21話
「ま、まさか、王都の剣術大会ベスト4常連の彼女を倒してしまうなんて……。
やっぱりクロウはすごいですね!」
レヴィは驚嘆混じりにそう語った。
「へえー、そんなにすごい奴だったのか」
「凄いなんてもんじゃないですよ。彼女より強い人なんて、王都で数えるほどしかいません」
「まあ、こっちは2人だし。作戦がうまく言ったのもたまたまさ、運が良かっただけ……いててッ」
治療をしてくれていたミリエルが、包帯を巻き終えた傷口をわざとらしくパシッと叩いた。
「まったくクロウは……もう二度とこんな危険なことはしないでよ」
もう傷はレヴィの治癒魔法でほとんど塞がっていたのだが、念入りなことだ。
よほど心配させてしまったらしい。
かわいいやつだ。
さて、と……。
俺はおもむろに立ち上がって、成り行きを見守っていた人々に向けて口火を切った。
「あー、みんな聞いてくれ」
盗賊団の集落の面々はじっと固唾をのんで俺を見ている。
「まず、襲ってきた冒険者のラフィーニャについてだが、こいつの処遇は俺に一任させてもらう」
周りが少しざわつき始める。
村のまとめ役らしきあの青年がおずおずと口を開く。
「し、しかし……」
「異を唱える者は俺と勝負だ。悪いがここは譲れないんでな」
さすがにあの勝負を見て口を挟める者は誰もいないようだった。
あまりこういう強引なやり口は良いとは言えないが、一旦ここでは仕方ないだろう。
当のラフィーニャはというと、草むらに寝そべり大きくあくびをしている。
あまり話に興味はないようだ。
「それから、俺はここに残ろうと思う」
ざわつきが先ほどより一層大きくなる。
歓声を上げる者もいれば不安を口にする者、素性の知れないよそ者に対し否定的な者、反応は様々だ。
「最初は留まるつもりじゃあなかったが、どうやらここの皆は生活に困っている。
俺にできることがあるなら協力したい。なにより俺も王都の兵士からは追われる身だ。
行くアテがないのは皆と同じだからな。どうか俺も皆の仲間に加えて欲しい。この通りだ」
俺は頭を下げた。
俺の抱える事情も、簡単にではあるが説明した。
これでダメなら残った物資を置いてミリエルと東へ向かうつもりだった。
さて、皆の反応は……。
「うおおおおお、心強いぜ」「前向きなことを考えてくれる人間がいなくて、正直困ってたんだ」
「ふん、特別扱いはしないからね」「よかった……よかったでがす」
どうやら一応受け入れてもらえたようだ。
俺はほっと安堵していた。
「それで、具体的にはどうするんだい? なにか考えがあるんだろう」
「うむ、まずここにいるジャックは行商人だ。しばらく彼に近くの街との交易を頼もうと思う」
「わ、私ですかァ?」
「無論タダとは言わない。こちらが提供できるものなら何でも差し出そう。
今はまだ何もない村だが、必ずここで産業を発展させてみせる。その時が来たら、ここの行商ルートの開拓はアンタに一任しよう」
俺には元いた世界の知識がある。
それを駆使すれば、この世界にはまだ存在しない価値をなにかしら生み出せるだろうと安直に考えていた。
楽観的かも知れないが、他にこの村を救う手立てなど思いつかなかった。
「はあ……わかりましたよ。乗りかかった船ですしねェ」
「それから、俺は食べられる野草の採取や薬草採取、動物の捕まえ方などをレクチャーする。
魔法は使えなくても大丈夫だ。道具を作るからな。
当面は必要になることだから、みんな見様見真似で覚えていってくれ」
俺はどういうわけかそういったサバイバル方面の知識はものすごく豊富なのだ。
これは、クロウ=ディアスとしての記憶ではない。
俺はゴンザレスとの出会いによって、なんとなく自分という存在がどういう状況なのかある程度冷静に推測できるようになっていた。
まず、今の俺の身体は本来の俺のものではない。
多分まったく別人のものだ。
ゴンザレスによると、そいつは自らをウルフと名乗っており盗賊団『荒野の狼』を組織していた。
ウルフは、ある日突然姿を消したという。
ウルフが姿を消した理由……それがわかれば、今の俺の状況を知る手がかりになるはずだ。
なにせ、今現在俺の記憶はウルフの身体に宿っているのだから。
いったい俺の身体の元の持ち主ウルフはどういう人生を歩んできたのだろうか?
サバイバルや戦闘に関する知識には事欠かないようだ。
もちろん俺の元いた世界での知識ではなく、この世界でのサバイバル知識だ。
まだまだ謎の多い男ではあるが、いったんそのことは置いておくとしよう。
今はせっかくだから、利用できるものは利用させてもらうことにする。
◆
皆に簡単な罠や獲物を捕まえる時の道具の作り方などをレクチャーした。
その後、俺とジャックやミリエル、そして村の有力者たちは村にある小屋を借りて、今後の具体的な打ち合わせや相談をしていた。
「このあたりは森が深いでがすから、切り開いて畑を耕すのも一苦労でがす」
「交易をするにも近くに小さな村が1つあるきりですしねェ。ただ、隠れるにはいいところですねェ。
このあたりは北はエルフの国、ドワーフの国の両方と国境が近いですし、東の山を越えれば東国との中立地帯ですからねェ。
騎士団が派遣されるようなことはないでしょう。まあ、東の街へ行こうとするなら樹海を抜けなければなりませんがねェ。イヒヒッ」
「樹海に入らず安全に東の街――――城塞都市ダルトンと交易をしたいなら一度南に下り、交易ルートの道を通って南の関所を抜ける必要があるが……」
この村にいるのはいろいろな事情を抱える人達だ。
騎士団や教団などにこの村の存在が知れたら、おそらく面倒なことになる。
そのため、村の位置が露呈するような行動は避けなければならなかった。
地図で見ても東の樹海はかなり広い。
そのうえ高い山々が連なり、起伏が激しい。
ここを抜けて東の街に向かうのは至難の業だろう。
安全に進もうとするなら、ここに来た道を戻って南の海沿いに沿って進めば道なりは平坦だ。
だが、王国の関所にここを感づかれるわけにはいかない。
関所の目をかい潜る方法はないだろうか……?
思案するが答えは出ない。
そりゃそうだ。
この王国東の関所は東側からの敵の侵攻をいち早く察知し食い止めるためのもの。
簡単に気づかれず通り抜けられたら関所としての意味がない。
「うーむ……打つ手なしか」
わかってはいたことだが、こんな人跡未踏の地で暮らすというのは並大抵のことではない。
少しずつ流れ者が集まってきて、村人は60人近くいるものの、年寄りや子供、病人、けが人もいる。まともに働けるのは半数と少しといったところか。
聞けば聞くほど盗賊に身をやつす他なかったのも頷ける話だ。
「ん、うぅーん、くっ……ハア。あーよく寝たわね」
俺たちが頭を抱えていると、大きく伸びをしてベッドで熟睡していた人物が目を覚ました。
先ほど俺と死闘を演じたラフィーニャである。
「ったく、脳天気なやつだ」
「アンタに言われたかないわよ。見ず知らずの他人の運命まで背負い込もうなんてとびっきりの脳天気にはね」
ふむ、たしかに一理あるか……。
起き上がったラフィーニャの方を見て俺は目を丸くした。
というか堪えきれずに吹き出してしまった。
「ぷっ……お、おいラフィーニャ、その頭はいったいどうしたんだ?」
「ええ? なによ急に……」
ラフィーニャは懐から手鏡を取り出して自分の姿を確認する。
絶句、唖然、そして。
「ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっっ!!!!!」
終いには素っ頓狂な声を上げた。
最初、彼女の紫色の髪は綺麗なロングのストレートだったのだが、今は毛という毛がすべて重力に逆らうようにハネていたのだ。
まるで紫のハリネズミ、いや、パイナップル……松ぼっくりもいいな。
俺はここまで凄まじい寝癖は生涯で見たことがなかった。
「ククッ、まるで松ぼっくりだな」
「朝全部きっちりセットしたのにぃ! どおしてぇ!!」
ラフィーニャは猛獣のようなたてがみをなびかせながら部屋を飛び出していった。
「あ、おい!!」
「き、きっと手洗い場ですよ。いつものことです。30分もすれば戻ってくると思います」
「あ、そうなんだ」
レヴィが補足してくれた。
しかし、これがいつものこととは……なかなか大変だな。
正直笑っちまうが。
ラフィーニャが出ていってすぐに扉の方から話し声がした。
「いったいなんだ今の?」「さあ?」
扉を開け、ラフィーニャと入れ替わるように村人2人が中に入ってくる。
「あ、いたいた。クロウさん、実は1つ相談事がありまして……」
ゴンザレスが何があったのかと声をかける。
「いったいどうしたでがすか?」
「いやあ、それがですねえ……」
2人はどうにもバツが悪そうな顔をしている。
大勢の前では話しにくいことだろうか?
「なんなら別のところで聞こうか?」
「あ、いえ、皆様にもぜひ聞いてもらわないと……」
そう言うと少し気の弱そうな村人は、ポツポツとある事情について話し始めた。
「あの、食料の確保については当然異論はないのですが、実は以前森の中に入った時に、その……見てしまいまして」
「うん?」
ゴンザレスは「ああっ!」と隣で何の話か分かったようにポンと拳で手を打った。
「幽霊、いえ、化け物ですかね」
「化け物が森に?」
「……ええ」
もう1人の老婆の村人が話を継いだ。
「実はここより東の森は古来より『霧の樹海』と呼ばれていまして、霧に乗じて怪物が出て人を襲うと伝えられております」
「そりゃあ難儀だな……で、その怪物ってのはどんなのなんだ?」
実際に見たという気弱そうな村人が説明を始める。
「それが……私が見たのは、身の丈が私の8倍ほどはありそうな丸い毛むくじゃらの生き物で目が光っていて、私はもう恐ろしくて……急いで村まで逃げ帰ってきました」
「ふーむ」
薄暗い森の中のことだ。
枯れ木を幽霊と見間違うなんて話もある。
1人の目撃談だけで決めるのは早計だろう。
「他にも見た人はいるのか?」
「ええ、ですが……」
村人の返事はなんとも歯切れが悪い。
「信じないわけじゃないが、とりあえず他の人にも話を聞いてみたい。見た人を全員連れてきてくれるか?」
「わ、わかりました」
それから、集められた村人1人1人に俺は話を聞いていった。
「俺が見たのは、ものすごくでっけえイエティみたいな猿だったな。
だけど、イエティと違って特徴的なのが頭に金色の角が生えててよ。
恐ろしい牙からは血が滴り落ちていたぜ。ありゃあなんか獲物を食った後だ。間違いねえ」
「私が見たのは首が恐ろしく長い龍……ヘビ?
とにかくよくわからないけど恐ろしい見た目をしていたわ。
口なんか私の身体の倍ぐらい大きかったわよ。そういえば、あの日は霧が出ていたわね」
「う、うーむ」
聞けば聞くほど、なんとも要領を得ない話だ。
そんな奇妙な化け物が何匹もいるものだろうか?
「あ、あとは最近ジベール領から来た親子も見たと言ってます」
「ジベール……?」
ジベールという名には聞き覚えがある。
あの屋敷で出会った立派そうな御仁の領地だろうか。
若い夫婦と小さな女の子の3人が俺の前に歩み出た。
「ど、どうも。えーっと、私たちが見たのは……」
「あー、すまない。その前に少しこっちから質問してもいいか?」
俺は親子の話をいったん遮って、気になったことを聞いた。
「アンタたちはジベール領から来たって話だが、もしかしてジベールってのは王都に大きな屋敷を構えてる立派な御仁かい?」
「え、ええ。そうです。……それが何か?」
やっぱりか。
俺もメイファもジベール卿の行方は気がかりなのだ。
なにか手がかりがあるかも知れない。
少し話を聞いておきたかった。
「いや、実はジベールさんとは以前王都で話をしたことがあってね。その後変わりがないようならよかった」
ジベールさんが事故で死んだことになっているのは知っているが、あえて知らぬふりをして聞いてみる。
「あっ、そうなのですか。実は……ジベール様はつい最近亡くなられたそうです」
この3人はジベール領から最近越してきたという話だった。
おそらく使用人か小作人だったのだろう。
それが、こんなところまで来ることになった事情はと言えば、やはりジベール卿の死に端を発するものだろう。
「そうなのか……それはすまないことを聞いたな。
卿が亡くなる前後に、なにか変わったことなどは?」
「いえ、あの日はいつもと同じく私たち夫婦は領地で畑仕事に励んでいました。
そこに、急に王都から早馬が来てジベール様が亡くなられたと伝えられて……慌てていたところに騎士団の方がやって来て、領地は国のものになったという話ですぐに立ち退きを命じられたのです」
話しながら咳き込む父親に、ミリエルがコップで水を差し出してくれた。
なおも話を続ける。俺はただ黙って聞いていた。
「他の領地に行くアテがある者はよかったですが、私たちにはどこにも頼る者がなく……乞食の真似事をしながら方々を彷徨い、道に迷ううちにこの森に入ったのです。
……そこで、怪物に出会いました」
父親はところどころ言葉に詰まりながら懸命に話をしてくれた。
様々な思いが胸に押し寄せているようだった。
つらい話だろうに、よく話してくれたものだ。
そこからは、母親の方が話を継いだ。
「怪物は大きな1つ目の巨人で、私たち3人を値踏みするように見ていました。
恐怖で足が竦んでしまって……でもこの子は守らないとと思い、抱きかかえて懸命に走りました。
逃げる途中で転んで足を怪我してしまって、そこへ偶然この村の人が通りがかって助けていただいたんです。
気づいたら怪物は影も形もありませんでした」
「うーむ……なるほど」
やはり、怪物についての話は全く噛み合わないな。
この親子が嘘をついているとは思えないし……。
幻術の類だという方がまだ信憑性がある。
「あ、あとそういえば、この子がなにか奇妙な声を聞いていたそうなんです」
「……声?」
小さな女の子からも事情を聞いてみる。
「んーとね、おっきな巨人のところでね。くすくす笑うような声が聞こえたの」
「笑い声?」
「嘘じゃないよ、ホントに聞こえたの」
「……うん、信じるよ」
嘘を言っているようには見えない。
しかし、声というのは初めての情報だな。
なにかのヒントになるかもしれない。
ちょうどその時、ラフィーニャが扉を開け帰ってきた。
「あら、いっぱい集まっていったい何の話をしてるのかしら?」
見ると、髪はすべてキッチリとストレートに整えられていた。
俺はそれを見てまた笑い出しそうになるのを必死に堪えた。
「うっ、あーえぇと、実はな、ここの東の森に怪物が出るってんでな。少し調査に行こうかと話してたところだ」
「なにか含みがあるわね」
「……いや? なんもねえよ」
ラフィーニャはジトっとした目で俺を見るが、俺は明後日の方を向いてごまかす。
「ホントに行くんでがすか? 危険かもしれねえでがすよ」
「いや、俺の考えが正しければ多分大丈夫だ」
この怪物騒ぎの不思議なところは、実際に怪物に襲われた人間は1人もいないというところだ。
誰も彼も、怪物の姿を見ただけ。
そこに、この謎を解く仕掛けがあるはず。
「ラフィーニャとレヴィも一緒に来てくれないか?」
「ぼ、僕は構いませんが……」
「あら、怪物退治だなんて楽しそうじゃないの」
「話が早くて助かる」
2人とも来てくれるようだ。
ベテランの冒険者がいれば心強い。
「あ、そうだ。ラフィーニャに聞きたいことが……」
「ラフィーでいいわよ。親しい人はみんなそう呼ぶから」
こいつはあれか、死闘を演じたら急に仲良くなるタイプのやつか。
実は結構チョロいのかも知れない。
「じゃあラフィー、お前が受けたミリエル捜索の依頼の詳細を教えてほしい。
レヴィは依頼を見ていなかったみたいだからな」
ラフィーはなるほどと合点がいったようで静かに首肯する。
顎に手を当て思い出しながら告げる。
「依頼主は教団だったけど……ただ、少し奇妙な依頼だったわよねえ」
「というと?」
「依頼人の名前が書かれてなかったのと、あと人探しの依頼なのに期限がたったの1週間っていうのも変ね」
たしかに、探し人の依頼でそんなに短い期限付きというのは見たことがない。
普通は無期限か、年単位での依頼になるだろう。
「んー……期限が過ぎた依頼は、達成状況をギルドで調査する場合があるのだけれど……。
そこになにか理由があるのかしら」
「……なるほど」
他に理由として考えられるのは、クエストボードに依頼が残るのを避けるためだろうか?
通常、ギルドの依頼は特殊な無期限の依頼を除けばすべて期限が設定されている。
その期限を過ぎると依頼は破棄されるようになっているのだ。
「あーしかもこの依頼、クエストボードには載ってなかったわね」
「……非公開の依頼だったのか」
通常のギルドの依頼というのは、クエストボードという誰でも見れる場所に貼られるが、一部は依頼人の要望で非公開にされるものもある。
そういった依頼は、大抵はベテラン冒険者のみに受けて欲しい場合にそうすることが多い。
ギルドの人が直接、手の空いているベテランにのみ声を掛ける形だ。
「聞けば聞くほど怪しいな」
「ええ、なんとなくだけど裏の仕事って感じね。依頼料が高くなかったら受けなかったわよ」
「……ふむ」
教団側の意図が読めないな……。
なぜ、わざわざ冒険者を送り込んだ?
大征伐が近い……ジベールさんの行方……非公開の依頼に、短い期限。
わからないことだらけだ。
「うーん、まあ今は考えてもしょうがないか」
「そうよ! さっさと怪物退治にいきましょう!」
「部外者のお前が仕切るなよ……」
小屋の扉を開けて外に出る。
外では、扉の前の壁によりかかりながら村の様子を見張るメイファがいた。
「話し合いは終わったようじゃな」
「ああ、多分聞いてたんだろうがこれから怪物退治に向かう。メイファも来てくれるか?」
「いいじゃろう」
こうして俺は、なぜか怪物退治に積極的なラフィーにレヴィ、メイファ、それにゴンザレスを連れて森の中へと調査に向かうことになった。




