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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第2章 ラ=カスティーユ編
32/33

30話

 ミリエルたちが駆けつけ、治癒の魔法が使えるエルフたちも続けてやってきた。

 俺とキルフラムは魔法で元通りに治ったが、メイファは……。


「駄目です、治癒の魔法が効きません。毒が回りすぎていて……。

 我々では症状の進行を食い止めるのが精一杯です」

「クソッ!!」


 俺は怒りに任せ壁を叩く。

 握りしめた拳から血が滲んだ。


「アタシが……付いていればッ!」


 ラフィーが悔しそうに髪を掻きむしる。

 ミリエルは、俺とキルフラムの治療を手伝った後はずっと黙っていた。

 きっと色々と考えているが、メイファを助ける手立てが思いつかないのだろう。


 誰もが押し黙り、固唾を飲んだ。

 そんな修羅場に、コツコツと杖で音を立てながら現れた人物がいた。


「……長老様!」

「ほっほ、えらいことになったのう。

 また戦を始めようとでも言うつもりかのう」


 長老と呼ばれた老齢のエルフは目を細め、辺りを見回す。

 白髪頭で腰も曲がっているが、足取りはしっかりしていた。

 俺は顔を上げ、その人物を縋るように見る。


「なあアンタ、随分物知り顔じゃないか。

 伊達に長生きしちゃいないんだろ?

 メイファを助ける方法を教えてくれよ!」


 俺はぐちゃぐちゃな感情とともに言葉を吐き散らした。

 その様子にキルフラムが苦言を呈する。


「言葉を慎め! こちらはタオタオ様。国で最高齢、御年1026歳の長老様だ」


 タオタオと言う長老は「よいよい」と言って、シワが刻まれた手を差し伸べ俺の顔をじっと見る。


「ふむ、良い目をしておる。なにやら複雑な運命を背負っておるようじゃ」


 俺は「そんなことはいい」と、タオタオの手を振り払おうとする。

 だが、次の発言が俺の興味を引いた。


「その娘を救う方法はある」

「……なんだと? どんな方法だ! 今すぐ教えてくれッ!」


 希望を投じられ、俺は藁にも縋る思いだった。


刻印使い(フラグナー)であれば、その娘を助ける方法は存在する。

 魔法よりも強力な神の刻印の御力じゃ」

「俺も刻印使いだ! どうすればいい?」


 必死で縋り付く俺に対し、タオタオは首を横に振る。


「風鳴きの塔で試練を受けることになるが、お主ではダメじゃ。

 お主はすでに技巧の神ヘパイストスと契約しておるじゃろう。

 通常、刻印使いは1柱の神としか契約することはできん。

 別の神との契約で上書きすることも不可能じゃ。

 お主のその瞳の刻印はおそらく例外中の例外じゃろう」


 俺は再び絶望の海に沈む。


「そんな……! 刻印使いなんて、そうそう……」


 そうそういるもんじゃない。

 この世界では魔法は使えるのが普通。

 魔法の使えない刻印使いはごく一部だ。


「ふむ、そうじゃの……」


 タオタオは探るように辺りを見回す。

 いったいこの老齢のエルフには何が見えているのだろうか?

 よく見ると、彼女の左目には怪しく輝く紋様が刻まれていた。


「そこな少年。お主であれば可能じゃろう」


 タオタオが指差したのは、ミリエルだった。


「ぼ、僕が?」

「ミリエルが……刻印使いに?」


 確かにミリエルが魔法を使うところは今まで見たことがなかった。

 俺は単にあまり得意ではないだけだろうと思っていたが、まさか刻印使いの素養があったなんて。

 しかし、戦う力を持たないミリエルに試練を受けさせるのは少し心配だ。


「他に試練を受けられる奴はいないのか? 例えば、アンタとか」


 俺は瞳に刻印を宿すタオタオを見据える。


「この身はすでに真実の神フォルセティと契約しておる。

 先も言うたように2柱の神と契約することはできん」


 俺の考えは一蹴される。

 どうやら他に刻印使いの素養を持つ人間はこの場にいないようだ。


「アンタ以外のエルフは?」

「エルフは人間よりも魔法の適性が高いでな。

 エルフの刻印使いは極めて稀じゃ。

 おそらくこの国にはワシしかおらぬ」

「じゃあ、ミリエルしかいないってわけか……」


 ミリエルは先ほどから驚きに目を見開いていたが、グッと決意を秘めた表情へと変わる。

 目に穏やかで力強い光が宿っている。

 ああ、ミリエルのこの表情を俺は以前にも見たことがあった。


「……僕やるよ、クロウ。僕ががんばれば、メイファを助けることができるんでしょ?」


 こいつは、こういう時は強情なんだ。

 他者を守ろうとする時の意固地さ、自分の身をまるで省みないひたむきな意思の強さを俺は知っている。

 だからこそ危険なんだ。


「試練はいったいどんな内容なんだ?」


 せめて安全な内容なら俺の心配は杞憂だ。

 しかし――。


「まあ、そうじゃの。これまでの挑戦者の数もそう多くはないが、生きて戻れる保証はない」


 タオタオはきっぱりとそう言いきった。

 俺は、ミリエルまで失ってしまうかもしれない恐怖に怯えた。

 だが、ミリエルはタオタオの言を聞いても揺るぎない。


「僕、なんだろうと行きます! 長老様、すぐに案内してください!」


 ミリエルはすでにやる気だ。

 俺には止めることなんかできやしない。

 もしミリエルまで失ってしまったら俺は……。


「ウジウジしてんじゃないわよ! アンタ、あの子の覚悟が分からないワケじゃないんでしょ!」


 子どものように背を丸めてうずくまる俺の胸ぐらをつかみ、ラフィーが叱咤する。

 俺はどうにか立ち上がるとミリエルを見つめる。


「死んじまうかもしれないんだぞ」

「僕は、何もせずに後悔なんてしたくない。

 ただ待ってるだけなんてできないよ!」


 そりゃそうだよな……。

 俺だってミリエルの立場だったらそうする。

 毎日をのうのうと生きて希望が垂れ下がってくるのを待ってるだけなんて、ゴメンだよなあ!


 俺はあの日、自堕落に押しつぶされそうな過去と決別したはずだ。

 生きる自由を必ず掴み取ると誓ったはずだ。

 仲間を失うのが怖くて踏み出せないなんて、まるでらしくねえぜ!


 俺は、ようやくミリエルを送り出す覚悟を決めた。

 ニッと笑って見せる。


「やっと、いつものクロウに戻ってくれたね。その顔を見ると、安心するよ」

「そうねえ。さっきまでのはみっともないったらないわ」

「よし、行こう! 風鳴きの塔へ! メイファを必ず助けるんだ」




 ◆




 俺たちはラ=カスティーユの外れにある古びた塔へとやって来た。

 木々が生い茂る中にひっそりと佇む風鳴きの塔。

 はるか昔、神話の時代に神々が作りしものだという。

 その名の示す通り、塔からは風が鳴くような音が絶えず聞こえてくる。


 タオタオは塔を守る兵士に声を掛け、入口を開かせる。

 開いた入口の先には、魔法陣の描かれた台座が置かれているきりだった。

 塔自体には入口のようなものはないようだ。


「素質のある者が台座に乗ると、自動で塔内部に転送される仕組みじゃ」

「中に入れるのは?」

「同時に入れるのは1人だけじゃ。試練が終わるまで誰も立ち入ることはできん」


 ミリエルがずいと前に歩み出る。

 タオタオが「気をつけていけ」と声を掛ける。


 ミリエルは一度振り返り、こちらに向かって小さく頷く。


「じゃあ、行ってくるね」

「ああ、頼んだぜ」

「危なくなったら戻ってくるのよ」


 俺とラフィーと簡単な言葉をかわして台座の上に登る。

 俺たちは無事を祈るより他になかった。




 ◆




「……わわっ!」


 浮遊感とともに、僕は広い空間へと出る。

 天井から光が差している円形の空間。

 どうやらここが塔の内部のようだ。


「どこに向かえばいいんだろう?」


 あたりを見回す。

 壁になにか書かれている。


『これなるは愛の女神エイルの試練。愛とは勇気。

 他者のためにその身をなげうつ者よ。その勇気を示せ』


 文字が書かれた場所のすぐ近く、壁の一部がぼんやりと光っている。

 壁に突起のようなものが点々と付けられている。

 どうやらこれを伝って登っていくようだ。


 見上げると、はるか高い位置に横穴が設けられている。

 まずはあの場所まで登る必要がありそうだ。


「よし……! 行こう!」


 気合を入れて突起を頼りに壁を登り始める。

 ある程度の高さまで登ったら、下を見ないほうがいいだろう。

 落ちたらきっと無事では済まない。


「ん……よい、しょ!」


 突起は指がわずかにかかる程度のもので、なんとも頼りない。

 一歩ずつ慎重に、ゆっくりと登っていく。


 途中、汗で指が滑るため何度も拭きながら進んだ。

 かなり高い位置まで来て、恐怖で足が、膝がすくむ。


 早く登りきってしまいたいと焦るが、抑えた。

 手汗の量も増えるため、丁寧に拭き取りながら進む。


 ようやく横穴に手がかかりそうな位置まで来た。


「よし、もうちょっと……」


 横穴まで手を伸ばすが、わずかに届かない。

 思い切って横穴の床面に飛びつく必要があるかもしれない。


 慎重に息を整える。

 すでに随分と体力を消耗している。


 成功するかどうかは賭けだった。

 十分に体勢を整え、覚悟を決める。


「……えいっ!」


 しかし、グッと足に力を込めた瞬間に足が突起から離れてしまった。

 身体が落下の浮遊感に包まれる。


「うわっ!」


 落ちると思った。

 その次の瞬間に落下の浮遊感が上昇する浮遊感へと変わった。


「……風!?」


 下から上に突風が吹き、身体を上へと押し上げる。

 そのままゆっくりと浮き上がり、僕は横穴の床面へと静かに着地した。


「……うん、進もう!」


 横穴を進むと、外の景色が見えた。


「……外と繋がっているの?」


 外に繋がる場所以外に道はない。

 あたりを見回すと、また壁に文字が書かれていた。


『勇気を持って飛び立て』


 外を覗き込む。

 すると、すぐに風の力を感じた。


「うわっ!」


 上から下へと強烈な風が吹き下ろしていた。

 髪が風に流される。

 吹き下ろす風に目を細めながら上を見上げる。


 はるか上方にまた横穴が開いているのが見えた。

 どうやってあそこに行けばいいのだろう?


 左右を見渡すが、今度は突起らしきものもない。


「……勇気を持って、飛び立て」


 僕はその言葉の意味するところを考える。


 道は一つしかない。

 つまりこの場所から飛び降りろということだ。


 さすがに足が竦む。

 地面ははるか下だ。

 落ちたら即死だろう。


「……よし!」


 覚悟を決める。

 壁に書かれた文字を信じるほかに道はないのだ。


 仲間の命を助けるためなら、喜んで神託に身を捧げる殉教者となろう。


 僕は助走をつけて思い切り空中に飛び出した。

 瞬間、下へと吹き下ろす強い風に煽られる。


 景色が上へと流れる。


 失敗したと思い、目を瞑る。

 あわや地面に激突しようかと思ったとき、風が逆巻く。


 ――びゅわおおおお、と大きな唸りを上げながら上空へと吹き上がる。


 身体が浮遊感に包まれ、ゆっくりと上へと登っていく。

 壁の近くと壁から離れた場所で逆向きに風が吹いているのがなんとも不思議だった。

 景色が下へと流れていくのを、不思議な高揚感とともに見つめていた。


「……すごい」


 そのままゆっくりと風の力で押し上げられ、飛び立った横穴を通り過ぎる。

 どんどん上へと登っていく。

 上を見上げたときに見えていた横穴も通り過ぎる。


「あっ……!」


 横穴の中を見たとき、白骨化した遺体が見えた。

 どうやらあの場所は罠だったようだ。


 あの人はきっと飛び出さずに、壁を無理やり登ったのだろう。

 僕は亡くなった人に冥福の祈りを捧げる。


「どうか安らかに」


 きっと無念だっただろうな。

 あの人も誰かを助けるために塔を登っていたに違いない。


 そのまま上昇を続け、ついには塔の最上階まで来てしまった。

 ふわりと最上階の床面に降り立つ。


 塔の一番上は台座と小さな石碑が置かれているだけの場所だった。

 石碑へと歩み寄り、書かれている文字を読む。


『祈りを捧げよ』


 僕は書かれているとおりに、その場で跪いて祈りを捧げた。


 ――愛の女神エイルよ、どうか仲間の命を救う力を僕にお与えください。



 しばらく祈りを捧げると、不意に眼前に光が溢れる。

 見ると、目の前に綺麗な女の人の姿があった。

 きっとこの人が女神様なんだ。


「愛は勇気。愛は力。その勇気と力をもって、我は汝に加護を与えん」


 女神様がそう言うと、僕の額にまばゆい光が差し込む。

 光であたりが見えなくなったと思うと、不思議な浮遊感に包まれる。


 目を開けると、僕は塔の外にあった台座の上にいた。

 すぐにタオタオ様が僕に駆け寄る。


「おお、その額に輝く刻印はまさしく!」


 鏡を見ると、僕の額には刻印が刻まれていた。


「これで、メイファを助けられるんだね!」


 だけど、僕はあたりを見回して不思議に思った。

 他のみんなの姿がなかった。


「ねえ、クロウたちは?」


 タオタオ様は苦い顔をしている。


「……実はお主が塔に入っておる間に敵襲があったのじゃ。

 他の者は敵と戦っておる」

「ええ!?」


 気づけば、塔の周囲には幾人かの兵士たちが駆けつけていた。

 塔と僕たちを守るためだろう。


「まだ街の中には侵入を許しておらん。

 街の入口の門より先で部隊を展開しておるはずじゃ」


 クロウたちのことも気になるけど、僕が今すべきなのはメイファを助けることだ。


「僕はメイファを助けに戻ります」

「うむ、そうじゃの。ワシもこれから庁舎に戻る」


 タオタオ様はふと思い出したように歩き出そうとした足を止める。


「おお、そうじゃ。1つ言い忘れておった」


 タオタオ様は真剣な目つきで僕に釘を差すように告げる。


「よいかミリエル、よく聞け。刻印使いには試練の内容を決して漏らしてはならぬという不文律がある。

 決して口外するでないぞ。さもなくばその加護は跡形もなく消え去るじゃろう」

「……はい! わかりました」


 僕とタオタオ様は兵士たちに守られながら、タワーの庁舎へと向かった。


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