96:驚天動地の人事異動
「……すいません、お嬢、書状に書いてある文章の意味がよく判らないんですが」
「ごめん、私もよく判らない」
細かい任命条件が書かれた付属書が一緒に送られてきていたので、錬金術師はそれに目を通した。そしてだんだん表情が険しくなってきた。
「あの、直参って何ですか。勇者様の一行に参加して一緒に戦ったりするお役目ですか」
「……いや、そういうものでは無いけれど……ちょっと待って、今いろいろ調べてみる」
錬金術師は「魔法の鏡」を使ってしばらく何か確認していたが、やがて、はああああ~~~、と大きく息をついて頭をかかえた。
「うん、まあ私は特に問題無い。単に俸禄が増えるだけだから。問題はヤマダ」
「じ、自分はどうなるので」
「これは実質的には追放刑だと思う」
「ええええ、いや待って何それ、貴族社会への参入が追放刑って、意味不明なんですけど」
錬金術師は山田にお茶を入れてくれるよう頼み、山田は三人分の黒茶と茶菓子を用意した。横にいる召喚士が自分の分のお茶と菓子を受け取って話を聞いている。
ちなみに黒茶は原材料がコカノキの葉で発酵菌も異なるが、製法は地球とほぼ同じである。乳酸発酵を経ているため味は日本産の黒茶の一種、碁石茶と同様にほのかな酸味がある。
「えーとね、順番に説明していく。まず直参。これは名目上、勇者様の家来にするという意味。実際に何かさせられるわけではないから、とりあえずこっちに置いておく」
「はあ、置いておくと」
「で、準男爵というのは国家に対して何か功労があった平民が、報償として与えられる身分」
「こ、功労?」
「巨額の納税をしたとか、秘宝を見つけ出して勇者様に献上したとか」
「ええええ、自分は何かしましたっけ?」
「だからそれが判らない。王府御用の責務って……記憶が消えている間に、あなた何をしでかしたの?」
「いや、国に貢献するような大それたことができるはずもなく」
「ヤマダだものねぇ」
「山田ですからねえ……ってそんなひどい」
召喚士は黙って黒茶を飲んでいる。わしは何も知らん、という表情である。
「一般的に準男爵の位というのは、開拓村の村長さんとか、暗殺者の隠れ里のお館様とか、一定地域とその住民を実行支配してる実力者に対して
『序列としてはあくまで貴族見習いだが、正式な領主として認めてやるから国家に忠誠を誓え』
って意味合いで与えられるものなの」
「実力者」
「つまりそういう人達は、普通は実質的にもうどこかの領主なの。公認されれば貴族社会に出入りする資格がもらえて、正式な領主として堂々と威張れるようになる、っていうだけの話。
まあその代わりに、この世界では貴族としての納税や従軍の義務も課せられてしまうのだけれど」
「それだと見栄は張れるけれど、あまり得することは無いような気も」
「公認領は大魔獣が襲来した時に勇者様に助けてもらえる、っていうのが一番大きいかな。非公認のままだと実質的に見捨てられる事もあるし」
「ある意味、災害保険加入みたいなものですか」
「まあそういう感じ」
錬金術師は黒茶でのどを潤して、話を続ける。
「で、ヤマダの話に戻るけど、あなたの場合は準男爵位と同時に知行地……つまり領地と領民も一括して与えられる」
「すげぇ太っ腹ですね」
「いや、そういうのは普通ありえない話だから。で、おかしいと思って調べてみた」
「え……というと、その結果は?」
錬金術師は難しい顔になって手に持った資料を見る。
「あなたが領主になる予定のサイハテ州トンデモネ村、そこの前領主は領地経営が破綻して、全財産を持って夜逃げしたまま行方不明」
「夜逃げ」
「で、今は領主不在の無政府地域になってる」
「無政府地域」
「あなたはそこの監督責任者に指名されたわけ」
「無政府地域の監督責任者」
「それでその村がどういう所かというと、大陸の奥地で魔獣無法地帯にほど近い、荒野の中の隔離居住区」
「か、隔離居住区」
錬金術師は はあ~、とため息をついてから言葉を続けた。
「そこは犯罪者の流刑地だった場所。かつては黒魔術に関係した者が強制収容されていた、人類圏から隔絶した最果ての村」




