97:山田の秘めた決意
山田は錬金術師の言葉を聞いて愕然としていた。まさに晴天の隕石召喚である。
「名目的には名誉な事だけれど、実質的には霊界流しされるようなものね」
「ええええ、あの、その、昇進を辞退するという事はできないので?」
「できることはできるけれど」
錬金術師は渋い顔になる。
「王府の下命を拒否するとは不届き千万、王国で暮らす事はまかりならん、と言われて結局は追放になると思う」
「いやそんな、でもそこから成り上がって、ざまぁ展開になるって可能性は」
「あると思う? ヤマダに」
「そのあと、のたれ死ぬほうに全財産賭けます」
「正しい理解だと思う」
二人はしばらく無言になった。横にいる召喚士も何も言わず、日本の茶席菓子「茄子の砂糖漬け」に似た甘味、「恋なすび漬け」(脚注1)を食べている。
「……でも自分が準男爵になって、領地に赴任するという事になれば……」
「……ヤマダは私の奴隷を辞める事になって、これでお別れになる、かな」
山田は泣きそうな顔になって、頭をかかえて考えこんだ。だがしばらくすると何か思い当たったという顔になって錬金術師に話しかけた。
「……お嬢」
「何?」
「貴族って、魔力が低い人間でも務まるんですよね」
「ん? まあ領土を守る家臣団や奥さんが優秀ならば」
「そのために本人よりもずっと魔力の高い人が、奥さんに選ばれていると言ってましたよね?」
「貴族を名乗っている人のほとんどが、そういう感じだけど」
「そういう相手を堂々と嫁にできるんですよね? 社会的に何一つ問題も無く」
「無いわね。貴族の爵位を持っている人ならば」
山田はまた少し考えたあと、錬金術師にたずねた。
「その、なんとか村とかいう所」
「トンデモネ村」
「そこって、自分が行ったら命の危険がある場所なんでしょうか」
「うーん、現在の状況が判らないから何とも言えないけれど……流刑地だったのは昔の話だから、今はのどかな村になってる可能性もあるし。
逆にもっと混沌とした、闇のような集落と化してるかもしれない」
「うへえ、ホラーな村だったら死ぬなあ……実際に見てみれば状況が判りますかね」
「見に行くにも転移門が無い場所だし、普通に移動したら陸路で片道10日はかかる場所よ」
「うーん、返答期限に間に合わないか……」
召喚士は、飛龍に乗ればもっと早いがのう、とも言わず黙って話を聞いている。
山田はまたしばらく考えていた。そしておもむろに顔をあげて錬金術師のほうを見ると、静かに言った。
「……決めました」
山田は苦しそうな顔をして、そこで一旦言葉を切った。
「……どのみち……断るという選択肢はなさそうですから」
そう言って複雑な表情で言葉を続けた。
「この話、お受けしようと思います。自分は王都を離れて、その村に行ってみようと思います」
錬金術師はその言葉を聞くと、小さな声で「あなたは、そう決めたのね」とつぶやいたあと山田から目をそらし、それ以上はもう何も語ろうとはしなかった。
脚注1:「恋なすび」はマンドラゴラ(実在するほう)の果実の別名。大きめのプチトマトぐらいの黄色い実(赤くない)でメロンに似た良い香りがあり、弱い毒を含む。食べると動悸がして相手に惚れたような錯覚を覚える。生植物は輸入禁止だが、種子からの栽培は禁止されていないのでネット通販で苗が買える。ただし栽培には特殊な園芸知識を要する。




