第94話 あきらめろ!
(えっ、リスリー何でいるの?)
岩戸さんに料理指導をするために、いつもお昼は屋敷だろ?
そっちはいいの?
「リスリー」
俺が彼女にそのあたりを訊ねようと思ったとき。
彼女はつかつかつかとやって来て。
俺の隣の席に腰を下ろした。
……よく見ると。
彼女、普段着じゃなかったな。
普段の彼女は丈夫そうなシャツとズボンっていう、動きやすさを重視した格好なんだけど。
そのまんま、上に革鎧を着用しても問題ないような。
騎士という彼女の身分に相応しい格好を。
でも今日の彼女は……
白いワンピースみたいな、小奇麗な服だった。
上品で、どこかのお嬢さんみたいな。
(リスリー、こんな服いつ買ったんだ……?)
一緒にフラフラしてたとき、こんな服を持っていなかっただろ……?
で、そんなリスリーに
「ヤムイアエカトウオーダレドロ?」(ご注文をお願いしていいですか?)
キャサリーンさんが注文を取りに来た。
だけどリスリーは
「イアリウエヴァエトエマス、イザールプ」(私も同じものを下さい)
……は?
何でそんな頼み方なの?
いきなりやって来て、俺の隣に座って。
注文を取りに来たウエイトレスさんに向かって
同じものをくれ。
……誰と?
訳が分からない。
そしてその注文を出すときのリスリーの表情……
なんか目力がすごかった。
この目は……前に見た。
あのときだ……
ゴワケと戦ったとき。
彼女はゴワケにこんな目を向けていた。
じゃあ、敵だと思ってるってことか……?
どうして……?
いや、それは早計……
色々と考え、俺は何も言えなかった。
キャサリーンさんはリスリーのその注文に
少し動揺した表情を見せていたけど
「イルニアトレック」(かしこまりました)
少し躊躇った後、そう言って厨房に引っ込んでいった。
訪れる沈黙。
何だか、他の客もリスリーに注目している気がする。
なので俺は
「リスリー、どうして今日来たの?」
囁くように日本語で訊ねる。
リスリーは俺に笑顔を向けて
「……戦わないことが恥である、って言葉がありまして」
そんなことを。
元々、日本から伝えられた言葉らしい。
負けることが恥なのではなく、戦わないことが恥である。
戦わなかったことを後悔することは何より酷い傷になる。
そういう言葉が、この国にはあるらしい。
俺は聞いたことは無かったけど、日本から来た言葉だそうだ。
……納得は出来る言葉だけどな。
勝てそうにないからと立ち上がることを見送り、チャンスを待って。
結局チャンスが巡って来なくて。
こんなことなら、あのときに立っておけばよかった。
多分負けただろうけど、それでも今よりはマシだった。
そう、後悔するくらいなら。
勝てそうになくても立ち上がった方が良い。
(リスリーが言いそうな言葉でもあるよな)
その言葉を聞いたとき。
俺はそうも思った。
彼女も「間違った方向に進もうとする祖国」を正す機会が巡って来たときに、立ち上がることを選択した。
多分それも「あのときに転移者からの提案に乗っておけば良かった」と思わないために決断したんだと思うし。
だけどさ
「何と戦うんだよ……?」
俺はそう彼女に訊ねる。
だけど
リスリーはその言葉に答えようとしなかった。
聞こえなかったのだろうか……?
なんとなく、もう1度同じことを訊くのは躊躇われた。
空気が悪くなる気がしたから。
そしてそこで迷っていると
「イレッヒスィウオーダルドラ」(ご注文の品です)
……キャサリーンさんが。
お盆にチキンカレーを2つ並べて。
注文の品を運んで来た。
そして俺とリスリーの前に配膳し
「ヨジュネウオーダリエム」(ごゆっくりどうぞ)
そう言って、去ろうとしたときに。
その背中に
「イザールプエヴィグプーノウグニイルラムミッヒ。トレッヒスィオンムールロフウオーオトペッツニ」(彼と結婚するのは諦めて下さい。あなたが踏み込む空間が存在しません)
リスリーはそんなことをスラスラと言った。
彼女の話した内容が俺の脳内で日本語に変換されたとき。
俺は動揺した。
訳が分からなくて。
だから
えっ? リスリー?
キミは一体何を言ってるんだ?
……と。




