第110話 メモの習慣は
「なぁ、大谷さんよ」
コバルとゴワケと会話するのは嫌なので。
止む無く俺は、隣に座っている大谷さんに話し掛ける。
あえてレイコ様とは呼ばない。
「何かしら」
そして俺は言い直せとは言われなかった。
少しホッとする。
大谷さんはメモから目を上げて、俺に視線を向ける。
俺は
「……しっかり人の話のメモを取るんだな。しっかりしてんじゃん。兵団長っぽいよ」
彼女に、さっき感心したことを伝えた。
彼女はそんな俺の言葉に
「ソウジ君の指導で身に着いた習慣。別に兵団長になるために身に着けたわけじゃ無いわ」
しれっとそんな返しをしてきた。
俺としては別に「アンタ昔はメモを取る習慣が無かったよな」と言ったつもりは無いのだけど。
切っ掛けがソウジだったことに少し驚く。
「……そうなのか?」
「ええ。ソウジ君が」
俺の言葉に彼女は、目線で目の前の席に座っているコバルとゴワケを示す。
そして
「……そこのお猿さん2匹の悪行を逐一メモして、日時と一緒に書いておくように、って」
……なるほど。
訴訟を起こす際の証拠取りで、そういう指導をしたんだな。
さすがソウジだ。
俺はソウジの抜け目の無さに誇らしさと、今は居ないことへの悲しみ。
そしてハゲへの怒りを。
色々感じて思いを馳せる。
するとだ。
「申し訳ありませんでした!」
「猿の分際でソウジ様のお身体を踏んだことをお詫びいたします!」
……いきなり、コバルとゴワケが土下座をはじめたんだ。
ギョッとした。
どういうことだ……?
俺は大谷さんを見ると
大谷さんは
「この2匹の猿には、ソウジ君の名前を聞くたびに土下座をするように命じてあるの。……ふざけた真似をしやがったからね」
本当に虫でも見るような目で、頭を床にこすり付けている2人を見ながら。
つまらなさそうに言う。
俺はその様子に思うところがあった。
(……あのことを、大谷さんも許せないと思っていたのか)
今の大谷さんはハゲに仕えている。
だからひょっとしたらソウジが焼かれたことを何とも思っていないのでは……?
そんなことを少しだけ考えていた。
だけど……
あのとき、こいつら2人は出ていくついでとばかりに、ソウジの亡骸を踏みつけて行った。
その罪を大谷さんは覚えていて、こうして責任を取らせている。
……きっと、こいつら2名を甚振るネタにするためじゃない。
そういうことには普通に考えて使わないだろ。
だって他にもあるじゃん。
甚振るネタが欲しいなら。
言葉の前と後に「ウキキ」と猿らしい一言を入れろとか。
常に裸で過ごせとか。
人に会ったら必ず土下座をして他者が通り過ぎるのを待つようにとか。
いくらでも、無限に用意できる。
それなのに甚振る目的でソウジのことを持ち出すのは不自然だ。
だから彼女は、ソウジのことがどうでもいいわけじゃない。
俺はそのことに……
こう言ってはなんだけど。
ほんの少しだけ「嬉しい」と思った。
彼女はちゃんと、ソウジを別格、大切な存在に思ってくれている。
……だけど
だったら大谷さんは何故、ハゲに誠心誠意仕えているんだ?
アイツはソウジを殺したんだぞ……?
そこが本当に分からなかった。




