第27話 土壇場の閃き
アガッドの蹴りの衝撃は、俺を真横に吹き飛ばす。
吹き飛ばされて石の床に転がる俺。
遅れて襲ってくる激痛。
悲鳴が洩れそうになったが必死で耐えた。
歯を食いしばって立ち上がる。
「ヘッハ、ティデクロースィットエミット。アイトノドイリァーテグウォーティスクロウ」
アガッドがハイキックを繰り出した片足立ちのポーズのまま、ノーザリア語で呟く。
今度は俺に攻撃が入ったから、興奮しているように見えた。
連続攻撃なら通じるかもと思ったのかもしれないな。
まぁ、正解だったんだが。
で、その思い付きがキマったから今、ちょっと興奮している。
そんな感じだろうか?
……俺の右腕は多分完全に折れている。
関節が新しく増えるほどでは無いと思うけど……
怪我の具合を確認している余裕はない。
痛みを歯を食いしばって耐え、使い物にならなくなった右手を後ろに庇うようにし。
左手1本でアガッドに向き合う。
無事に使えるのは左手のみ。
右手は攻撃どころか防御にも使えない。
……痛みを無視したとしても、これは絶対に避けられない。
絶望だ。
ただでさえ格上の相手に、このダメージ……
俺はここで終わるのか……?
ソウジの仇を取ることも出来ず、ここで負けて果てるのか……?
ソウジとの思い出が走馬灯のように蘇る。
あれは、中学のときだった。
「マサヤ、そうじゃないんだよ。遅いんだ」
道場で。
中坊の俺がサンドバックを何発叩いても、揺れ方が師範みたいにならない。
それでイライラして、力任せにブッ叩いていたら。
見かねたソウジが俺に言って来たんだ。
そうじゃない、って。
「いいか? 大事なのは変化時間だって師範言ってたろ? 無論パワーも大事さ。無関係じゃない……でも」
俺にアドバイスをしながら、ソウジはサンドバックの前で構えた。
大きく呼吸をしつつ
「拳が命中して、マトに食い込んだ瞬間に素早く引く」
言葉を止めずに半身の構えを取り、右の拳を引く。
右直突きの構え。
「こうすることにより、拳の衝撃が標的に伝わる時間を極限まで減らすんだよ」
そしてそう言いながら、拳を繰り出しソウジは
「すると……」
拳をサンドバックに叩きつけ、サッと引いた。
ドンッ、という音がして
「こうなる」
……ソウジの拳を受けたサンドバックが、くの字に曲がった。
理屈の上では力の分散を抑えるために拳の接触時間を減らすんだ。
俺はそれを理解するのにだいぶ時間がかかった。
拳が相手にめり込んでいる時間を減らせば減らすほど、拳の威力が内部に突き刺さる率は跳ね上がる。
だからパワーは無関係では無いけど、それだけじゃないんだな。
俺の流派における、そんな突きに対する基本事項。
それを思い返したとき。
俺は
(あっ)
……閃くものがあったんだ。
それは……
「ウオオオオオオオオ!!」
俺は吠える。
痛みを忘れるために。
叫ぶことで人は恐怖や苦痛を忘れることが出来る。
何かの本で読んだ気がする。
するとどうにか、右腕を無視して左手による突きを行える気分になった。
左手。
これが俺の命綱だ。
「ダアアアアアアア!」
そして雄叫びを上げながら、俺はアガッドに突っ込んだ。
アガッドは、右手が折れた三下が根性論で特攻を掛けて来たと思ったのか。
余裕の笑みを浮かべ、片足立ちのまま構えた。
どうも、右足の脛で俺の攻撃を受けるつもりらしい。
瀕死の男の左手のパンチなんて怖くねえ。
脛でガードしてやるぜ。
そんな余裕の表れかもしれない。
普通に考えると脛でパンチを受けるなんて、舐めプどころの話じゃないものな。
バランス悪いし。
でも
俺にはそれがありがたかった。
雄叫びを継続したまま、俺は左手拳をアガッドの右足脛に力の限り叩きつけた。
その瞬間。
ボキンッ。
薪が折れたような音がした。
その一瞬後。
「GUGYAAAAAAAAA!!」
アガッドが真っ青になり、絶叫しながら倒れ伏して右足脛を押さえていた。
……アガッドの右足が、脛の部分でおかしな方向に曲がっている。
どうみても、複雑骨折だ。
やった……!
俺は左手拳を引き戻し、再度右手を庇いつつ構える。
まだ勝負は終わっていないから。
だけど……
普通に考えて、右足を複雑骨折した状態で誰かと戦うなんてできないだろ。
仮にできたとしても、こいつにそこまでして俺と戦う理由はない。
アガッドは俺と違ってギブアップできるのだから。
「アイエゾル!」
アガッドのその叫びで。
周囲の人間が動いた。
担架が用意され、アガッドが運び出されていく。
……どうやら。
今の言葉がギブアップ宣言だったらしい。
良かった……
安堵と共に、無視していた右手の痛みが倍以上の強さで俺に襲い掛かって来た。
耐えられず膝をつく。
そこに
「マサヤ様! お見事です!」
リスリーが。
俺のこの場での唯一の味方の女の子が俺に駆け寄って来てくれた。
――それは、今の俺には女神のように思えた。




