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リバーサル・コラプション  作者: 新渡たかし
第2章 ラ=カスティーユ編
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29話

 キルフラムは懐から太い縄のような物を取り出し、地面に先端を叩きつける。

 ピシャリと鋭い音がした。

 縄のもう一方の先端には鉄でできた分銅のような重りが付けられている。

 どうやら攻撃と捕縛の両方に使える代物のようだ。


 魔狼が雄叫びを上げながら飛びかかると、キルフラムは分銅の付いた方を投げつける。

 分銅は真っ直ぐに魔狼に向かって飛んでいく。


 しかし、俊敏な動きで魔狼は分銅を躱した。


「ああっ!」


 外れたのが見えた瞬間、俺はまずいと思ってサポートに入ろうとする。

 しかし――。


「狙い通りよ!」


 キルフラムが縄を器用に操ると、分銅の軌道が変わる。

 外れた分銅は魔狼の周りをグルグルと旋回し、縄が魔狼に幾重にも巻き付いていく。


 縄の重みで体勢を崩した魔狼は勢いのまま壁に激突する。

 そこに――。


「燃えろ」


 キルフラムの手に赤い光が迸る。

 それは炎となって縄を伝い、魔狼の全身を焼いた。


「グオオオオオオオオオッ!!」


 熱さに苦鳴を漏らし暴れる魔狼。

 その様子を見て首をもたげる大蛇。

 舌を出し、目をグルグルと動かしている。

 どうやら炎の熱に反応しているようだ。


「そうか! 蛇のピット器官は炎の中では機能しない!」

「そういうことだ」


 うまいやり口だと思った。

 これで、大蛇は俺たちの姿をうまく認識できないはずだ。


 俺とメイファは魔狼をキルフラムに任せ、大蛇へと斬りかかる。

 だが――。


「クッ……かてえ!」


 刃を突き立てた瞬間、がきぃん!――という音がして弾かれた。

 大蛇の鱗は岩のように硬かった。

 ジャックに拝借した装飾品のナイフでは文字通り刃が立たない。


「壁にグラハム様の武器がある! 大蛇の後ろだ!」


 キルフラムが声を上げ、武器の在処を伝える。

 首を振り俺たちの姿を探す大蛇の脇を通り抜け背後に回る。


「あった! これだな!」


 持ち手にガードの付いた白刃の太刀だ。

 ひと目見ただけでもわかるほど立派な拵えだ。

 白刃を手に再び大蛇へと対峙する。


 メイファも短剣を何度も突き立てているが、大蛇の硬い外殻には効果が薄いようだ。

 攻撃というよりも、俺から注意をそらすために撹乱してくれているようだった。


 大蛇の注意がメイファに向いている隙に、俺は背後から大蛇の背に白刃を突き立てる。

 大蛇の鱗が割れ、突き刺した白刃の先から血が吹き出す。


「よし、これなら倒せる!」


 大蛇はブンブンと首を振り、暴れまわる。

 構わず俺は大蛇の背に何度も刃を突き立てる。

 しかし、大蛇の動きが突如止まる。


 大蛇の首がぐるんと振り向いて止まったまま、俺の方を見ている。

 だが、俺の位置は大蛇からはどう頑張っても攻撃できない位置だ。

 頚椎の最小の曲げ半径を超えている。

 せいぜい巻き付いて絞め殺そうというのが関の山だろう。


「クロウ! ダメじゃ!」


 メイファが危険を伝える声を上げる。

 だが、俺は何のことかわからない。

 口を開き、俺の方を見据える大蛇。


 ――それは、あまりに一瞬のことだった。


「――クロウッ!」

「ぐっ……」


 メイファが俺に身体をぶつけてきた。

 弾き飛ばされた俺が目にしたのは、大蛇の口から噴出される液体を浴びるメイファの姿だった。


「メイファ!」

「ぐああああぁぁァッ!!」


 顔を覆い、痛みだろうか熱さだろうか、絶叫し呻くメイファ。


 そういえば、聞いたことがある。

 蛇の中には毒液を噴射する種がいると。


 俺は心底自分の能天気を恨んだ。

 どうして、最初にメイファが危険を知らせたときに動かなかったんだ……?

 なぜッ!!


「くっそおおおぉぉぉぉぉ!!」


 俺は次の標的を探して首を振る大蛇の背中に再度飛び乗る。

 そこに突き刺さったままの白刃を抜き取り、渾身の力を込めて叩きつける!

 何度も、何度も突き刺し、えぐった!


 のたうち、床をローリングして逃れようとする大蛇。

 俺は振り回され、置かれていた事務机に身体を激突する。

 流血し、視界が動転し、骨にヒビが入る。

 だが、握りしめた剣は離さなかった。


 痛みなど気にしている場合ではない。

 アドレナリンを噴出させ、俺は床に転がる大蛇の首に襲いかかる。


「うおらあああぁあぁぁぁぁぁ!!」


 首筋に、頭に、何度も白刃を突き刺し続ける。

 突き刺した衝撃で、血液とともに毒液が噴出して飛び散るが捨て置く。

 急がなければ、メイファは毒で死ぬ。


 しかし、大蛇も為されるがままではない。

 死に物狂いで闇雲に振り回された尻尾に激突し、壁に、床に何度も叩きつけられる。

 肋骨が、足の骨が砕ける。

 だが、すぐに起き上がって大蛇の首にかじりついた。


「ああアアぁぁぁァァぁぁ!!!」


 俺は身体に大蛇の血と毒液を浴びながら夢中で剣を突き刺し続けた。

 アドレナリンのせいか、毒を浴びているせいなのか、身体が異常に熱かった。


 気づいたときには、大蛇はもうピクリとも動かなくなっていた。

 大蛇の頭部はもはや原型を留めていない。


「メイファ!」


 俺は剣を投げ捨て、メイファに駆け寄る。

 メイファはすでに浅い息をしながら身動きもできずにいた。

 呼びかけにも答えず、朦朧としている。

 毒液を浴びた顔は、青紫色に変色していた。


「うぐっ、すまない……俺のせいでッ! 俺の! せいでッ!!」


 俺は床に頭を打ち付ける。

 仲間を失うのは怖い、苦しい、痛い、吐きそうだ、誰か助けてくれよッ!

 これは夢なんだろ!? 現実じゃないんだッ!

 そうだと言ってくれよッ!


「何を、しているッ! 助ける気があるなら……早く、行かぬかッ!!」


 キルフラムが息を切らしながら、這う這うの体でやってきて嗚咽を漏らす俺を叱咤する。

 見れば、魔狼は黒焦げの塊になっていた。


 キルフラムも無事とは言いがたい様子だった。

 頭から血を流し、折れた腕と足を引きずり、腹部には爪で引き裂かれた傷口を火で炙った痕が残されていた。

 だが、それでも……腕をかばいながらも軍人らしく背筋を伸ばして気丈に振る舞っていた。

 その様子を見て俺はようやく正気を取り戻す。


「急ぐぞ! 足が動くなら走れッ!」

「……ああ!」


 呼吸がどんどん浅くなるメイファをその場に残し、俺とキルフラムは助けを呼びに下へと急いだ。


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