22話
霧の樹海と呼ばれる森の中に立ち入った俺たち5人。
あたりは昼でも薄暗く鬱蒼としていて湿気も高く、かなり気味の悪い妖気に包まれていた。
そして、森の中に入ってから1時間ほど歩いた所で、急に辺りが霧に覆われ始めた。
「も、もしかして、こりゃあ噂のやつでがすか?」
「……この霧、普通の霧とも我の霧とも違うようじゃな」
「……どうやらそろそろお出ましみたいだぜ」
霧が濃くなり、数メートル先も見えなくなる。
俺たちは息を潜めて周囲を注意深く観察した。
「――――!? なにか来ますよ!」
レヴィがいち早く気配を察知した。
目を凝らすと、霧の中に大きな影が浮かび上がる。
それは、ズッ……ズッ……っと耳障りな音を立てながら這い寄ってきて、その姿を俺達の前にさらした。
それを見てラフィーはなぜか嬉しそうに微笑む。
「フフッ……なにかしら? 見たことない形ね」
「たしかに、な」
虫とも獣ともつかない多くの足と多くの目を持った異形の怪物がこちらを見下ろしている。
高さは10メートルほどあるだろうか。
化け物は近くに来ると立ち止まり、奇怪な雄叫びを上げた。
「――――ギシャシャシャシャァァァ!!!」
「む、無理ですよ! こんな化け物、本でも見たことがありません! 逃げましょう!」
「無理かどうかはやってみぬとわからぬぞ」
「お、お、おでたち喰われるでがす!」
「ふふ、随分ブサイクな魔物ね」
逃げようとする者、戦おうとする者、仲間の反応は様々だったが……俺は化け物の様子を見ていてあることに気がついた。
「……これハリボテなんじゃないか?」
「えっ?」
俺の言に誰もが驚きの声を上げる。
俺がそう言ったのには理由がある。
マナが見えないのだ。
普通この世界の生き物なら体に魔力の源であるマナを纏っていて、それが薄っすらと光って見えるはずだが……コイツの身体にはまったくそれがない。
まるで石やガラスでできているみたいだ。
「コイツの身体、まったくマナを帯びていないぞ」
「え、ちょ、ちょっと待ってください! クロウはマナが見えるというのですか!?」
レヴィが驚いた様子を見せ、素っ頓狂な声を上げる。
レヴィがあまりにもオーバーなリアクションを見せたので、俺は不思議に思い首を傾げる。
「見えるもなにも……生き物ならぼんやり光ってるだろ?」
「――――!?」
レヴィは目を丸くして固まっている。
「あら、レヴィちゃんったら表情がコロコロ変わるわね。
ま、たしかにマナが見えるなんて荒唐無稽な話、聞いたことがないもの……。
でもコイツがただの見掛け倒しって点には私も同意よ……だって、血の匂いがまるでしないもの。
野生の獣ならあり得ないわ」
普通の人間にはマナが、見えない……?
どういうことなんだ、だって今までも魔法が発動するときは……。
俺たちが逃げ出さないのを見て、怪物は動きを止めて静止していた。
さらに、なにやらヒソヒソと会話するような声が聞こえてきた。
「の、のう、なんでこの人間たちは逃げ出さないんじゃろうのう……。のう?」
「わ、わからぬ。わからぬが、このままではマズいのじゃ」
「ぷくぷくぷー」
「遊んどる場合かッ!」
話し声は怪物の後方から聞こえてくる。
怪物を回り込んで、声がする方へと近づくと小さな姿が浮かび上がってきた。
「ぎえー巨人じゃー」
「ただの人間なのじゃ。ゲンゾーちゃんも応戦するのじゃ」
「応戦するったって、わし武器がないのじゃ」
「ぷくぷくぷー」
声の主は……妖精!?
あと、背の低いおじさんがいた。
「降参じゃ、降参するのじゃ!」
◆
「えーと、つまり……妖精の村に迷い込みそうな人間を追い払うために怪物で脅していたと」
「そーなのじゃ。怪物のでざいんはゲンゾーちゃん作なのじゃ」
「あ、どーもゲンゾーです……」
背の低いおじさん、もといドワーフのゲンゾーは恐縮している。
妖精は俺たちの周囲を飛び回っており、そのほとんどはただ遊んでいるようだ。
「それにしても妖精の村ねえ。ホントにあるとは思わなかったわ」
「ええ、びっくりしました!」
「昔はもっとそこら中にいたらしいがのう。人間たちが蔓延るようになってからは、もうここいらの森だけになってしもうたわい」
「世知辛い話でがす」
みな初めて見る妖精の姿に興味津々で、感嘆の声を漏らした。
俺にとってはこのちっこいおっさんの方も珍しいが。
「それで、みなさん方はどうしてこんな森の奥に来たんじゃ?」
「ああ、実は色んな事情で街にいられなくなった人間たちがこの近くに集落を作っていて、森の中で怪物を見たって話がいくつかあったから調査に来たんだ」
「やれやれ、やぶ蛇じゃったかのう……」
しょげたように肩を落として、ゲンゾーはさらに小さく縮こまってしまった。
「いや、別にみんなの住処を荒らそうって気はないんだ。ただ、森で獲物を取ったり採取をさせてもらいたいってだけさ」
「人間は信用ならないの、めっ!」「ぷくぷくぷー!」「あっちに変な岩があったよ」
ゲンゾーを虐めていると思われたのか、妖精たちは憤慨している。
……そのほとんどはただ遊んでいるようにしか見えないが。
向こうではラフィーが妖精たちとなにか話をしていた。
「ねえねえ、あなたたちって普段何を食べてどういう風に暮らしてるのかしら?」
「ふっふっふ、我らの暮らしぶりに興味を持つとはなかなか見上げた人間じゃ。
我らはそれはもう人間とは比べ物にならぬほど長生きじゃからのう。頭の出来も比較にならぬわけよな」
「ほとんど遊んで暮らしてるよー。かくれんぼとかー」
「赤い実と青い実を取って食べるの。紫の実は食べちゃダメなんだよ」
大事な話の最中なのだが、ラフィーと妖精たちは他愛もない会話で盛り上がっていて非常にうるさい。
ゲンゾーは妖精たちのそんな様子を気にも留めず、愚痴っぽくポツポツと話を進める。
「人間たちはすぐ領土を広げようとするからのう……」
「この森の近くの集落にいる人たちは人間たちの国から逃げてきた人ばかりなんだ。
他に行くアテはない。どうか信じてはもらえないか?」
俺の真摯な態度にゲンゾーは少しだけ心を動かされたようだ。
「お主、名は?」
「ああ! 自己紹介が遅れてすまない。俺はクロウだ」
俺はついでに仲間たちのことも紹介する。
「こっちのちっこいのがレヴィで、忍びメイドがメイファ、デカいやつはゴンザレスだ。
それからあっちの風変わりな頭してるのがラフィーニャだ」
ゲンゾーはラフィーニャの方を振り返る。
「たしかに、松ぼっくりみたいですな」
「え、嘘……?」
ラフィーはこっちの会話を聞いて、しきりに手鏡を見ながら髪をチェックしている。
なるほど、こうすると静かになるんだな。
「しかし、この間のクマと言い今回のおんしらと言い、こうも立て続けに見破られるとは……。少し改良せんといかんかのう?」
「クマ?」
俺たちの前にも侵入者がいたのかと不審に思った俺は聞き返す。
「ああ、おんしらが来る前にの。でかいクマじゃったなあ。驚かしてもピクリとも動じんかったわい」
クマと聞いて心当たりがあった俺は尋ねる。
「もしやそのクマは言葉を話さなかったか?」
「まあそりゃ話すがの」
「クマの名はビクトールというのでは?」
「なんじゃお前さんの知り合いかの。それなら会っていくといい。随分くたびれた様子じゃったからの。知己ともなれば喜ぶじゃろ」
あのコロッセオで出会った大熊ビクトールも逃げ延びていたようだ。
知己と言ってもわずかな間だが、生死を共にした仲でもある。
ビクトールのおかげで少し信用が得られたのか、俺たちは妖精たちの村に案内してもらえることになった。
◆
――――妖精たちの村。
妖精というのは、大きさは俺の手のひら2つ分より少し大きいぐらいで、大体40~50センチほどだろうか。
多くのお話の中で見られるように、ご多分に漏れず虫のような薄く透けた翅がついていて、どういうわけかそれで空を飛ぶ。
そんな妖精たちがあちらこちらを飛び回り、暢気に遊んで暮らしているようである。
「何者か!?」「ええい、者ども出会え出会え!」
村に入ると数匹の妖精が俺たちの前に躍り出る。
ゲンゾーがそれを見て前に歩み出る。
「うぉっほん! 我こそはゲンゾーなり。この者、ビクトール殿の輩にて故あって参じ仕った次第。どうか、よしなに。 あ、よしなに!」
「あにはからんや、ビクトール殿の輩とは! ゲンちゃんがそう申されるならば、こちらも矛を収めざるを得まい」
「さればこちらも無下にという訳にも参りますまい! 皆のもの皆のもの! お客人である!」
と、こんな具合である。
村に入る人間が珍しいようで、妖精たちがわらわらと集まってきた。
「ささ、お入りなすって。此処がこの世の桃源郷、森の神レーシィのおわす所」
「かつて隆盛を極めし妖精の国、されど今は落花流水のごとくなり」
「よ、妖精の皆さんは随分と古風な言葉を使いますね」
レヴィは感心したようにそう語る。
妖精たちとひとしきり応対したゲンゾーはちょっとくたびれた様子だった。
「いつもこんな調子で困りますわい」
「随分懐かれてるみたいじゃねえか」
「いやいや、いつもからかわれて遊ばれておるんですじゃ。この間など、寝ている間にヒゲをかわいく結われておって難儀したものでな……」
賑やかな妖精たちとゲンゾーを連れ立って、妖精の村の中を見て回った。
妖精たちは見たこともないほどの大きな樹の外殻と根本に沿うように居を構えている。
童話の中で見たような景色が現実に存在するとは思わなかった。
森で採れた木の実などで生活しているとのことだったが、集まって優雅にお茶を飲んでいたり、積み木をして遊んでいたりと、想像していたよりは文化的なようだった。
さて、村の外れまでやってきた。
この近くでビクトールは暮らしているようだ。
吹き抜ける風が心地よい。
このあたりは、先ほどまでの木々が生い茂る森とは異なり木々の空白地帯とでも言おうか、少し開けた空き地のようになっている。
その中心に1本の大木があり、その木の根元に1匹の大きな獣が腰掛けている。
近づいていくと、それがビクトールであると分かった。
向こうもこちらに気づいたようで、顔を上げこちらを見た。
クンクンと鼻を鳴らしている。
俺がいることに気付くと、とても驚いた様子だった。
「よおビクトール。無事だったか?」
「ゲンゾーじいさんに、お前はクロウか。生きていたようだな。あの時は我先にと逃げ出してすまなかったな」
俺としては全然そんなつもりはなかったが、ビクトールは1人で逃げたことを気に病んでいたようだ。
色々あったせいか、まだそんなに時間が立っていないにも関わらず懐かしさを覚える。
……ふと、俺はビクトールが手に持っていたものが気にかかる。
「いや、いいんだ。手負いの俺がいたんじゃ逃げられなかっただろう。……それより、その手に持ってるのは本か?」
「ああ、ゲンゾーじいさんに頼んで人間の本を分けてもらっている。人間は恐ろしい。
しかし、怖がってばかりで知ろうとしなければ先へは進めないからな」
「やれやれ、初めて見た時はこっちが腰を抜かしたがのう」
ゲンゾーじいさんはそう言いながら、ビクトールと同じ大木の根元に腰掛けた。
俺もそれに倣い、大木により掛かる。
「お前みたいな理知的なクマは初めて見るぜ。ああそうだ、一緒に来た仲間を紹介しておこう」
俺はビクトールにみんなを紹介した。
レヴィはビクトールが想像していたよりも大きかったようで、壊れたロボットのように言葉を失い固まっていた。
メイファは「随分と大きな熊じゃな」と興味津々だった。
しばらく談笑していると、森の方から動物たちが騒ぐような音が聞こえてきた。
「森の気配が変わったのう……なにやら嫌な気配じゃぞい」
「何が起きているんだ?」
時間差で逃げ出してきたであろう森の動物たちの姿が、実際に目に入る。
どの動物もかなり慌てた様子である。
「あっちは……もしや村の方角か!」
動物たちが逃げ出してきた先を辿るとミリエルたちのいる集落がある方角だった。
……嫌な胸騒ぎがした。
「戻ろう。なるべく早く!」
俺たちは妖精の村を後にして、急いで村へと戻った。




