北風と太陽
郁人は、ため息をつきながら、バイト先に向かった。バイトといっても、いわゆる「闇バイト」だった。お金に困っていたところ、報酬に惹かれてしまった。
悪いと思いつつも、やめられない。トークアプリでやり取りをしている男から指定された場所へ行き、荷物を回収。指示されたコインロッカーに入れるだけ。
中の荷物は、おそらく薬か何かだろう。わかってはいるが、やめられなかった。
親が離婚し、母と暮らしはじめたがずっと貧乏暮らしだった。あらゆるものを諦め、いつの間にか一番頼れるものは、金しかない発想になった。貧乏故にお金が何かすごいパワーがあるもののように感じてしまい、闇バイトをやっていた。
悪い事とわかっていたが、止められない。今はバイトも経験とか学歴も聞いてくるのもあり、馬鹿馬鹿しくなった。結局、親ガチャ失敗すると、ろくでも無い人生になるじゃないか。親の金で呑気に大学に行き、新卒切符を手に入れている同年代を思うと、闇バイトやって何が悪いの?とも思う。ハローワークなどにも相談に行ったが、自己責任や努力不足などと色々言われた。逆にやる気のない職員もいて、適当に放置されているのが現状だった。
そんな事を思いつつ、自己正当化する。今日もさっそくアプリに連絡があり、指定された空き地に向かった。
住宅街の外れにある人気がない場所だった。
さっそく荷物を見つけて回収しようと思ったが、空き地の塀に変な看板があるのに気づく。
「わたし(キリスト)はあなたを見放さずあなたを見捨てない」と書いてあった。
これって所謂キリスト看板だろうか。「神と和解せよ」とか怖い事書いてある看板は、ネットで話題になっていて知っていたが、この看板はデザインがちょっと違う。白地の紺色の文字で、あまり怖くない。
そういえば。
子供の頃、親に連れられて教会に行った事がある。牧師の説教とかつまらなくて寝てたが、同年代の子供たちと遊んだ記憶なんかも思い出す。確か母親がカルトに騙され、牧師に相談していたのがきっかけで通っていた。母親がカルトから抜け出したら、教会に行くこともなかったが。
あの教会の雰囲気なんかも思い出す。笑顔が溢れ、子供の笑い声がうるさいぐらい響いていた。多少騒いでも、許されている温かい空気があった事も思い出してしまった。宗教は気持ち悪いが、あの教会は、当時の郁人にとって家みたいにリラックス出来た事なんかを思い出す。
この看板を見ていたら、なぜか失った子供時代を思い出し、居た堪れなくなってきた。
今日にバイトは無断でキャンセルし、子供の頃に通った教会の場所を探しだし、そこへ向かっていた。なぜかわからないが、見えない何かに導かれているようだった。
当時の牧師は移動になっていたようだが、郁人の想像以上に大歓迎を受けてしまう。子供食堂も併設している食堂で、郁人が金に困っていると相談すると、そこをしばらく利用してもいい事になった。
他にも色々と世話を焼かれてしまい、このまま闇バイトをやっている事に苦しくなってきた。あれほど自己正当化をしていた郁人だったが、闇バイトの事を洗いざらい話す為、警察に自首した。
これって北風や太陽というものかもしれない。きっと「闇バイトなんてするな」なんて頭ごなしに正論を言われたら、もっと捻くれていただろう。
確かに自分は見捨てられてなかったのかもしれない。そんな気がしていた。




