31話
「敵襲ーッ!!」
ミリエルが風鳴きの塔に入ってしばらくして、慌てた様子の兵士から知らせが入った。
街の入口付近に怪しい集団が現れ攻撃を仕掛けてきたということだ。
カガチの仲間が襲撃に来たのかもしれない。
「警邏の兵以外は全員街入口へ向かうぞ! 急げ!」
キルフラムが即座に命令を下す。
兵士たちは駆け足で門の方へと向かった。
「俺たちも応援に向かおう」
「そうね。街に入られる前に食い止めたほうがいいわ」
ミリエルとメイファのことはいったんタオタオ様に任せる。
駆け出そうとすると、檄を飛ばしていたキルフラムが俺に武器をよこした。
「グラハム様の剣を今一度お前に預ける。
もし奴がいたら、これでグラハム様の無念を果たしてくれ」
「頼んだぞ」と言ってキルフラムは俺の肩を叩く。
彼女の銀色の髪が風になびき、紫紺の瞳が揺れる。
素振りこそ見せないが、仕える主君を失った心中はきっとつらいのだろう。
俺は気丈に振る舞う彼女に対し敬意を評した。
「任せてくれ。カガチがいたら決して逃がしはしない」
受け取った白刃を手に、俺はラフィーと門の方へと急いだ。
◆
入口から出ると、そこはすでに阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。
地面に槍のようなもので串刺しにされたエルフの兵士の遺体がいくつも並べられていた。
敵は、1人のようだった。
戦々恐々とするエルフの兵士たちが周囲を取り囲む中で、男がゆらりと佇んでいる。
「貴様ぁ! これは何のつもりだ!」
隣りに駆けつけたキルフラムが開口一番に怒号を飛ばす。
その男は、俺たちに気づくと声を上げる。
「どうも、僕はイルミナティ4幹部の1人。狩人のバルタザール。
よろしくね、みなさん」
紫の髪を後ろに流したスーツ姿の壮年の男はバルタザールと名乗った。
両腕には鉤爪をつけており、カチャカチャと音を鳴らしている。
まるでおもちゃを与えられた子どものようにはしゃいでいる。
周囲の状況からすると、男の反応には違和感しか感じない。
「なにすっとぼけた顔してやがんだテメエ……」
「うん? いやあ、嬉しくてね。薄汚いエルフをこうやって狩れるのがさあ! ぎゃはは!」
さも痛快であるかのように笑う。
なにが一体そんなに楽しいんだ。
「ああ、えーと君の名前は?」
「テメエに名乗る名なんざねえや」
俺が名乗る気はない意思を伝えると、バルタザールは露骨に苛立ち始める。
「ねえ、ちょっとさあ。名前聞いたら普通答えるでしょ。
こっちは名乗ってるんだからさあ。君って常識ないの?」
「陰気な男ね」
ラフィーがバルタザールとのやり取りを聞いて嘆息を漏らす。
その言葉を聞いたバルタザールは激昂した。
「なんなんだよそこのクソアマは! 勝手に口を開くんじゃあねえ!
僕はお前みたいなやつが一番キライなんだ。ああああ、イライラするッ!」
怒りに任せ地団駄を踏むバルタザール。
……なんだかすごく幼稚に見える。
さっきから言ってることはまるで子どもの喧嘩のようだ。
壮年の人間っぽさや殺人に対する罪の意識をまるで感じない。
「あら、失礼しましたわねぇ。私はラフィーニャと申しますわぁ。
ここには何しに来たんでちゅかぁボクぅ? あっはははは!」
相手の勢いに負けじと煽り返すラフィー。
すると、相手の顔が一気に無表情に変わる。
「――お前、コロス」
一瞬で加速し鉤爪で斬りつけてくる相手に対し、ラフィーはクルリと回転して下がりながら剣を横薙ぎに払う。
衝撃とともにキィンと鉤爪と剣がかち合い火花が飛んだ。
「あははは!」
「チッ、クソがぁ死ね死ね死ねぇ!」
目で追えないほど素早い剣戟の応酬が続き、鋼の音が絶えず鳴り響く。
剣圧で風が巻き起こる。
俺は援護するための隙を窺うが、つけ入る隙など無いように思えた。
「怯むな! 魔法で援護するぞ!」
キルフラムは周囲の戦える兵士に檄を飛ばし、魔法陣を編み始める。
動けずにいた兵士たちも魔法を準備し始める。
「ウィンドアロー!」「ファイアランス!」「エアパニッシャー!」
赤と緑の光とともに次々と火と風の魔法が着弾する。
土煙が巻き上がる。
視界が回復すると、バルタザールは後ろに下がっていた。
スーツに傷がついたものの無傷のようだ。
「あーあ、雑魚どもがイキがって邪魔してくれちゃってさぁ」
よく見ると、スーツの下は素肌ではないようだ。
「ふん、強化骨格ね」
ラフィーも同じことに気づいたようだ。
だが、強化骨格とはなんだ?
「なんだそれは?」
「魔法の力で身体能力を強化するための戦闘用スーツよ。
別に大した代物じゃないわ。
でも不思議よね。人間界では見ない物だわ」
ラフィーの言に反応し、バルタザールは嬉々として語り始める。
まるで自分だけが持つ宝物をひけらかす時の子どものようだ。
「そうとも! 魔界から盗んできた代物さ。
あんな薄汚い連中にはもったいないからね。
僕みたいな神に選ばれた人間が使うべきだよね」
鉤爪をカチャカチャと弄りながら鼻歌でも歌い出しそうな様子だ。
よほど気に入っているのだろう。
「ところで……神に選ばれた僕の力をまだお見せしてなかったね」
バルタザールはそう言うと、右手を掲げぶつぶつとなにか唱え始めた。
それを見たエルフの兵士たちがざわめく。
「まずい、またアレが来る」「みなさん、退避してください!」
兵士たちがなにか危険をこちらに伝えようとしている。
俺は相手から距離を取る。
バルタザールは恍惚の表情を浮かべながら「もう遅いよ!」と叫ぶ。
「出でよ! 暗黒神エレボス様の加護の力ぁ!」
その瞬間、黒い煙が奴を中心に噴出し辺りを包んだ。
毒!? いや、思い切り吸い込んでしまったが害はないようだ。
煙が晴れてくると、何人もが倒れているのが見えた。
「……ラフィー!?」
エルフの兵士たちにまじり、ラフィーやキルフラムまでもが地に伏し倒れていた。
「ラフィー大丈夫か!? なにが起こったんだ!」
「くっ……」
俺以外に動ける味方はいないようだった。
バルタザールは腹を抱えてさも楽しそうに笑う。
「ひゃははッ! 暗黒神エレボス様の瘴気は心を蝕むッ!
もうそのアマは立てないよぉ。ああ、可哀想だねぇ! あはははは!」
俺は立ち上がり奴を見据える。
もう俺が戦うしかない。
しかし、俺の様子にバルタザールは首を傾げる。
「んん~? ……いったいどうして君は動けるんだい?
エレボス様の瘴気を吸っていないのか?」
「なにかわからねえが、そいつは俺には効かねえみたいだな」
俺がそう言うと、バルタザールは明らかに動揺し始める。
「えっ……そ、そんなバカな。まさか僕以上のトラウマを持っているっていうのかい。
そ、そんなハズはない! 僕以上に不幸な人間なんている訳がないッ!」
バルタザールが斬り込んでくる。
俺は先ほど見たラフィーの動きをトレースする。
回りながら白刃を薙ぎ払う。
キィンと鋼がかちあい、相手の鉤爪を弾く。
「うぅ、そ、そ、そんなバカな。なにかの間違いだ。僕は選ばれた人間なんだ!」
鉤爪の連撃が激しく叩き込まれる。
ラフィーの動きを見様見真似で試してみるが、俺の身体にはいくつも生傷ができてしまう。
一度大きく弾いて距離を取る。
やはりイメージがしっかり出来ていないと完璧には真似られないらしいな。
俺は目を瞑り、頭の中でサルコジの抜刀技をイメージする。
サルコジの抜刀技は雷の魔法との合せ技だが、俺のイメージが洗練されれば奴の剣技に近づくことはできる。
剣を鞘に納め、集中する。
頭を空にして、剣と自分を一体化させる。
何度も何度も、輪郭が、息遣いが、空気まで感じられるほどイメージを先鋭化させる。
イメージが力になる。
「なんだぁ? いったい何をやってるんだい?
隙だらけじゃないか。へっへへへ、チャンスだぁ」
相手が低く体勢を取り、突っ込んでくる気配を感じ取る。
俺は呼吸を整え、ジリと足の先に力を溜める。
「死ねぇ!」
――瞬間。
目を見開いて鞘から白刃を抜き放つ。
相手の鉤爪が宙を舞った。
空気が静かに流れる。
「うあああぁぁぁぁああぁぁぁ! 僕の指がああああぁぁぁぁ!!」
俺は絶叫する相手を睨み、追撃の構えを取る。
しかし、右手の指先がなくなったバルタザールは逃げの姿勢を取る。
「お前たち! 撃て! 撃てぇぇぇぇ!!」
バルタザールが叫ぶと、周囲の叢から伏兵が一斉に姿を現した。
ずっと待機させられていたらしい。
伏兵たちはみな銃らしきものを持っている。
銃をこちらに向けて構え、バルタザールの撤退を援護する。
「チッ……!」
応対せざるを得ない。
俺は剣を盾にし、鞘で倒れているラフィーを守る。
火薬の炸裂する光が見え、いくつもの弾丸が発射される。
「撤退だぁ!」
バルタザールの撤退命令によって銃を持った兵士たちは森の闇の中に消えていった。
ヤツの姿ももう見えない。
あたりを見回すと、流れ弾があたったのか呻くエルフの兵士たちの姿が見えた。
みな、まだ立ち上がれずにいる。
「早く体制を立て直さねえと……」
またいつ襲撃が来るかわからない。
「おおぉぉぉい! 誰かあぁぁぁ!」
この場をこのままにしてはいられなかった。
俺は力の限り救助を求めて叫び続ける。
しばらく小康状態だった雨が、また本格的に降り始めていた。




