「え? 何て言った……」
「いやだ!!!!!!」
城中に響き渡る程の大きな声。
太陽が発したのは明らかな拒絶だった。
「な、何でよ? あなた怖いんでしょ? なら、逃げればいいじゃない? 私はあなたとついでにこの娘は助けてあげるって言っているの! なら、他の人間がどうなろうとあなたには関係ないでしょ? あなたは一度すべてを投げ出して逃げたんだからさ!」
リナリアは太陽の選択を心底理解不可能だというように彼を問い質す。
きっと太陽がうなずくことを疑っていなかったのだろう。
声からは隠しきれない動揺が滲み出ている。
「確かに僕は臆病者! 一度は恐怖に負けて何もかも置き去りにして自分だけ逃げ出したさ! だって、城の中だけの狭い世界で生きてきた僕にとっては、この世界は僕と数人でしか構成されていなかったから、自分の選択でどれだけの人間に影響を及ぼすかなんて考えてもみなかったんだ! でも、ドロシーに会ってからみんなと旅をすることになって、たくさんの人に出会った! このオズの国がたくさんの一人、一人が集まって構成されていることを知り……王の責任の重さを知ったんだ! 僕はもう逃げない! 国が国民あってのもので、王一人でできているわけではないことを知らない君に王の資格はないよ! この国を自分の好き勝手にしようとしている君にこの国は絶対に渡さない! オズの国の王は僕だ!!!!」
そう高らかに宣言した太陽は、まるで彼が一回り大きくなったような錯覚を見る者に与える程の威厳にあふれていた。
頭上にはあるはずのない王冠が爛々と輝いている気までする。




