第3話 おっさん、少年に懐かれる
「男に二言は無いからなっ! おっさん、ちゃんと覚えとけよ!」
元気なことだ、十七、八か? まだ身体の線が細い、青髪の若造。木剣はしっかりと持てているな、体幹は悪くない。怯えのない、いい目もしている。
「ああ、覚えてるよ。さっさとやるぞ」
「偉そうに言うんじゃねぇよ、おっさん!」
「おっさん、後で泣いても遅いからな!」
おっさんおっさんうるせえ。
俺はセイデン商会の、使用人棟の裏手にある中庭にいた。俺と若造を囲んで囃してるのは、二十代が中心の十人ほどの男ども。
さっきまで商会の、管理番頭だったか? 恰幅のいい、俺より一回りは上の、紛れもないおっさん。そのドルトンが俺を紹介している時は大人しかったのに、いなくなったらこれか。
「ヴェッカ、気張れよっ! 冒険者崩れが偉ぶるなって教えてやれ!」
冒険者崩れか、随分な言い様だ。これでも二十年冒険者を続けたんだが。ドルトンもちゃんと説明していたのに。
よし、崩れでないところを見せてやろう。
「ヴェッカと言ったか? ちゃんと構えろ、すぐに動けるように」
「な、おっさんだって構えてないだろっ!」
「ハンデだよ、構える時間をくれてやる」
確かに俺は剣を下ろしてる。でも一歩前に出たら、ヴェッカはわたわたしながら両手で剣を持った。素直なのは褒めてやるが、剣先がブレブレだ。
持って真っ直ぐ立つだけじゃ意味が無い。
剣ってのはどれだけ、動く準備ができるかだ。
俺は右足を軽く引き、腰を落とした。剣を右手だけで止め持ち、左手を側に添える。
中庭に吹く風が、俺の髪と服を揺らしていった。
「来い」
「……っ、う、うう」
ヴェッカは動かない。剣がぶるぶる震えてる。周りの野次も、いつの間にか止んでいた。
「来い。来ないならこちらからいくぞ」
「ひっ、う、うわあああっ!」
息を呑んだヴェッカが、突っ込んできた。大上段に構えた剣を、力任せに下ろそうとする。バカが、目をつぶってどうすんだ。
——カツーンンッ、カラ、カララッ。
小気味いい音がして、一本の木剣が石畳を鳴らしていた。俺が落としたヴェッカの剣だ。ヴェッカは尻餅ついてやがる。情けないが、仕方ないか。
木剣とはいえ、首筋にあるのはビビるもんな。
「俺が勝ったら、ちゃんと俺の指導を受ける。約束だ」
「う、うぅう」
「ヴェッカ、よくちゃんと突っ込んできた。お前は見所があるぞ、俺が強くしてやる」
「えっ!? ほ、本当に!? でも俺、今。すごく生意気なこと、してたのに……」
「気にすんな。お前のやる気だと思っとくから安心しろ」
現金な奴だ。さっきまで泣く寸前だったのに、もう犬っころみたいに尻尾振ってやがる。
俺はヴェッカの手を引いて起こした。それから、周りに向かって声を張り上げる。
「他の奴等も安心しろ! 俺とやれば強くなる。二十年冒険者やったベテランが保証してやるぞ!」
固まってた周りのやつらが、止めてた息を吐いたように身体が緩んでいくのがわかった。でも歓声をあげるものでも無いだろ。
やりすぎたか? 冒険者時代の癖だな、ついつい言葉が大きくなっちまう。
少し経ち、俺は中庭の端に置かれた木箱に腰を下ろそうとした。随分と暑くなってきたんで、建物でできた日陰がありがたい。
ぴり、と右膝に痛みが差す。油断するとこれだ。
始めるぞ、と声をかけると威勢のいい声が「はい!」と揃う。いや、直立じゃなくて座っていいぞ。ヴェッカ、近い。俺の足が当たるところに座るな。
「まず聞く。護衛の仕事で一番やってはいけないことは何だと思う? 裏切りは論外だぞ」
はいはい! とヴェッカが手を挙げる。最初とえらい差だ。周りは目を細めて見てるってことは応援の野次といい、可愛がられてるようだ。
「よし、ヴェッカ。答えてみろ」
「驚くことでしょ? びびって動けなくなる」
「じゃあ大事なことは何だ」
「驚かないことですよ。度胸と慣れでしょ」
まんま反対言いやがって。俺がじっと見たら、ふふんと胸を反らすなよ。まずい、吹き出しそうだ。
違うからな。
「逆だ」
皆の前で手を振る。ヴェッカが「えっ」と声を挙げてから、小さくなっていた。
「驚くのは当然だ。それよりも、わかってるから平気。慣れたから楽勝。それが良くない。死ぬぞ」
俺が眉間に皺を寄せると、皆の顔が強張った。
ヴェッカも黙ったままだ。
「驚け。警戒しろ。常に研ぎ澄ませて、驚いた後に、何秒で動けるか。そこがポイントだ」
立ち上がった俺は無言で木剣を手に取り、ヴェッカに放った。ちょっと来いと輪から離れる。
建物の向こうから、馬の嘶きが届く。
「ヴェッカ。今から行くぞ。わかったな」
頷くのを確認し、俺は距離を詰めた。
ヴェッカが木剣を向ける前に、俺は三回、素手で軽く胴を叩いていた。
しん、とした石畳に、足音が反響した。
「驚いただろ。で、その後何をした?」
「は、はい。えと、びっくりして、……何も」
「そういう時は、まず距離を取れ。考える時間を作れ」
ぽんぽんと肩を叩くと、ヴェッカがようやく剣を構える。しばらくすると剣を下ろし、視線が俺と剣の間を何度か往復した後、黙って頷いた。
◇◇◇◇◇
セイデン商会に雇用されてから、一月後。最初の報酬を貰ったその日、俺は約束通りにグロリアと夕飯を食うべくテーブルを囲んでいた。
『茶兎と赤鶏』という、兎料理と鶏料理の旨い店。麦酒が進む。
「グロリア、確かに旨いなここ。この茶耳兎のソテーの辛み、最高だ」
「良かった、カルロ。その、セイデン商会ではうまくいっているようだな、安心した」
心配してくれてるのか、面倒見のいいこった。
しかし、今日は雰囲気が違って見える。女物を着てるから特にだ。会ってすぐに褒めたら、珍しく慌てていた。悪かった、おっさんが浮かれて。
「お陰様だな。指導教官なんておっかなびっくりだったが、教わる奴らが気のいい連中でな。特に、ヴェッカという若いのがいるんだが、十七だからか伸びがいい。最高の次を用意してくれた、ギルマス様に乾杯」
俺がジョッキを翳したら、グロリアは軽くグラスを上げて応じる。もしかして酒は強くないのか、一杯目なのに、もう顔に赤みがさしている。
「もう実戦には出たのか?」
「二週間後だ。ガロードの街への平原ルートを使う」
ガロードの街なら、朝に出れば昼過ぎには着くことができる。現在、剣を見てる三十人のうち、連れて行くのは十人ほど。自慢出来る教え子達だ。
「そうか。武運を祈る」
「ありがとよ、グロリア。あんたに祈られるなら、成功間違いなしだ」
グロリアの言葉に、俺は片目をつぶって応じる。
あそこで気を付けるのはホーンラビットの群れとナッツハウンドぐらい。初陣にはぴったりだ。




