第76話 日本語ややこしいな
1がイーノ、2がオウト、3がイールト、4がルオフ……
俺はリスリーが教えてくれた数字に関するノーザリア語訳をメモしていた。
するとだ
「マサヤ様、それが日本語の文字なんですか?」
俺の手元を覗き込んで、リスリーが興味深そうにそんなことを言って来た。
その言葉に俺は驚く。
「リスリーは日本語の文字は知らないのか?」
日本語をあれだけ完璧に話せるのに。
日本語の文字を知らないなんて。
でもリスリーは頷いて
「ロブミス……ノーザリア語の文字で書きますね。日本語」
例の28文字のノーザリア文字のことか。
あれは多分発音を表現する文字だから、そういうことも可能だろう。
でもさ
「日本語の文字無しで、例えばどうやって犬の読み変えに対応してるの?」
疑問に思えたからそう訊ねると
「ヨミカエ?」
どうもピンと来てないらしい。
リスリーは小首を傾げる。
だから具体例を口にする。
「日本語だとさ、犬はイヌって言うけど、犬の種類は犬種、狩猟に使う犬を猟犬って言うじゃん」
それでようやく彼女に言わんとすることが伝わったらしく。
リスリーは頷き
「そこはそういうものだと覚えてます。日本語を作った人たちがそうしたんですよね?」
そんなことを。
えっと、それで理解できるの?
そう思ったけど……
そういや、俺たちだって英語で
be動詞が何故あるのか。
takeとhaveは同じ「持つ」という意味があるのに使い分けがあるのは何でか?
そこを深く考えて学んだか?
……してないよな。
一応、ふと疑問に思ったときにソウジに訊ねたら、本当のところの話をして貰ったことはあるけど、それまでは全く英語を勉強できてなかったのかと言ったらそんなことはないし。
リスリーの言う通り「そういうもん」と思って学んでいた気がする。
だから
「なるほどね。分かった」
納得したから俺がそう返すと
「……文字が分からないと何故理解できないと思うんですか?」
逆にリスリーが質問して来た。
「はぁぁ、なるほど」
俺が犬という字と。
犬種という字を紙に書いて見せたんだ。
漢字で。
それを目にしたらリスリーは
「そういうことだったんですね。文字で書くと同じ字を使うのに、読み方が違うんですね……」
感心したように唸り、頷く。
俺はついでに
「読み方は一緒でも、字が違うパターンもある」
そのことにも触れる。
犬歯、検死、剣士と書きながら。
それはリスリーに大きな衝撃を与えたらしい。
「そうだったんですね……! 実のところ、コウショウという言葉に……」
話し合うという意味とか。
接触するという意味とか。
調査し考えるという意味とか。
他にも色々意味があるのはどういうことなんだろうと思ってました……。
リスリーはそう言って、俺の書いた漢字を見つめながらしきりに頷き続けていた。
俺はそのリスリーの様子にちょっとだけ優越感を感じた。
ずっと教えられる側だったから。
逆に教える立場になれたのが何だか気分良い。
でもさ……
言われてみれば、日本語って同じ音で違う意味の言葉が腐るほどあり過ぎないか?
他に俺が例示した猟犬だって。
了見があるし。
犬種だってきっと何かあるだろ。
パッと出て来ないけど。
日本語ってややこしいな……
俺は日本人だから普通に使ってるけどさ。
というか、改めて考えてみると何故俺はこの言語を習得できたのか理解できなくなってきた。
この言葉を貴族と王族の日常語にしたノーザリアの支配階級の人たちって……
メチャクチャすごくないか?
俺は純粋にそう思った。




