第4話 おっさん、家族が出来る
ガロードへの輸送隊出発まであと二日——
談話室の鈍い灯りから、きらきらとした光が降りてくる。
「姉ちゃん! 俺、明後日の護衛隊に選ばれた! カルロさん、俺は筋がいいから今度実戦出ようって!」
使用人棟にある談話室の、ソファーの一つ。ヴェッカが隣に座る姉のミレーヌに、弾んだ声を出していた。
使用人棟は男女で階が異なるため、今日は週に一度の、夕食後に姉弟でおしゃべりする日なのだ。
「まあ! すごいわヴェッカ。毎日剣の素振りした甲斐があったわね」
ミレーヌの、弟と同じ青髪、面差しのよく似た顔が華やいだ。さらに、聞いていた周囲の者達からもすごいな、頑張ったなと褒められる。ヴェッカは頬が緩むのを止められなかった。
「あ、ちゃんと荷仕事もやってるからな、姉ちゃん。持ち上げ方とか、運び方とか、力だけでなくバランスがすごくためになるってカルロさんが」
「ふふ。ヴェッカはカルロさん大好きね。明後日、頑張って。無事に戻ること、祈っておくわ」
うん、とヴェッカは拳を握り込んだ。先月までは、豆や水膨れでじくじく痛むばかりだった掌も、今はかなり厚くなっている。
まだまだ及ばないけど、あの人に少しずつでも近くなっていると思えてきて、手がじんと熱を帯びた。
二日後、空が淡い水色に変わる朝早くに、輸送隊はガロードの街へ出立した。行きは何事もなく到着し、ヴェッカは鞘に収まったままの剣の柄をたまに撫でることしかしなかった。
剣が抜かれることになったのは、帰路でローグラン森の側を通った時だ。
御者台から飛び降りたカルロが、声を張り上げる。いつもの、のんびりとした響きは微塵もない。
「荷馬車を守る! 二人一組、盾持ちが前だ! 出過ぎるなよ、確実に、一匹ずつ仕留める!」
肌が粟立つのは、日が陰り始めたからではない。多数の殺意が自分達に向けられているからだと、ヴェッカは剣を構えながら実感していた。
ヴェッカ達を囲むのは、ホーンラビットの群れだった。額から鋭利な角の生えた、野生の狼ほどの大きさの魔獣兎。
ぎらりと光る赤い目に、膝が震えそうになる。
その時、カルロの言葉が脳裏に弾けた。
——驚け。そこから、どう動けるかだ。
肩を上下させながら、ヴェッカは魔獣を睨む。
ホーンラビットの大きな個体が角を上に反らせると、数体が突っ込んできた。盾持ち達が並んで構え、突撃を止める。
剣を握り直し、ヴェッカは一歩を踏み込んだ。
「あああああっ!」
叫びながら、角を切り落とす。耳をつんざくような悲鳴に耐え、くねらせた肉を切り裂いた。弾力のある感触が剣を通して伝わり、身体が身震いをする。
だが、ヴェッカは目をつぶることはなかった。
ヴェッカが剣を抜いた時には、群れは散り散りになっていた。はあはあと息を整えながらカルロを探して首を巡らせる。
合図を出していた個体が、カルロの側で息絶えている。すぐ近くには、さらに三頭が横たわっていた。
声の出せないヴェッカの耳を、カルロが揺らす。
「よくやった! 怪我はないか、…………っ、警戒しろ、来るぞっ!」
生温い大気が、一瞬で冷気となった。森を睨むカルロの顔が強張っている。ヴェッカも顔を向けたかったが、ぎこちなく眼球を動かすことしか出来なかった。
飛び出してきたのは、毛足の長い黒い影。
跳ねるように走り、鈍い唸り声は呪いの言葉のよう。
「動け! ホーンラビットの死体から離れて、馬を隠せ!」
カルロの声に、ヴェッカは弾かれたように立ち上がった。側にいる者達と数歩後退し、顔を見合わせてから荷馬車まで戻った。
心臓の鼓動が早すぎて、声が出せない。
「お前達はさがってろ、俺がやる!」
黒い影は狼のような魔物だった。カルロはいつの間にか斬り落としたホーンラビットの頭を左手に持っていて、魔狼はそれを狙って突進していた。
衝突の寸前に頭を投げ、一閃。魔狼がギャウン! と高い悲鳴を上げたが、まだ動いていた。距離を取ってからの、再度の突進。
何度目かの攻防で、カルロが顔を顰めてよろめいた。
ヴェッカは、自分が大きく息を吸ったのがわかった。
——研ぎ澄ませて、驚いた後に、何秒で動けるか。
意識する前に、足が動いていた。走り、走り、カルロの元へ。カルロに前脚を振り下ろそうとする魔狼へ剣を思い切り突き入れた。
岩に当たるような感覚があったが、ヴェッカは剣を離さなかった。首がきゅっとするほどの唸り声をあげ、魔狼が再び離れていく。
「カルロさんっ、援護します!」
そう言った時、ヴェッカの目に陽光が入った。カルロが右膝に左手で触れている。指の隙間の何かが、光を反射したのだ。
ヴェッカが目を細めた瞬間、カルロの姿が消えた。そしてすぐに聞こえる、魔狼の断末魔。
「もう大丈夫、護衛成功だ! 特にヴェッカ、ありがとう」
魔狼の側にいたカルロが、笑顔で立ち上がる。
後ろから聞こえる、勝利を祝う声。自分も喜びたかったのに、ヴェッカは足に力が入らなかった。
セイデン商会まで戻った翌日、ヴェッカは小躍りしながら通路を歩いていた。
これで姉ちゃんと暮らせる日が近づいた。鼻歌混じりでいたら、書類を持ったカルロとぶつかりそうになった。
「おお、ヴェッカ悪いな。集中してて見てなかった」
「いえカルロさん、俺こそごめんなさい。次の護衛輸送路についてですか?」
「いや。商会に新しい住居を紹介してもらったんで、その地図」
「えっ、どこですか!?」
ヴェッカは地図を覗き込んだ。カルロが冒険者ギルドの寮から通っているのは知っている。
「何だヴェッカ、何かあるのか?」
カルロにきょとんとされ、ヴェッカは口ごもった。
「ええと、俺も引っ越したいなって。姉ちゃんとは今、週一しかまともに話せないから、寂しくて。一緒に暮らせば、もっといられるから」
両親が死んで、ヴェッカとミレーヌは親戚の伝手でここで住み込みで引き取られた。よくしてもらっているが、どうにも夜に悲しくなる時がある。
「……それで剣を頑張っているのか。給金に上乗せされるもんな」
「はい、そうです。なんか、子供ですみません」
ヴェッカは愛想笑いを浮かべたが、理由が寂しいからなんて情けねえな、と言われるかも知れない。つい、石床に視線を落とした。
しばらくして、頭の上からヴェッカ、と呼びかけられた。
「それなら、一緒に住むか? 食費は折半してもらうが、二人増えてもなんとか部屋も足りるぞ」
何を言ってるのか、わからなかった。だが急に、脳裏に浮かぶ姿。自分の話に笑う姉。カルロが向かいに座り、もう遅いから寝るぞと促すのだ。
「はい! 是非!」
返事がすごく早くなったと思う。ヴェッカは目を丸くしたカルロの手を取ってぶんぶんと振り、お願いします! と大声で言った。
◇◇◇◇◇
ヴェッカの反応は予想してなかった。いや、誘ったのは俺だが、こんなに喜ぶとは思わなかった。
おいおい、家族だと思いますね、は気が早い。
でもこの年になると、若い者達の頑張りや強がりがよく見えるようになるもんだ。
俺もヴェッカの年の頃に家族が死んで、すごく寂しくなったからわかる。
十七なんて、まだまだ甘えていい。
しかし、家族か。持っておかしくない年だが。
嫁さんより先に、子供が出来ちまった。




