6.日暮 俊也
◇ ◇ ◇
この街で皇龍の敵って認定されるとめんどくさいでしょ?
別に皇龍の俺たちが君のことを敵視してなくても、街の人たちって勝手に暴走しちゃうんだよねー。
噂のひとり歩きを甘く見ちゃだめだよ。
なんの対策も取らなければ、この街はこれからもずっと、君に正義の鉄槌をくだし続ける。
ねえ、水口くん。
今の状況を面倒だと思うなら、皇龍に入ってみない?
そうしたら君に対する街の人間の態度、面白いくらいに変わるよ。
皇龍に入るのが嫌ってのなら、ちょーっと俺たちに協力してくれるだけでもいいからさあ。
君だって皇龍に借りを作ることに損はないはずだよ。
ああ、あともうひとつ。
マヤちゃんの件はありがとうね。
◇ ◇ ◇
夕刻の街外れ。
かつては小さな企業の事務所として使用されていた寂れたプレハブ小屋に西日が差し込む。
「なーにも皇龍に加われって言ってるんじゃないんだよー。同じ街にできたチーム同士、君たちとは仲良くやっていきたいから、俺らの拠点に招待するって言ってるだけなのに。どーして受けてくれないのかなー」
最近春成木で結成されたチームのたまり場を皇龍が制圧した。
今は新興チームのトップと交渉に及んでいる最中だが、相手は俺たちに萎縮するばかりで、何を言っても一輝をひたすらに凝視していた。
制圧したチームの連中は代表者の背後に立ち尽くし、不安そうに自分たちのリーダーをうかがっている。
皇龍側は俺と一輝と、そして水口が屋内に留まり、あとの戦力は外で待機させてある。
水口に関しては正式な皇龍の所属者ではない。一輝の呼びかけに応じて俺たちに手を貸しただけの、一応のところはただの一般人という扱いだった。
敵は最初の襲撃時に反抗心もろとも叩きのめした。
皇龍と敵対した敗者の末路を想像して悲壮感を漂わせる連中を、一輝が胡散臭い猫撫で声で説き伏せる。
「あのさー、君たちみたいな生まれたての雛みたいなチーム、ほっといたらすぐに皇龍の敵対勢力に喰われるよ? 弾除けも鉄砲玉もやりたくないでしょ。そんなことになる前に俺たちと手を取り合って協力関係を築いたほうが、安心してチームを続けられると思わない? 俺はそう思うんだけどなー、どーかなー」
話題を振っても、警戒した相手はぴくりとも動かない。
一輝はそれをいっさい気にせず高いテンションを維持したまま喋り続けた。
「あ、ひょっとして、自分たちが皇龍に取り込まれるのが嫌で警戒しちゃってるとか? なにその反抗期。やだなあそんなこと強制的にやるわけないじゃん。……ほら、そこにいる彼だって、実は皇龍じゃないんだよ。たまーに気が向いたら俺たちを助けてくれるって程度の薄い関係だけど、結構それで仲良くやってるよね」
トップの男が一輝の指示した水口を探るように見つめる。
「たしかに皇龍ではないな。……俺は」
「ね? 彼もそう言ってるんだしさ」
お前らはそのうち皇龍に吸収されて、チームは跡形もなく消えてなくなるだろうな。——そう言いたげな水口だった。
一輝は水口の言葉を遮り、相手の注意を自分に向けるため、口調を変えてゆっくりと言い放った。
「皇龍は街の秩序を乱す連中に容赦しない。俺たちとの力の差はさっき思い知ったと思うし、ここらでうなずいておこうよ。悪いようにはしないからさ」
最悪の事態が回避できそうな提案に、男たちは仲間同士で目を見合わせる。
相手の心が揺らいでいるのを一輝が見逃すはずもなく、さらに甘い言葉を畳み掛けて最終的に新興チームに皇龍への協力を約束させた。
一通りの話を終えて皇龍はプレハブ小屋をあとにする。
外に控えていた仲間と合流してアークへと流れるなか、道の途中で水口が立ち止まる。
「もういいですか?」
「うん、ありがとねー水口くん」
皇龍に所属せずとも良好な関係を築くことは可能だと、前例を奴らに示すために一輝は今日、水口を呼び出した。
プレハブ小屋が見えなくなるまでは俺たちと行動を共にするあたり、こいつは皇龍の目的を心得ている。
ただし役目が終わればもはや他人と言わんばかりに、水口はさっさと俺たちに背を向けた。
「なあ、ちょっと待てよ」
去り際の水口を呼び止めたのは、皇龍幹部の大原武だった。
新興チームを締め上げるのにひと暴れしたあとは面倒な交渉の全てを一輝に押し付け、早々にプレハブを出ていった奴だ。
「……何か?」
あからさまにだるそうな態度で振り返った水口に、武は「そう、それだ」と呟いて小首をかしげる。
「お前ってさ、皇龍の活動を手伝うことに、嬉しいとか楽しいとか、そういった感情はないよな。当然、名誉なことだとも思ってはいないだろ」
「できれば呼び出し自体も遠慮してほしいところですね」
「だよな。だったらそもそもなんで、お前みたいな奴が、俺たちの前に出てきて目立つようなことしてんだよ」
武の言いたいことはわかる。
たとえ人並み以上の実力があったとしても、それを周囲に見せつけるかどうかはそいつ次第だ。
皇龍に目を付けられると面倒な事になると知った時点で、水口なら息を潜めることもできただろう。
酔っ払いに喧嘩をふっかけられた一件は不可抗力かもしれない。
しかし水口は津月をアークに送り届けて、間接的にではあるが自ら皇龍と関わってきた。
さらに言えば、街に流れる自分の虚偽情報を訂正するためなら、わざわざ津月に取引を持ちかけず元凶となった女を皇龍に差し出せばよかったのだ。あの夜、津月と一緒にそいつもその場にいたのだから尚更だ。
些細なことなのかもしれないが、水口の行動には違和感がある。
現時点ではあえて追及するほどでもないと考えていた俺とは違い、武は容赦なくその点を指摘した。
「俺にはなあ、お前があえて自分を目立たせることによって、何かを隠しているようにしか思えねえんだよ」
水口は動じない。呆れて気だるげな息を吐き出すだけだ。
「その人を前にして、俺にそれを言いますか」
「ええー、それだと俺が悪いみたいじゃん」
一輝が大げさに肩をすくめてみせた。
「少なくとも櫻庭さんにさえ出会わなければ、俺はこんな手伝いをすることにならなかったはずです」
「そっかあ。じゃあ、この御縁には感謝しないとねえ」
「奇縁の間違いでしょう」
そう言い捨てて、水口は俺たちの前から消えた。
*
アークへ戻り2階のスペースで休憩していた俺に一輝が話しかけてきた。
「水口君、なかなか掴ませてくれないねー。そーちょーはどう思う?」
「今の段階では現状維持が最善だろう。奴に悪意がないのは俺たちにとっての救いだ」
「そーだよねー。たださあ、武が言ってたことには俺も同感で、なーんかあると思うんだよねー、彼」
だったとしても、無駄な損害を被らないためにも皇龍側からむやみにやつをつつく必要はない。
こちらは監視の手をゆるめずに、その時が来れば行動を起こすだけだ。
俺たちから何かを隠すために水口は自ら目立つようなまねをしている。その可能性は念頭に置いておく。
しかし仮にそれが真実だった場合、水口が自分を犠牲にしてまで隠そうとしているものは、いったい何なのか——?
組織であっても、個人的な誰かであっても、それは奴にとって相当大切な存在ということになる。
ならば、水口は——。
「隠したいのではなく守りたい。それが奴の本心か……?」
仮定に仮定を重ねて導いた根拠などあってないような推論だったが、一輝には引っかかる部分があったらしい。
なるほど、と。
一輝にしては珍しく神妙な面持ちで考え込んでいた。
次がモノトーンの黒猫の最終話になります。




