28話
ドワーフの坑道から出ると、外は雨が降っていた。
洞窟内にも雨水が流入してきている。
「うわ、結構本格的に降ってるな」
「雨はいやね。せっかくセットした髪が濡れちゃうもの」
傘などの雨具はあいにく持ち歩いていない。
森の中を歩くときは木々のお陰であまり気にならなかったが、街道を歩くとなると濡れるのを覚悟しないといけなかった。
俺たちは坑道の入口の兵士にカガチについて話を聞いた。
しかし、そのような人物は目にしていないということだった。
螺旋階段を上った後、ドワーフの国方面へ向かったのだろうか?
ドワーフの国に観光に来ただけのただの旅人であればいいのだが。
外で雨宿りをしながら待っていたミリエルとシャルに合流する。
「お帰りクロウ。どうだった?」
「ああ、無駄足ってわけでもなかったが……」
話を始めようとするとすぐに、戻るのを待っていたらしいキルフラムがズカズカと近づいてくる。
「化け物には会えたか?」
「いや、怪物には出会わなかった。だが他の連中には会ったぜ」
「他の連中だと?」
俺は地底湖で会った2人について説明する。
「1人はジェラルドっていうドワーフ側から怪物調査を依頼された人物だ。
俺たち同様、怪物の痕跡は見つけられなかったようだ」
「ふむ、あの人間の探求者か。それで、もう1人は?」
やはり、ジェラルドは彼の言の通り調査研究のために許可を取って坑道に立ち入っているようだ。
キルフラムとも面識があり、特に怪しい点はない。
問題はもう一方の人物、カガチの方だ。
カガチについて何をどう伝えるべきか迷ったが、螺旋階段の謎については言明せずに事実だけを伝えた。
「そいつがどうにも奇妙なんだが、カガチという赤い着物の少年で……しかもあいつは多分地底湖のさらに奥から来たみたいだった」
「ふん、それは実に妙だな。あの奥はジェラルド殿のような特別な許可を受けた研究者しか出入りできないはずだが、現場を取り仕切る私はそのような少年を見たことがない。
まだ調査も不十分で危険も多い場所だ」
「しかもあの少年、魔族だわね。私も魔族だから纏う雰囲気でわかるわ」
ラフィーがすかさず補足を入れる。
俺にはわからないが、魔族同士なにか感じ取れるものがあるようだ。
「地底湖に出現した魔族の少年か。怪物騒ぎのことと言い、どうもにおうな。
……よし、私は一度国に戻り報告するとしよう」
怪物の件の話を終えた後、俺はジェラルドにもらった紹介状をキルフラムに手渡した。
「俺たちもエルフの国に立ち寄りたいんだが、案内を頼めるか?
エルフの長に会わせてもらいたい」
「いいだろう。ついでに貴様たちからも地底湖で出会った魔族の少年について詳細を証言してもらおう。
――整列! これよりラ=カスティーユに向けて帰投する!」
キルフラムの号令により、周囲で休んでいたエルフの兵士たちが駆け足で集まってくる。
ものの15秒ほどで兵士たちは列をなしたが、2人ほど欠けているようだった。
そこから10秒ほど遅れて、2人の兵士が慌てて駆けつけた。
例のいきなり魔法をお見舞いしてきた2人だった。
「また貴様らか。待っとる時間が惜しい! さっさと並べ!」
「「い、イエッサー!」」
どうやら彼女ら2人は少々落ちこぼれのようだ。
2人は罰がないことにホッとした様子だった。
全員が集まり整列したのを見て、キルフラムが再度号令をかける。
「よし、ラ=カスティーユに向けて行進開始!」
俺たちは雨が降る中、兵士たちとともに街道に沿ってエルフの国に向かう。
ぬかるんだ地面や、ときに水たまりを踏みつけ行進するためにみな膝から下は泥だらけになっている。
道中で、俺はあの2人の兵士に声をかけた。
「よお。さっきはどうも……」
「ぴえええぇぇえぇぇぇぇニンゲンですぅぅぅぅうぅうぅぅぅ!!」
俺が近づいた瞬間、黄色い髪の子は悲鳴を上げてもう1人を盾にする。
ボーイッシュな子の方は慣れた様子で黄色の方をあやしている。
「すまない、この子は両親にずっと脅かされていたせいか人間恐怖症なんだ。
それ以上近寄らないでやってもらえるか」
緑髪のボーイッシュな子はミスリン、黄色い髪の怯えている子はアリシアというらしい。
兵士とは言っても訓練が始まったばかりの新米兵士らしい。
「エルフの国には人間はいないのか?」
「おや、人間たちはもう忘れてしまったのですか?
つい300年ほど前までエルフの国はフリード王国と戦争状態だったというのに」
「……そりゃあ300年も経ったらこっちは生きてる人間は1人もいないからな」
10世代以上も前の戦争のことを意識する人間はそうはいないだろう。
そうでもないって? ……まあ、そうかもな。
しかし、どうやらそういう事情でエルフの国には人間は滅多に入れないらしい。
交易や人の出入りを禁じているわけではないが、立ち入ればなにかと白い目で見られるんだろうな。
戦時を体験している世代も残っているのだから、仕方のないことだろう。
そこを考えると、彼女ら2人はまだかなり若い世代のようだ。
エルフの年は見た目からわかりにくいが、人間で言うと成人してないぐらいだろうか。
俺は王都シュライクでの魔族根絶を訴える人々を思い出していた。
彼らに至っては本当の魔族と出会ったことすらない場合がほとんどだ。
それなのに一方的に憎しみの感情を募らせている。
教団が作り上げた歪な世界観に俺は溜め息が出る。
「それにしても」と、ミスリンは前置きをしてから小声で話し始めた。
「……貴方がたは洞窟の中を調査したのですよね?」
「ああ。正確には俺とメイファ、ラフィーの3人だが」
「私とアリシアは、見てしまったのです」
ミスリンはまるで怪談でも始めるときのような冷えた表情をしていた。
俺は雰囲気を察し、一拍間を取って聞き返す。
「いったい何を見たんだ?」
「あれは……あれは何だったのでしょうか?」
「ゆ、幽霊ですよ! きっとあの洞窟には幽霊が出るんです!」
ミスリンとアリシアは、自分たちが見たものを信じられないといった表情だった。
俺も少し背筋が寒くなってきた。
「だから、何を見たってんだ?」
「……洞窟から続く水たまりの中を、赤い着物の少年が移動するところを」
「水たまりの中を……人が?」
こいつらは一体何を言っているのだろうと、俺は一笑に付しかけた。
だが、赤い着物の少年というキーワードが例の人物を想起させると、俺の頭は警鐘を鳴らし始める。
だって、そいつはおそらくカガチじゃないのかと思えるから。
しかし、物理的にありえない。
たまたま水面に反射して映り込んだだけじゃないのか?
水たまりの中を人間が移動するなんて、そんなのはフィクションの世界だ。
だが、ありえない……とまではこの世界では言い切れなかった。
どうにもあまり信じたくない話ではある。
「光の屈折でたまたま映り込んでいたとか?」
「いえ、2人で近くのどこを見渡してもあの少年の姿はありませんでした」
「……まさか本当に幽霊だってのか?」
しかし、坑道の外に出たと言うなら入口の見張りの兵士も見ているはずだ。
「見張りの兵士には話したのか?」
「いえ、キルフラム隊長が来ていたのでおそらくあの2人は見ていないでしょう。
あの2人は隊長のファンですから」
なるほど、キルフラムしか見えてないと。
見張りとして問題があるんじゃないか?
しかし、彼女たちの話が本当だとすると……どういう方法かはわからないが、カガチは兵士たちの目をすり抜けてエルフの国方面へと坑道を抜けてきたことになる。
何かどうにも嫌な予感がするぜ。
閑話休題となり静かになったところで、俺はいそいそと本題を切り出した。
ずっと気になっていたことだ。
俺は彼女たちの顔を真剣な表情で見つめる。
「ところで……耳触ってもいいか?」
「……っ! この変態ッ!!」
「やっぱり人間は怖いですぅ!!」
猛ダッシュで逃げられてしまった。
うーむ、ただの興味本位だったんだが。
ガーンだな。出鼻をくじかれてしまった。
後ろを見ると、シャルとメイファがジト目でこちらを見ていた。
一部始終を見ていたようだった。
「クロウさん、それはないと思います」
「ハレンチじゃ、見損なったぞクロウ」
2人の好感度まで下がってしまったようだ。
踏んだり蹴ったりだ。
エルフが実在するとなれば、あの耳の感触を確かめてみたくなるのは道理だろう。
たしかに、あの2人なら行けるんじゃないかと思ったのはちょっと卑怯だったかもしれない。
だけど、ちくしょう。少しは俺の気持ちをわかってくれてもいいのに。
いや、まだきっとチャンスはあるはずだ。
俺は1人決意を新たにした。
◆
俺たちは無事にエルフの国の都、ラ=カスティーユへと到着した。
しかし、エルフの国は俺が想像していたものとは随分違った。
「なんだか物々しい街並みだね」
「戦いのために作られた城下の街のようじゃな」
「なんだこの街は……。これじゃあまるで――」
俺が元いた世界の、あの機械都市のようじゃないか!
森の中に現れた街は、鉄の建物と鉄の塀に鉄の扉……おまけに銃を持った兵士たちが巡回していた。
まるで要塞だ。
ここに潜入しろと言われたら、伝説の傭兵でも匙を投げるに違いない。
キルフラムが入口の兵士と話しをしている。
入口の近くでは、鉄でできた塀をさらに頑強にするためだろうか、ドワーフのちっこいおっさんたちが雨の中で作業をしていた。
キルフラムと入口の兵士たちは話し終えると再度敬礼し、ピシッと背筋を立てる。
その後、兵士たちは唐突になにか叫んだ。
「我らがエルフの技術力は世界一ィィイィィィ!!」
急に大声を上げるので俺たちはビックリしたが、兵士たちは平然としている。
割と日常的な光景なのだろうか。
「なぁにが世界一じゃ。もともとはワシらの技術じゃろうに……」
ドワーフのおっさんたちがそれを聞いて小声でぼやく。
しかし、そのぼやきはキルフラムには聞こえていたようで。
「なにか言ったかね。弱小種族の諸君。
自ら戦うことも出来ぬ癖によくも言えたものだ」
ぼやいたドワーフはしまったという表情で、聞こえなかったふりをして作業を急いだ。
俺はなんか可哀想だなと思った。
まるで大型犬と同じ檻に入れられたチワワのようだ。
「ふん、臆病者どもめ」
キルフラムは捨て台詞を吐きつつ、優美な動作で俺たちを門から中に招く。
兵士たちよりも先に客人を案内する心づもりのようだ。
俺たちを中に通した後、兵士たちに指示を出している。
「よし、兵士諸君は別令があるまで解散とする」
そう言った後でキルフラムは何かを思い出したように顎に手を当てる。
「……おっとそうだ。アリシアとミスリン、貴様たちは10周してから休め」
しっかりと号令に遅れたことを覚えていたようだ。
絶望の表情を見せる2人。
「も、もういやですぅ! エルフやめたいですぅ!」
「甘ったれるなッ! 見ていなくてもわかるからな。サボろうなどとは思わんことだッ!」
俺たちは入口の前でそれぞれ散開する兵士たち、及びランニングを始める落ちこぼれ2人組を尻目に中へと入った。
エルフの国の内部は、外観から受けた無機質な印象とは違って割とおしゃれだった。
材質はやはり金属でできているようだが、家屋の壁を木目調に塗ったり木々の絵を描いていたりして、気が滅入らないよう結構工夫されている。
街の中央には大きなタワー型の建造物があり、タワーに寄りかかるようにとても大きな樹が存在感を放っていた。
「でっけー樹だな」
「あれは聖樹アガスティア。エルフの国のシンボルだ。
これからあのタワーの一番上に向かう」
タワーの最上階からは街を一望できるようになっている。
なるほど、あそこに長がいるというわけだ。
「それじゃあ私はその辺で飲んでくるわね」
ラフィーが早々に自由行動を取り始める。
「たしかに、全員で向かう必要はないな」
シャルも街を散策したいと言うので、俺たちは一度自由行動を取り、また夜に宿で集まることにした。
俺はメイファとミリエルを伴ってエルフの長と面会をすることにした。
ラ=カスティーユの中心にあるタワー型の建物の中に入る。
中に入ると、長椅子や観葉植物、左右と奥に向かう通路などが見えた。
人の往来も多く、なかなかに活気がある。
ロビーのようになっているこの場所は、集会所のような役目もあるのだろうか。
ロビーの中央には鉄格子の扉がついた大きな箱があった。
どうやらエレベーターのようだ。
俺の感覚からするとかなり古いタイプのものだ。
エレベーターの前に立つと、鉄格子がスライドして中に招かれる。
ここに来るまでも結構歩いたからな。
階段で最上階まで登ることにならなくて安心したぜ。
「わぁ! すごいね!」
「この絡繰りはなんとも面妖じゃな!」
2人とも別の国のいろんな物が新鮮なようで、結構楽しそうだ。
つられて俺も口角が上がる。
エレベーターは、鉄格子がガタガタと音を鳴らしながら上の階へと上がっていく。
回数のボタンの数から察すると、最上階は20階だろうか。
エルフの国の文字は人間の国とは違うらしい。
1,2分ほどで最上階までやって来た。
その間の利用者は俺たちだけだったので、結構時間かかるなあと思った。
「先に私1人でグラハム様に話を通してくる。少し待て」
俺たち3人は最上階の部屋の前で一度待たされ、キルフラムだけが先に中に入る。
さすがのキルフラムも少し緊張した面持ちで、襟を正していた。
「どんな人だろうねグラハム様って。怖くないといいね」
「このような軍事力を掌握する人物じゃ。厳格で勇壮な御仁であろうぞ」
「――な、なんだ貴様は!!」
キルフラムが部屋に入ってすぐに、中から怒号のような声が聞こえた。
異変を察知し、俺たちは急いで中に飛び込む。
扉を開けると、異様だった。
キルフラムは大きなヘビの化け物と対峙していた。
「……ッ!」
「いったい何! 何が起きてるの!?」
「こ、こいつはいったい……あ、あいつは!」
俺たちは思わず身構える。
化け物の傍らには、あのカガチがいた。
薄気味の悪い笑顔を浮かべている。
カガチの足元にはエルフの長グラハムと思しき人物がすでに事切れていた。
「……どうしてお前がここに!」
「おやァ? 君たちは地底湖で出会った一行じゃないか。アハハ、奇遇だね」
まるで悪びれる様子もなく、カガチは楽しそうに笑う。
その様にキルフラムは怒りをあらわにする。
「お前が地底湖に現れたという少年か……よくもグラハム様を!」
「雨が降るのをずっと待っていたのサ。これでようやく依頼はおしまい!」
鬼気迫るキルフラムを意に介さず、カガチは懐に手を伸ばす。
「ついでにこいつを使って何か召喚しておくとしようか。これはサービスだヨ」
カガチは巻物のようなものを取り出し、床に投げ広げる。
その上にゴロンとグラハムの死体を転がすと、展開された巻物はグラハムのマナを吸収し白い光を放ち始める。
巻物から複雑な魔法陣がいくつも展開され、光が明滅しながら次々に魔法が発動する。
連鎖する魔法陣の光が消えると、そこにはグラハムの死体はなかった。
代わりに現れたのは、魔物の姿だった。
「アオオオオオオオオオン!!」
狼の姿の怪物が出現し吼え猛る。
「あれは……捧魂の儀!
捧げた魂に応じた魔物を呼び出すという魔界の外法だ!」
「じゃ、ボクはそろそろ行くよ。楽しんでね。アハハ」
カガチは気味の悪い嘲笑を残して、部屋の窓から外に姿を消した。
開け放たれた窓の外の雨は強さを増し、雷の音が聞こえていた。
雨が風とともに吹き込んでくる。
「クロウ、戦うしかないぞ!」
「ああ! ミリエルは部屋の外に逃げろ!」
「う、うん! みんなに知らせてくる!」
60畳ほどの広さの室内で、俺とメイファ、キルフラムは大蛇と魔狼と睨み合っていた。




