第32話 その女、セレーネ
突然の声の方に顔を向けると、女が立っていた。
ウェーブの掛かった、茶色の柔らかそうなロングの髪を後ろで括り、狩人のような茶色い山衣装で身を包んだ女が。
顔つきに品があって、どことなくリスリーに似ている気がした。
この女性がリスリーの従姉か……。
多分リスリーより年上だな。
姉さまって言ってたし。
リスリーは俺と同じかちょっと年上だと思うけど、この人は絶対俺より年上だ。
完璧に大人の女性で断言できる。
「どうしたんですか魔王領に!? 久しぶりに会うのがこの魔王領だなんて!」
「お久しぶりです! 1年ぶりでしょうか!?」
2人はハグし合って再会を喜び合っている。
良かったな、と思う。
そして
「髪型が違ったから最初違うかなと思ったんですが、顔をよく見て間違いないと……髪を何故切ったんですの?」
リスリーの従姉……セレーネさんはひとしきり再会を喜んだ後。
リスリーの外見で起きたその一番の変化について訊ねた。
リスリーの表情が固まった。
躊躇いがある……
言いにくいのか。
当たり前だけど
だから
(俺が言った方が良いのか……?)
ふとそう思った。
彼女の今の境遇について。
だけど
(従姉との関係性はリスリーのものだろ)
俺が口を出すのは違うよな。
彼女が国に反逆を起こして、現在俺を連れて逃亡中だなんて。
俺は不安だったけど、思い止まって見守ることにした。
リスリーならやってくれる……!
沈黙。
数秒、いや……十数秒か。
セレーネさんが言った。
「ええと、言いにくいのであれば無理に言わなくてもよろしいですわよ?」
従妹の沈黙から、他人に言えないような理由で髪を切ったのだと判断して、気遣いの言葉を。
だが
その言葉に
「……実は、私は……いえワタクシは国を裏切りました」
リスリーはそう返したんだ。
絞り出すような声で。
セレーネさんの表情が強張った。
「……なるほど。あのポッと出、とうとうそんな真似をし始めたんですのね」
セレーネさんはリスリーからここまでの流れについての話を聞き、そう吐き捨てるように言った。
そして
「リスリー」
彼女は真っ直ぐにリスリーを見つめて
「私には立場がありますから、この魔王領の外では手助けは出来ませんわ。そこは理解して頂戴ね」
そう、言い切る。
大っぴらな手助けはしてやれないと。
俺は流石に自分勝手だと分かってるけど、その言葉に少しショックを受けた。
他者からの助力を受けられる程度が下がるのは俺の最終目的に直結するし。
しかしリスリーは
「もちろんです。姉さまのフォーシュライン家はメルディール家と違い大きな家ですし……加えて姉さまは家督を継ぐ可能性はほぼありませんから、決断権もありません」
その言葉に落胆するどころか、平然とした声でそう返したんだ。
……確かこのセレーネさん……立場的にはスペアのスペアらしいし。
つまり上に2人以上の家督継承権を持つ人間が居るってことだろ。
そんな人間が、確かに家を潰すかもしれない決断は出来ない。
リスリーの家はリスリー自体が家の中心人物に近かったからできたことなんだ。
リスリーのその言葉にセレーネさんは
「ありがとう。嬉しいわリスリー」
「姉さま」
そう言って、再びハグ。
リスリーの国への反逆……
それがこの2人の仲を壊すことにならなくて、ホッとして俺は胸を撫で下ろす。
2重の意味で。
それはリスリーがこれ以上辛い目に遭わなかったことと……
この魔王領にいる間は、このセレーネという人の協力を得ることが出来るということ。
その2つだ。




