第75話 世界中ノーザリア語を話します
「えっ、リスリー。無理にしなくて良いって言ったよね?」
「ええ。ですから一切無理はしていません」
リスリー曰く、ここでの暮らしでやったことは食事を作ることだけ。
家の掃除や洗濯などの他の家事はしていない。
だから全然無理ではない。
それがリスリーの言い分で。
彼女がそこまで言うのであれば、俺としては彼女を気遣い帰らせるのは違う気がした。
そんなの、俺が本当はノーザリア語を覚えたくないみたいじゃないか。
覚えたく無いのに、ポーズで学習意欲だけ見せておく。
そんなのカッコ悪いの極みだろ。
リスリーを自分の部屋に迎え入れる。
俺の部屋には小さい書き物机があった。
このお屋敷、岩戸さんとトオルの方針で土足厳禁だから。
所謂、ローテーブル。
素足で座り込んで、使用する形。
絨毯が敷かれた床に座るための座布団もあった。
……ノーザリアの家は一般的に、俺たちの世界の海外みたく土足文化だと思うんだが。
リスリーの実家は少なくともそうだった。
でもこの国は昔から日本人が異世界転移してくることが頻繁にあった国だから。
こういうことは普通にあったのかな。
靴を脱ぐ文化に合わせた家具が必要になること。
そんなことを思いながら、俺たちはローテーブルを挟んで座る。
リスリーと2人向かい合って座ることに俺は
ちょっとだけ、気分が高揚した。
「ではまず、身の回りにあるものの単語から覚えていきましょうか」
リスリーはそう言って俺にA4くらいの紙を数枚手渡して来た。
紙……見たところ、白い。
強度も結構強め。
紙ってそんなに文化的には低級な代物じゃ無くて。
紙が出現するまでは、板切れや生き物の骨に文字を書き込んでいたんだよな。
地球人類は。
……この世界、日本人が良く転移してくるから、製紙技術ってやつが文明レベルに似合わないくらい発展してるのかな?
俺は紙の業者じゃ無いから断言はできないが……
そんなことを渡された紙を見ながら考えていると。
「書くのにはこれを使ってください」
続いて。
リスリーは筆記用具を差し出して来る。
前にセレーネさんが使用するのを見た覚えがある。
棒状の。石みたいな。
セレーネさんは確かこれに白い布みたいなのを巻きつけていた気がする。
それは多分、手が汚れるからだろう。
触ってみて分かった。
……これ、鉛筆の芯じゃんよ。
大きさが全然違うけどさ。
「これってなんて言うの?」
訊ねると
「エティパグです」
エティパグ……
多分ノーザリア語なんだろうな。
便宜上俺はこれは鉛筆モドキと呼ぶことにした。
「犬はドヌオー、馬はセスロー……」
取り敢えず俺は、リスリーが言う「身近なもの」に対する単語をメモする。
日本語で。
ノーザリア語の部分はカタカナ表記。
書きながら
「ノーザリア語は複数になることで、名詞に変化が出ることはあるの? 彼らとかそういう代名詞じゃなしに」
ふと思ったから、そう疑問点を質問。
英語だと名詞の後ろに「s」がつくと複数形になるよな。
それに対しリスリーは
「いえ、そういうことはないですね。でも、それは日本語にも無いですよね?」
「基本無いけど、俺たちの世界ではそういうルールがある言語が他にあるんだよ」
「そうなんですか」
なんだか不思議そうにリスリー。
何が不思議なんだろうと思ったから
「この世界にはノーザリア語しか言葉は無いの? 日本語以外には」
そう訊いたら
「いや、ありますけど……基本的に、他の国がノーザリア語を話すので」
そんなことを。
別に神聖ノーザリア王国の民が他の言語を学ばなくても、外国勢力がノーザリア語を話す。
だから基本的に、ノーザリア語以外の言葉は専門職以外は学ぶ必要が無い。
そういうことらしい。
そこで俺は
(……つまり神聖ノーザリア王国では、外国語を学ぶのは基本的に考えなくて良いのか)
そこに思い当たった。
それぐらい、国としての規模が常識外れってことかもしれない。
そこに俺は、この国の底知れなさを感じた。




