心配より信頼
美夏は、ごくごく普通の平凡な主婦だった。息子は二人。夫は食品メーカーの営業職。やや田舎な町に住んでいたが、電車を使えば都心にも出やすいし、生活に困る事はない。平凡だが普通に幸せだった。家計は苦しい所もなくはないが、美夏も昼間はパートに出ているし、不思議とどうにかなっていた。
「美夏さんちの優希くんって、いじめしている噂があるのよ」
そんな折、ママ友の一人に良くない事を聞いた。下の息子が学校でいじめをしているという。
「そんな」
思わず絶句する。
下の息子の優希は、小学三年生。元気すぎる面もあるが、いじめなど無縁な優しい子だ。少なくとも美夏はそう思っていたのだが。
「ねえ、優ちゃん。最近学校どう?」
さっそく、学校から帰ってきた優希に探りを入れた。
「うるさいなー。どうでもいいでしょ」
そう言って部屋に行き、ゲームに熱中。
これは軽い反抗期?こんな風に口ごたえする事も初めてだった。
「ああ、どーしよ」
思わず頭を抱える。タイミングが悪い事に夫も海外に長期出張に出ている。一応メールで相談したが、向こうも仕事で忙しい。今は夫に頼れなそうに無い。
それから優希はイライラとしている時も多く、美夏は不安を募らせていた。不安というか心配。心は重く、マイナスな想像ばかりしていた。
暇な時間、動画サイトを適当に見ていたが、心配は取れない。おすすめの動画に「心配は呪い」という心理カウンセラーの動画も出てきてドキドキする。動画では、心配している側が相手のエネルギーを吸い取る事もあるという。
心臓は余計にドキドキとし、思わず外に出る。夕方になる前の中途半端な時間のせいか、外はあまり人はいない。心を落ち着かせる為に、美夏はしばらく人気がない田舎道を歩く事にした。
野菜畑沿いの道を抜け、古い民家が集まる狭い道を歩く。
ふと、空き家と思われるボロボロの家に変な看板が掲げてあるのに気づいた。黒地の白抜き文字で「ただ信ぜよ イエス・キリスト」と書いてある。
イエス・キリストとあるので、何か宗教の看板だろうか。それにしても色合いが不気味で、何となく気色が悪い。ホラーっぽい。民家には他にも政治関係のポスターなども貼ってあり、異様な雰囲気はある。看板自体も劣化していて、少し色も抜けているが、妙に力強さを感じてしまうが。
「ただ信ぜよ」という力強い文言に目が離せない。おそらくキリスト教の信者に向けて書かれた言葉だろうに、今の美夏の心に刺さってしまっていた。
「そうだよ、優希はいじめなんてする子じゃない。ママ友の言葉ではなく、優希の事を信頼すべきだった……」
心配より信頼。相手を信じる事は、愛がないとできないのかもしれない。看板を見ていると、そんな事が伝わってくる。もちろん、この看板は、キリスト教の信者に向けて書かれたものだろうと思うのに。心配している自分を誰かから叱られているみたい。叱られているのに、何故か嫌な気持ちになれず、腑にも落ちていた。
こうして美夏は、優希について心配するのをやめた。例えいじめをしていたとしても、何か事情があるのかもしれない。そう思い、しばらく普通に優希と接していた。
そうしているうちに、優希の方から学校での事情を話してくれた。学校でいじめられている子を庇い、言い返していたら、色々と誤解を受けるようになったらしい。つまり、優希はいじめとは無縁だった。むしろ、いじめから守っている方だったのだ。
「やっぱりあなたは自慢の息子よ!」
嬉しさと安堵で、そう言って優希を抱きしめてしまった。
「うっせー」
優希は照れて怒ったような顔を見せていたが、それでも止められない。
そうか、やっぱり信じる事は愛がないとできないのかもしれない。
心の中であの不気味な看板に御礼を言う。看板の意図とは全く違う意味として解釈してしまったが、大事な事に気づけた。




