第108話 蜂蜜酒の魔力
「そうですか……気を付けてくださいね」
兵団に与えられた宿舎の自室に戻ったらリスリーがいて。
俺の話を聞いてくれた。
俺と彼女は同室だ。
今回は前のときみたいにベッド1つだけじゃなく、ちゃんと2つあるから。
あのときみたいに同衾するわけじゃないけど。
(そういえば)
あのとき……賭け試合前に、俺と彼女が1つのベッドに入ったときのことを思い出し。
彼女が俺に好意を持ってくれたのは、彼女が自分の両親の結婚指輪を売り払うのを俺が止めてくれたときだったって言っていたから……
もしかすると、彼女はあのとき俺たちの間に間違いが起きることを考慮に入れていたのかもしれない。
……そんな考えがふと湧いた。
その瞬間、ドキドキしてきた。
彼女は俺とそうなっても構わないって思ってくれてた……!
いやでも。
だがすぐに冷静になる。
あの行為は俺の従者としては当然の行為だったとも言えるわけで。
それに元々、彼女は俺に与えられた女性って立場でもあったから
そこを躊躇することが元々あり得ないわけだから。
(……勝手に暴走して、勘違いするのは厳禁だろ)
俺は妄想を振り払うために、一緒に座っていたテーブルの席を立ち
「マサヤさん?」
俺の動きに疑問を持ったリスリーの言葉への返しを保留。
奥の戸棚を開けて中を確認した。
何か入って無いかなと、気持ちを切り替える。
そして戸棚に、茶色の陶器のボトルが入ってるのを見つけた。
コルクで栓がしてある。
なんだいこりゃ?
「リスリー、これなに?」
それを引っ張り出して訊ねると。
彼女は教えてくれた。
「それはおそらく蜂蜜酒ですね。長期保存に向いてるので、こういう部屋には常備されてることがあるんです」
……お酒。
今、俺は実年齢高校生で。
酒は飲んだことがないわけだけど。
(ここ、日本じゃないしな)
どうしよう……?
少しだけ、興味があった。
明日、俺は大谷さんの要請で戦場に出向くことになるわけで。
そのときに心残りがあるのって良くないのでは?
俺はそう言い訳し。
「一杯だけ飲まないか?」
そう提案。
リスリーは
「分かりました。盃、用意しますね」
そう言って別の戸棚から、陶器で出来た杯を2つ持ってきて。
布で綺麗に拭いた後。
テーブルに並べ
「ではいただきましょうか」
彼女の言葉に俺は頷き、陶器のボトルのコルクを抜いて、2つの杯に蜂蜜酒を注いだ。
蜂蜜酒は茶色……いや、琥珀色で。
名前の通り、甘い匂いがした。
蜂蜜が原材料なんだろうしな。
そして2人で杯を軽く合わせて。
一口。
……意外にウマかった。
初めての酒だったけど。
昔、親戚のオッサンにビールを舐めさせてもらったときは「クソマズ」って思ったもんだけど。
全然違うんだな。
喉を通過すると、なんだか気分が良くなった。
これが酒の力ってやつかもしれない。
……酒がこの世からなくならない理由が理解できた気がした。
「美味しいな」
思わずそう呟くと
「ひょっとして初めてなんですか?」
そう、リスリーが訊ねて来たから俺は頷き
「……日本だと20才を過ぎるまで飲んではいけないことになっていた」
「そうなんですね……こっちではそういうのは無いです」
興味深そうに、こっちの世界での酒の在り方を教えてくれた。
酒は飲み水に混ぜて、水を殺菌する目的で広く飲まれていて。
薄めないものについては、ある程度大きくなったら「飲みたいなら勝手に飲んでいい」ものだそうな。
……自己責任ってことか。
それってどうなんだと思ったけど、多分この世界、児童労働なんかも普通にありそうだし。
それが普通なのかもしれない。
「でも、これは確かに美味しい部類だと思います……蜂蜜酒としては」
微笑んで、彼女も杯を傾けてくれる。
そして俺たちは色々話をした。
領主の名前から、召喚騎士由来で無いことを察したこととか。
今回の敵である魔族の「豆一族」って名前が変過ぎる気がするとか。
で。
「リスリー、俺がさっき席を立ったとき」
と、言いかけて。
うっかり口を滑らしそうになっていることに気づいた。
慌てて口を噤む。
「……えっと、マサヤさん?」
だけどリスリーはスルーしてくれなくて。
俺の様子に不自然なものを感じたのか。
まだ半分くらい残ってる杯を手に、俺の目を覗き込むように見てくる。
俺はそんな彼女の視線から
「まぁ、いいから。忘れて」
そう言って逃れた。
……酒って怖いな。
うっかり続けて「前に同衾したとき、どんな気持ちだったんだ?」って訊きそうになった。
あのときに……さっき席を立ったとき。
彼女、俺の振る舞いに疑問を持ったみたいに思えたから。
そこから俺の妄想の話をしそうになった。
そんなの完璧にセクハラだし、彼女に愛想を尽かされかねないだろ。




