第36話 初めての魔物戦
そこにいたのは恐ろしくデカいイノシシだった。
色は黒。
牙が「お前は象か」と言いたくなるくらい飛び出て、反り返っている。
大きさ自体は俺より確実にデカイ。
3メートルはありそうだ。
「あれはパイアですわね。……ちょっと注意が要りますわ」
セレーネさんは小声で弓を引き絞る。
「強いんですか?」
俺の問いに頷き
「気軽に狩れる魔物じゃないですわね。とても強いですわ」
真面目な声でそう言い、続けて
「あとそうそう……魔物は例外なく肉食傾向を持ってますわ。多分元々ダンジョンを守護するために生み出された生き物だからだと思うんですが」
確かこの人、魔物の研究家なんだよな。
貴族階級が学問や研究に精を出してるってのは、中世ヨーロッパではあるあるだったみたいだけど。
なんか、ものすごく貴族っぽいなこの人。
なんというか、生き方が。
「パイアの弱点は、心臓と脳と首筋の血管です」
囁くように言う。
リスリーも口を挟む。
「姉さま、具体的には?」
「眉間、耳の後ろ、前足の付け根」
スラスラとセレーネさん。
「今逃げる選択肢は逆に危険です。多分追いかけて来ますから」
セレーネさんの言い方だと、もうすでにあのイノシシこっちに気づいてるのか。
……弓を使うつもりみたいだけど、セレーネさんの弓は普通の弓にしか見えない。
それであれが殺れるのか……?
相手、3メートルはあるんだぞ?
そんなの玩具みたいなもんじゃないのか……?
そう思っていたら
「天空の精霊エアリーよ……」
セレーネさんが詠唱をはじめた。
……この人も魔法使いなのか!
まあ、魔王領に頻繁に出入りするってことは、それが普通なのかもしれないが……
正直この人がこれからやることに想像がつかなかったので、何をするのかに興味があった。
自然と視線が向く。
彼女の詠唱は続く
「我に天翔ける隼の翼を授けよ」
……相変わらず中二くさいな。
まあ、精霊のテンションがこれでアガるんだからしょうがないか。
彼女は真剣に詠唱の文言を唱えてる。
これ、俺も言わなきゃダメなのかなー?
俺、高校生なんだけど?
でも、仕方ない。
やれというならするしかないわけで。
俺だけ我儘を言うわけにはいかないよな。
遊びじゃ無いんだ。
イノシシが振り返った。
そして動き出す。
蹄で地面を数回準備運動するように掻きむしり、次の瞬間こっちに向かって走り出す。
突進……!?
俺の肝が冷える。
あの巨体のぶちかましを受けたらただでは済まない。
だけど
そんな俺の前で、セレーネさんの身体がふわりと浮く。
さっきの魔法詠唱、飛行能力を得るための魔法だったのか。
イノシシが突進して来るが、その速度が緩まる。
飛行し始めたセレーネさんに反応しているんだ。
セレーネさんは飛び道具を持っているから、こっちの方を警戒すべきと思ったのかもしれない。
そのとき、俺の頭に閃くものがあった。
今、あのイノシシ俺たちを無視している。
だったら……!
俺は飛び出す。
そしてまだ止まり切れずに突進を続けているイノシシの前に出て……
その眉間に、全力の右拳を叩き込んだ!
当然、拳のインパクトの瞬間にスキルを使用し、俺は鋼鉄化する。
ドンッ! という音がした。
結果
「えっ、どういうことですの……!?」
空を舞っていたセレーネさんが呆気にとられた声をあげた。
「マサヤ様……」
リスリーも同様だ。
声が震えていた。
俺もまあ、かなり驚いていた。
……俺の足が、足首まで地面に埋まってる。
イノシシの突進のエネルギーを受け止めた結果だと思う。
緩まっていたとはいえ、まだかなりのスピードはあったと思うし。
鋼鉄化してなきゃ足が確実にイカれていた。
そして俺の右の拳は、明らかに骨折していた。
ここだけは直接生身でぶつかるのは避けられないし。
痛ってェ……!
そしてイノシシは倒れていた。
頭が原型をとどめてない。
周囲にピンクに近い白いものが飛び散ってる。
これはイノシシの脳かもしれない……!
「大丈夫ですか?」
駆け寄って来るリスリー。
俺は彼女に「大丈夫」と短く答え。
こう続ける。
「……拳以外は」
襲って来た激痛に耐えながら。
俺は痛みのあまりしゃがみこんだ。
足が埋まっていたけど。




